寄す処人
荊 慶忌
序章
この世はどうやら、恐ろしい事ほど突然起きるらしい。
事の発端は平安時代にまで遡る。
単眼や多肢などの恐ろしい容姿と、妖術と言う異能の力を持つ妖怪、蜘魅。これが突如市街地に現れ人々を襲ってきたのだ。中には人を好んで喰らう蜘魅も居て、地面も壁も、一匹のアリでさえ血に染まる惨状を生み出した。
だが、これで大人しく引き下がるほど人間は弱くない。使える武器全部使って応戦した。幸いにも蜘魅は、弓が効かぬ等の強靭な肉体も致命傷が一瞬で治る再生能力も無かったのだ。
男たちは武器を持って退治を繰り返し、女たちは身を寄せあって子供を守った。いつか……いつかこの地獄が終わることを信じて。
そんな願いを神は嘲笑ったのだろうか。倒した筈の蜘魅がまた現れた。
蜘魅は、輪廻転生が出来る。その情報は瞬く間に広がり人々はまた絶望に打ちひしがれる事になった。
更に、蜘魅と同じ妖術を持ちながら幽霊のように人を呪える人型妖怪、盲魎まで現れた。出自に謎が多く、亡くなった人の魂が長年成仏できずにさ迷った結果異能の力を手に入れたと考えられている。
やがて人間は戦意喪失。もう駄目かと膝を着いたその時……いきなり頭上を突風が吹き抜けた。丸腰の人間を取り囲んでいた大量の魑魅魍魎が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
ザッ……と草履を鳴らし人々をその背に隠し、堂々と化け物に向き合ったその男は米沢仙導と名乗った。闇夜に映える銀髪と、ひとつの目にふたつの色が存在する……後に扇形虹彩異色症と呼ばれる目が特徴的な若者だった。
「なんだ兄ちゃん! そんなとこに居たら危ない、下がれ!」
「問題ない」
桑を抱えた男に制止されたが仙導は見向きもせず、右の掌を蜘魅に向けた。すると、なんと不思議なことに先程の突風が現れ、曲線を描く鋭い風が妖怪どもを切り刻んでいく。
ただの風が武器に変わる瞬間を目の当たりにした人々は、ただぽかんと口を開けていた。
「お前たちは下がっていろ。俺がやる」
その後も仙導は落ち着いた口調で終始その場から動かず術を放ち続け、六十体の妖怪を全てひとりで倒しきった。そして、輪廻転生を繰り返すのなら封印すればいいのではと説き、住職の協力のもと呪符を貼った石で取り囲むことによって永久に封印できる方法を確立した。人々は歓声を上げ、仙導を褒め称えて尊敬の眼差しを向ける。
またひょんなことに、仙導のように術を扱える人間がひとり、またひとりと増えていくではないか。圧倒的な力で妖怪達をなぎ倒すその姿は人々の心の拠り所となり……敬意を込めてこう呼ばれるようになったのだ。
寄す処人と。
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