タキシードで花束を
海花
第1話
大分春らしくなり、あちらこちらで桜の花もちらほら咲き始めている。
今朝も明るい日差しが部屋に差し込み、外ではスズメの『チュンチュン』と鳴き声も聞こえる。
春らしい、一日を始めるに相応しいそんな朝だった。
しかし──そんな穏やかな朝を切り裂くような声が辺り一面響き渡った。
「───なんで俺が女装なんかしなきゃなんねぇんだよっ!! 朝っぱらからふざけたことぬかしてんなッッ!!!」
「……せっ先輩……あの……落ち着いて…………」
「うるせぇ!!……触んなッッ!!」
オロオロしながら俺の腕を掴もうとする忍の手を思い切り振り払った。
「───そんなに女が良いんなら…………そんなに女とやりてぇんなら……外でしてこいッ!!!」
思わず口をついて出た俺の行き過ぎた言葉に、今度こそ忍は俺の腕を掴んだ。
そして簡単には振り払えない程、その手には力が入っている。
「───先輩…………それ……本気じゃ無いですよね…………?」
いつも穏やかな、常に笑っている様な瞳が俺を睨む。
忍のこんな顔を、初めて見た。
「───うるせぇ!!……」
それでも頭に血が上っていた俺は何とか忍の手を振り解き、リュックを手にすると振り返らずに家を出た。
大学へ向かう電車に揺られながら今朝の忍の顔を思い出す。
恐らく本気で怒っていた。
けど……どうしても許せなかった。
忍の口から「女の格好して貰えませんか?」そう言われた事が……。
忍は解ってくれてると思ってたから。
俺が本気でこの見た目にコンプレックスを持っている事を。
人より背も低く骨格からして男らしくない。
どんなに日焼けしても決して黒くならない肌と、長いまつ毛に大きな目……。
普通に歩いていても、ナンパされる。
高校の時、優勝商品に惹かれ出場した「女装コンテスト」。
そこで俺は他を大きく引き離し見事優勝。
優勝商品を手にしたものの、その見返りは大きく……
卒業するまで何十回告白されたか分からない。
もちろん全て男に…………。
その頃の俺は、もちろん自分が同性にしか興味が持てないことを解っていたし、最初は喜んで付き合った。
けどヤツらは俺が好きなんじゃなくて、「女装した女の俺」に興味があるだけだと気付いた。
『メイド服を着てくれ』『バニーガールのコスプレしてくれ』『タイツを履いてくれ……』
俺は心底そんな言葉にうんざりして、それからは誰とも付き合わなかった。
忍と会うまでは……。
忍だけは……男としての俺を好きでいてくれると思ってたのに……。
「どうしたんだよ?今日めちゃくちゃ機嫌悪いじゃん……」
朝からブスッたれた俺に友人の小林が呆れて声を掛けた。
「……うっせぇな……」
「あれ?光流……今日はあのデカい後輩くん、一緒じゃないのかよ……?」
もう1人の友人の高木の余計な一言にもムカつき思わず睨みつける……。
「そんな怖い顔すんなよ……。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
「───殺すぞ」
「ひ~……機嫌悪ッ!!」
そんな友人の冗談にも付き合えない程、朝の忍の言葉に俺は傷付いていたんだ……。
その後も構内で何度か忍がこちらを気にしている姿に気付いたが、俺は全て無視した。
朝に比べて怒りは治まっていたが、俺は多分……忍の言葉で傷付いた事を解ってほしかったんだ……。
ひとつ年下の忍とはサークルで知り合った。
背が高くガタイのいい、口数は多くないけど素直な後輩。
そんな印象だった。
そして何故か俺に懐き、一緒に過ごすことが多くなっていった。
車やバイク、漫画や映画の話。
忍とは好みが合って、とにかく居心地が良かった。
そして飲みに行った帰り。酔っ払った勢いで俺は、忍を口説き持ち帰っていた……。
それからいつの間にか……同棲が始まった。
講義が終わりサークルの部室へ向かうと、部屋の中から忍の声が聞こえた。
ドアノブに掛けた手がつい止まる……。
やっぱり……顔を合わせづらい……。
「──あー……それで機嫌悪かった訳ね…」
小林の声も聞こえる。
「……光流なぁ……」
───俺の名前……!?
「……あいつ……自分が女みたいな見た目なの、本気で気にしてるからなぁ……」
部室の中で忍と小林が朝の事を話しているのだとすぐに解った。
忍と俺の事を知ってる小林に、相談したんだろう……と簡単に想像がつく。
───朝……怒りすぎたかな……。
そう持った途端
「……そうなんですけど…………おれ的には……先輩めちゃくちゃ可愛いと思うんです……でも別にそれは…………」
──先輩めちゃくちゃ可愛いと思うんです ……
その言葉だけが頭の中に反響した。
結局忍も俺の事を好きになってくれたんじゃなくて……
“女みたいな俺”が好きなんだ……。
そう思うと、いてもたってもいられず俺は部室のドアを思い切り開け
「───やっぱりお前も俺が女みたいな見た目だから付き合ってるだけなんじゃねぇか!!!」
忍に向けて怒鳴りつけた。
「───先輩!?」
「……なんなんだよっ!──どいつもこいつも……メイド服着ろとかバニーガールの格好しろとか……タイツ履いて破かせろとか………なんなんだよッ……クソッッ…」
「──お前……そんな事言ったの!?」
「──ちがッッ………それ…俺じゃない……」
小林の視線に焦る忍を睨みつけ
「───お前なんか…………もういらねぇ!!……二度と俺の前に顔見せんな!!!」
俺は怒りのままに忍をもう一度怒鳴りつけた。
「……先輩…………」
怒鳴りながら涙が溢れてきて、俺はそれを見られたくなくて背中を向けると走り出した。
堪えきれず涙が溢れ出す。
──ずっと、忍は俺をちゃんと見てくれているんだと思っていたのに……結局……見た目じゃねぇか…………。
しかし走る俺の腕がいきなりギュッと掴まれ、体勢を崩し転びそうになった俺の身体を、温かくて力強い慣れ親しんだ腕が抱きとめた。
「──先輩……待ってください……」
大好きな声に余計涙が込み上げる。
それが悔しくて恥ずかしくて俺は忍の腕を何とか引きはがそうともがいた。
「──ふざけんなっ!……離せよ!!」
「嫌です!! 絶対離しません!!」
俺より数倍大きく見える身体が本気で抱きしめているのだから、そう簡単に離れる訳もなく、それでももがき、挙句に殴り出した俺の両腕を押さえると、忍の口が悪態を言い続けていた俺の口を塞いだ。
大学の構内で、まだ学生が山ほどいる中……
忍は俺を抱きしめキスをし続けた。
「……光流先輩…………」
やっと唇を離すと、それでもまだ俺を抱きしめたまま、耳元で切なそうな声が俺を呼んだ。
「───離せよッ!…………みんなが見てんだろ!!」
周りのヤツらが面白がって見ている中、それでも忍は離さない。
「…………すみません、先輩……今度ばっかは……先輩のお願い聞けないです……先輩がちゃんとおれの話聞いてくれるまで……離しません……」
いつも俺の言葉を隣で優しく笑いながら聞いてくれていた忍が、初めて見せた意思表示に思えて……俺は溜息を吐くと身体の力を抜いた。
「………………分かったよ……話……聞けばいいんだろ………聞くよ……だから離せ…」
「───本当ですか!?」
身体を離し、嬉しそうに俺を見つめる真っ直ぐな瞳に
「……俺は嘘はつかねぇ……」
不貞腐れながら答えた……。
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