第1話
「以上が、我々の成り立ちだ。米沢仙導は我々の祖先にあたる」
ボロボロの和綴じ本を大きな手がパタンと閉じた。代々受け継がれているらしいそれは、寄す処人の誕生について書かれたものだと父は言っていた。
九歳の息子には理解しにくいだろう昔話を今伝えるのは、帯解きの際、寄す処人として生きていくための覚悟を決めさせるためだとか。まあ、そんな風習を守らずにいい時代になったのだが……父は、幼いけれど賢い、この息子ならすぐ理解できる確信があった。
そもそもこんな話、常人が聞けばお伽噺だと一蹴されて終わりなのだ。なのに息子は一切疑いを持たず真摯に聞いている。その理由は息子が寄す処人として生を受けたことの他にもうひとつ。
息子は“音に色を感じる”らしい。音階はもちろん言葉も対象内で、悲しい気持ちで発した言葉は青、怒りは赤、嘘などの悪意を持った言葉は黒、等々……言葉を聞くだけでその人の気持ちを当てられる。嘘か否かの判別などお安いご用なのだ。今、父が話したことは紛れもない事実なので息子には白色の言葉が見えている。
そんな期待の息子は話を聞いた後、数秒黙りこんでから父をまっすぐ見つめて口を開いた。
「妖怪は、今は絶滅してるのか?」
「いいや。今も居る」
「妖怪退治をしている寄す処人は?」
「居る。少数だが」
「じゃあなんで……」
言いかけたところで聡い息子は察したのだろう、硝子玉のような目が少し陰った。
「おれたちが寄す処人であることを隠さないといけねぇのは、英雄じゃ居られなくなる出来事が起きたからか?」
嗚呼、やはりこの子は賢いと父は感銘を受けた。
息子の言う通り、英雄だと散々持ち上げられていた割に子孫達の肩身は狭い。寄す処人であることを公言するのはご法度にまでなっていて、毎週警察から電話がくる始末。それが百年以上続いているのだから、今や寄す処人も妖怪も都市伝説とされてしまった。
実際父も、異能の力を隠しながら普通のサラリーマンとして働いている。
「そうだ。寄す処人は罪を犯した。だから存在を隠すことになったんだ」
「罪……?」
「そう。寄す処人は特殊な色素を生まれ持ってくることは知っているな?」
「うん。特に目と髪がカラフルになるんだろ? それが高く売れるから誘拐事件がたくさん起こった。だから薬を飲んで色素を黒く染める必要があるんだ。」
日本人の目と髪は基本黒だが、寄す処人は赤や緑等々鮮やかな色に発色するのだ。原因は不明。
寄す処人が受ける視線は羨望の眼差しだけではなかった。物珍しい容姿への批判も少なからずあり、鎖国が始まってからは海外に売れるのではと邪な考えを持つ者も現れてしまったのだ。
そこで開発されたのが"色素着色剤"という黒い錠剤。改良を重ねて現在は一錠飲むことで目と髪色が黒く染まり、一般人と何ら変わらない容姿が手に入るようになった。
……飲んだ瞬間から長時間眠ってしまう副作用も付いてくるが。
「そうだ。だが……寄り術を持たない人、鄕の民も特殊な色素を生まれ持つ場合があるんだ。寄す処人だと勘違いされて誘拐に遭い……殺された」
「っ…………ちょっと待って。それがどうして寄す処人のせいになるんだ?」
「誘拐グループの幹部に、寄す処人が居たからだ」
明治時代初期の事だった。
犯罪に手を染めた寄す処人。もちろん全員ではない。たったひとりの非行で全員の評判が地に落ちた。非難轟々、国から追い出されかけて……結果、寄す処人と鄕の民とで戦が起こり大きな被害を出してしまった。男は血を流し、女子供は泣き崩れた。全国に数万人居た寄す処人が二百人余りまで減る大損害。
それでも異能の力、寄り術に敵うわけがなく。寄す処人の圧勝で終わった。
これで一件落着……とはいかなかった。会議が揉めに揉めたのだ。開戦の元凶は寄す処人なのだから、負けたとは言え要求を全て飲むのは納得できない郷の民。今まで国を護ってきたのにたったひとりの過ちで恩を仇で返すのかと反論する寄す処人。ある意味血を流すより過激な口論だったという。
約一年続いた後、寄す処人は国外追放取り消しを求め、政府はそれを承諾する代わりに術を隠す事を求めた。髪と眼を黒く染め、一般人と変わらぬ振る舞いをしろと。二度と鄕の民に手を出すな、反乱を企むものが出ないよう警察が監視しろと。憤慨した寄す処人は、鄕の民を守る行為を自主制、つまりやりたい人だけやれと言う意味に変えることで承諾。終戦となった。
そこで新しく組まれたのが寄す処警察である。鄕の民を守るために命を懸けてもいいと誓える寄す処人のみで構成された。毎週電話を掛けてくる警察は、この寄す処警察の者なのだ。
ここまで黙って聞いていた息子は顔をしかめていた。
「どっちの言い分も解る。だが寄す処人側は、火種がこっち側にあるのにずいぶん上から者を言ったんだな」
ずいぶん大人びた感想だが、ムスッと唇を尖らせたその表情は年相応にあどけない。
父親は苦笑して……すっ、と目から光が消えた。
「これにはひとつ謎が残っている。誘拐グループに居たと言う寄す処人が、誰か分からないんだ」
「それって……」
「混乱を避けるため名前を出さなかったのか、はたまた……真相は闇の中だ」
息子はフローリングを見つめている。それは一見、悲惨な歴史にショックを受けたように見えるが……この子は齢九歳にして大人顔負けの冷静さを武器に持つ男。聡明な頭を高速で動かし、自分の力で導きだした答えを口にした。
「名前を出さなかったとしても犯人の家族は気付くし『コイツかもしれない』とか噂は立つだろ。それすら無いのはおかしい。冤罪をかけられた疑いがある。そもそも理由がないからな」
妖怪退治の謝礼を潤沢に受け取っていたので、金欲しさに手を染めたとは考えにくい。そもそも術を持たぬ人々を『鄕の民』と呼ぶようになった語源は、職業柄全国を飛び回ってなかなか家に帰れない寄す処人を憐れみ、助けてくれたお礼として民家に泊めたことからだ。まるで故郷のような居心地のよさだったと。この信頼関係を壊す利点が見当たらない。そう息子は続けた。
上記の事は去年、軽く話しただけだ。記憶力の良さに父は無言で感嘆し、息子の髪を優しく撫でた。
「そうだな。……もう遠い昔の話だ、当時の状況を知る人はいない。生きていく分に必要な衣食住を習得できているのだから、謎を探る必要も無いのかもしれない。だが……何故だろうな、お前なら真実を見つけられるような気がする」
「真実?」
「ああ。寄す処人が廃れてしまった本当の理由……米沢家が、寄す処人同士の結婚を禁じていることと、関わりがあるのかどうか」
父の大きな手の隙間からさらさら落ちていくのは、銀髪。きょとんと瞬きを繰り返すその目は、苗色と空色の扇形虹彩異色症。
寄す処人の始者、仙導と全く同じ容姿で産まれてきた息子の名は……。
米沢会津。
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