第2話 言い訳と説明

アパートの小さなテーブルを挟んで俺と忍は黙ったまま向かい合って座っていた。

大学からアパートまでの道のりもほぼ無言だった。

時々忍が、俺を気遣う様な言葉を口にしたが、それに俺は短く「ん」と返すかまたは無言で返していた。


「…………言い訳すんだろ?……聞いてやるから話せよ……」


視線を逸らしたまま、ついぶっきらぼうになった俺の言葉に忍は慌てて顔を上げ


「──言い訳じゃないです! 説明です!」


そう言って今にも泣きそうな顔を向けた。


「……どっちでも一緒だよ……」


「…一緒じゃないです……」


「………………いいから話せよ……」


そして忍はまた俯き、やっと重い口を開き始めた。


「……おれ……ばぁちゃん子だったって……前、話しましたよね……?」


「……ああ。両親が共働きでずっとばぁちゃんと一緒にいたって話だろ……?」


「……はい……。そのばぁちゃんが…………癌で…………医者に行った時には…もう……そこらじゅうに転移してて…………多分………あと、長くても半年もたないって…………」


「────え…………」


俺は絞り出すように話している忍の顔を見つめた。

以前、付き合いだして間も無い頃、忙しい両親の代わりに祖母が自分の面倒を見ていてくれたから自分はおばあちゃん子なんです……そう恥ずかしそうに話していた忍の笑顔を思い出した。


その時「ああ……きっとばぁちゃんのコトが大好きなんだな……」そう思う程、それは優しい笑顔だった。


「……そのばぁちゃんが…………どうしてもおれの、か…………恋人に会いたいって……」


「───!?」


「先輩と付き合い出してすぐに……おれ……ばぁちゃんに話したんです……。大切な人が出来たって…………」


「…………え……」


「そしたら…………この前見舞いに行った時……死ぬ前に会わせろって……笑ってて………それでおれ…………どうしても…ばぁちゃんに先輩会わせたくて…………」


忍はそこで言葉を切った。


そうだ……。

本当なら『彼女』のハズで……。


きっと彼女と言いかけて『恋人』と言い直した忍の優しさが痛い程伝わってきた。


なのに俺は……以前俺の見た目だけで言い寄ってきたヤツらと同じだと思い込んで怒鳴り散らして…………。


「……先輩が女の格好したがらないの知ってたから……最初は女友達に頼もうかとも思ったんです……でもっ……俺が好きになったのは先輩だから…………おれ……それは…どうしても嫌で…………」


