ツナグ

強かった。ケーニヒデアブルメンは最後の直線すぐに先頭に立ってそのまま押し切って優勝して。

ラスト1ハロン、手に汗握りR.B(仮)は思わず声を上げた。「そのまま!そのまま!」と。

その余韻は帰りの車内にも充満している。


血統表や歴代優勝馬などなるべく記憶しないようレクチャーされていたR.B(仮)だったが、ケーニヒデアブルメンの鮮やかな勝利がこっそり覚えたデータを記憶から吹き飛ばしてしまった。頭が真っ白になるほどの興奮と引き換えに、元の時代に戻ったときのお役立ち情報を失ったが、鮮烈なまでの新たなダービー馬の誕生に清々しさを感じていた。


ひとつだけ、絶対に忘れられないデータが蓄積された。ケーニヒデアブルメンはキングカメハメハの血統だった。レース前に似てると思ったのも偶然ではなかったのかもしれない。まあ、同じ毛色で体重もそんなに変わらなければ、遠目のサラブレッドはどれも似ている気がするが。キングカメハメハには思い入れがある。時間を超えても忘れないほどに。


「すみません」R.B(仮)はスペースを空けて横に座るAに声をかけた。

「回路が繋がる感覚がありました」

思わぬ報告に車内がザワつく。

「もうですか?」Aは冷静を装ったが、発言は焦りに塗れていた。

「もうです」R.B(仮)は断言する。

こちらに来た者が訴えるこの感覚は正確だとAは熟知していた。早く市役所に戻った方がいいだろう。


高速の入口を間違えた車は本来のルートと逆方向に向かっていた。このまま都内を観光しようかとも話していたが、フリーウェイを一旦降りて、本来の目的地の西を目指す。

R.B(仮)が訴えた回路が繋がる感覚は正しいだろう。

しかし、Aは不安を感じていた。まるでR.B(仮)と共鳴するかのような自らの揺れに対して。

車内の様子から察するに、この揺れについてはおそらく車内の他のスタッフも感じているのは間違いないだろう。とはいえ、ドライバーが高速道路を逆に進んだのはただのミスだ。奴の背中には、自分のミスをこの揺れのせいにしようと目論む雰囲気がある。


ただミスは起きてしまったのだ。偶然のミスが必然を形作るのか、必然から逆算してミスが起きるのか。何にせよ何かが動く。大きく、強く。責任者としてAは、まずR.B(仮)の安全を確保しなくてはならない。そのためにはあの棺桶だ。我々の時代では手に負えない未来のテクノロジーで棺桶は運用されている。あの中にいさえすれば、ひとまずR.B(仮)は安全だ。あちらの時代でR.B(仮)の肉体が生きてる限り、大した不利益を被ることなく元の時代に戻れる。


車は初夏の夕暮れを西に向かっている。黄昏色の空を愛でてる余裕は車内になかったが、状況をあまりわかっていないR.B(仮)は車窓を楽しんでいる。

「あれ、軍事基地ですか?」R.B(仮)が車外を指差した。たしかに滑走路で軍用機が発着しているように見える。しかし、マップの表示は運動公園だ。しかもあの飛行機はいささか古すぎるのではないか。平成の世には引退してるモデルだと、Aの目には映った。


「右手に競馬場です」逆報告に進入したことを少しでも挽回しようと、努めて明るい声でドライバーが告げた。ダービーの余韻冷めやらぬ東京競馬場を眩しく眺めながらR.B(仮)がそっと呟く。

「左にはビール工場」

Aが聞いた、R.B(仮)の最後の言葉だった。

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