コラボレーション

幾重にも重なる山の緑を背景にして、時代がかった建物がそびえる。その外観は記憶と照らし合わせても変わり映えがなかった。浦島太郎は免れたかもとひと安心しながら、R.Bは久しぶりに市役所に向かっていた。勤怠の記録上はずっと職場の暦通りに出勤していたのだが、実際にこの場を訪れたのはおよそ一年ぶり。そして、当人にとってはその数倍もの時間が経過していた。

目の前の建物は建てられて何十年経つのだろうか。ここが職場でよかったとR.Bは改めて実感する。法律や条例への対応を含む様々な改修を経つつも、現在まで生き延びた市役所は周囲の豊かな自然との調和を得るまでに至っており、市民の心を和ませていた。自分の仕事はこんな場所でしか成立しないのだろう。


「今回は企業との共同案件になりますね。つまり平成でいうところのコラボです」市役所に併設されたカフェのいつもの席で、スーツ姿の男が切り出した。R.Bにとっては直属の上司にあたる、名前はAと自称している。Aは平成レトロ好きが高じて市役所に流れ着いた男、つまりただの変わり者だったが、一緒に仕事をするのに申し分ない上司ではあった。大した意味もないのに平成を絡めてしゃべる癖を除きさえすれば。


「いや、別に令和でも言ってたし。コラボって。そもそもコラボって言葉に時代性なくないですか」R.Bは不満気に言葉を返した。

「それに一年ぶりなんだから、もっと感動があった方がいいんじゃないですか。再会の喜びとか、任務完了への労いとか」

「なるほど、一年ぶりでしたね」Aは淡々と続ける。

「ただ申し訳ないですが、わたしにとっては1日ぶりにしか感じられなくて」とはいえ、前置きほどには申し訳なさそうでもない様子だ。

「いや、分かりますよ。そりゃそうだろうっていうのは。棺桶のデータ解析もまだだろうし。まあ、確かにそうなんですよ。こちらではあれから一日しか経ってないし、一日ぶりなのは」

「いやいや、そんなことないですって。大丈夫。今回も一緒に頑張りましょう」

「いまひとつ噛み合ってないんだよな。設問と解答がちぐはぐなんだけど」R.Bは首を傾けたが、これも毎回のことだった。


「詳細は明かせないんですが」Aがいつもの前置きをする。

「でしょうね。まあ、でも、慣れてますから」R.Bは皮肉めかせる。詳細不明で毎回奮闘せざるを得ない不安と不満の表れだったが、Aは意外な発言をする。

「ただコラボレーションの相手企業はここなんです」珍しく、いや初めて大きな情報が開示された瞬間だった。今までは何もかもが秘されたままで時間を超えてきたのだ。

「ここ?」R.Bは改めて周囲を見渡した。

「ここなの?ここって市役所ってこと?まさかの自作自演」

「いえ、このカフェを運営されてる企業さんです」

「なるほど、このカフェの…」R.Bはぐるり頭を巡らせたが、その検索には何も引っ掛からなかった。

「どこなのか知らないわ。大きい会社か小さい会社かもわからない」

「老舗ですよ。あえて固有名詞は明かしませんが老舗の書店です。役所系のカフェをあちこちプロデュースされてます」


昨今、美味しい社員食堂は企業のステータスであり、会社の志望動機でも上位にランクされている。令和に入り本格化した多様化した個人の時代は、個人間の調和の時代へと進み、もはや社内のしがらみは過去の遺物と言ってよかった。役職や部署に関係なく利用できるよう、社員食堂内での個人の権利を保障する条例を制定した県も、先ごろ話題になったばかりだ。

「先見の明があったんですね。今や紙の本のお店って絶滅危惧種じゃないですか。しかも、役所系に活路を見出したのは慧眼でしたね」

「ある意味で寂しい時代ですよ。平成初期には街中あちこちで本が買えたんですけどね。コンビニとか駅でも」

「え、そんなにたくさん書店があったとかまさかでしょ。都市伝説ですか。懐かしい」

「都市伝説なんかじゃないですよ。紙の本を売ってる本屋さんが、日本に2万店以上あったんですから。ちなみに、このカフェだって書店をモチーフに設計されています」

「ああ、だからなんか古いんですね。落ち着きはしますけど」

「古いって、せめて重厚と言ってもらえないですか。というか、書店がみんな重厚なわけじゃなくて、ポップな本屋さんだってたくさんあったんですよ」

R.Bは嘘か本当かわからない平成のエピソードを受け流して、自らのストーリーを先に進めた。

「じゃあ、今回の行き先は平成ですか?」

「いえ、ギリ令和になりそうです。出発は本日14時で。」

「ハード。それはハード。昨日戻ってきて、また今日って」そう言いながらR.Bはふと何かに気づいた。

「さっき、令和になりそうって言いました?」

「あ、やっぱり平成がよかったです?」

「いやいや、元号は関係ないです。なりそうってどういうことなのかなと。到着日時がきちんと決まってないのは初めてで」

「そうなんですよ、今回は標的がピンポイントなもので。条件を満たす誰かではなく特定の個人を狙って行くんです。なので制約が多くて、代わりに時間の設定は誤差ありきです」

「元号を跨ぐほどですか?」

「今回は企業案件ですからね」Aの答えはやはり、質問とは合っていなかった。

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