そう言って唇を固く結んでいる忍を見つめる。

俺と付き合うまで、普通に彼女がいて……。

あの夜……俺が酔った勢いで忍を口説いたりしなければ、きっと普通に彼女を紹介出来てた筈で……。


「…………ごめん……俺……なんも聞かないで……あんな風に怒鳴って……」


でも今更……忍と離れるなんて出来ないと思った。

散々投げつけた酷い言葉も、忍は俺のそばにいてくれると解っていて言っていた……。

それ程忍は……俺を大事にしてくれていたから……。


「───先輩……違います!おれが悪いんです!……先輩……本気で気にしてるの…知ってたのに……」


その言葉を、嫌味でもポーズでも無く、忍が本心で言っているのが分かる。

だから……そんなヤツだから……俺も本気で忍を好きになったんだ。


「…………お前のばぁちゃんに会いに行こう」


「…………え……」


「……とびきり……可愛くなってやるよ」


「────先輩…………」


「──けどッ……お前の為じゃねぇからな! お前のばぁちゃんの為だからなッッ!!」


また意地悪く言ってしまう俺を、それでも忍は照れたように、そして嬉しそうに笑っている。


「──はいっ」


そんな忍が可愛くて……

抱きしめたくなるのを俺はグッと堪えた。


──あんだけ啖呵切っといて……自分から抱きしめるとか…………


すると忍の瞳が真っ直ぐに俺を見つめた。


「……先輩…………抱きしめていいですか……?」


「─────え…………」


俺との間の小さなテーブルを易々とどかすと、忍は返事を待たないまま俺の身体を抱きしめた。


「……キス……していいですか……?」


「───え…………あ…………」


顔が熱くなって鼓動がバカみたいに早くなる。

しかし今度は俺の返事を待っている忍に小さく頷いた。

すると温かい唇が重なり忍の舌はすぐに俺を探し当て、優しく絡んだ。


「………………んッ……」


何百回と重ねた唇が、その温かい舌が、俺の一番感じるところを分かっていて、思わず声が漏れた。


「───先輩……押し倒しますッ」


そう言うのと同時に、忍は俺の身体を組み敷き、パンツのボタンを外すと中へ手を忍び込ませた。


「───そこまで……良いとは言ってねぇ!」


恥ずかしくてまた、裏腹な言葉が口をついて出る。


「───おれ……光流先輩のこと……めちゃくちゃ可愛いって言ったのは……顔とか見た目とかだけじゃなくて…………照れ屋なとことか……本当はめちゃくちゃ優しいとことか…………」


「…………忍……」


温かい肌が酷く愛しくて、優しく撫でる手が……くすぐったい……。


「───こういう時の光流先輩………ガチで……めちゃくちゃ可愛いです……」


そんな風に言われたのが初めてで……俺は忍の腕の中で全てを委ねた。




まだ熱を持った忍の肌が俺を優しく抱きしめる。


「──光流…………メイド服着たの?」


“この時だけ”俺を呼び捨てにする忍が突然意味不明な事を口にした。


「───へ?……」


突然の思いもしない質問に思わずアホな声を上げた俺を、忍の微かに怒りを含んだような瞳が見つめる。


「…………バニーガールの格好も……したの?」


「───はい?…………」


昼間、俺がつい口にした過去の話だとそこでようやく気付いた。


「……光流のことだから……したんでしょ……本気でお願いされたら……断れないもんね……」


俺の性格も知り尽くした忍の目が怖い程………探る様に俺を見つめ、思わず生唾を飲み込んだ……。


「…………したの?……コスプレ……」


「──し…………しました…………」


俺の返事に忍の瞳が余計怒りを含む……。


「…………それで……それ着てしたんでしょ…?まさか……着て終わり…って訳ないもんね……」


「そ…………それは………」


「───本当のこと言って……」


「し…………した…………」


その言葉に忍は思い切り俺の身体を抱きしめた。


「───忍っ!……痛いって……」


「──タイツも履いて……破かせたんだ………!?」


「───忍…………まっ……て……………」


いつもより乱暴に俺にキスをして、激しく舌を絡める忍に……身体の熱が再び呼び戻される。


「───もう…………おれ以外に…………光流のこんな顔……見せないで……」


そして……耳元で忍の切ない声が響いた……。


───ヤキモチ……妬いてたんだ…………


俺はその声が堪らなく愛おしくて、忍の胸の中で……黙って頷いた……。





「…………すみません……おれ……つい…夢中になっちゃって……」


ベッドで動けなくなっている俺の横で、床に正座した忍が大きな身体を小さく丸めている。

あの後忍は、俺を易々とベッドへ運び……何度も激しく求め……そして今……俺は身体中が痛い……。


「……もう…いいって…………」


苦笑いして忍の頭に手を伸ばす。

さっきから「もういいから」と言う俺に、忍は何度も謝っている。


「つまらない事で、あんなに怒鳴って……しかもヤキモチ妬かせる様なことまで言った俺も悪いんだし……それに…………」


つい言いそうになり口籠もった。


まさか言える訳ない…………

すごく気持ち良かった…………なんて…………。


「──それに……何ですか…?」


忍が顔を上げ、どこか嬉しそうに俺を見る……。

俺が言おうとして言わなかった言葉を解ってて言わせようとしている目だ……。


「うっ…うるせぇ!」


俺は真っ赤になる顔を自分でも気付きながら


「コーラ!……コーラ飲みたい!」


誤魔化すように叫んだ。

すると忍がいつもの様に


「分かりました。すぐ…買ってきます!」


嬉しそうに笑った。




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