東京ダービー

目覚めたら30年後の棺桶の中にいた。

何を言ってるのかよくわからないかもしれないけど、詳しい説明はしてはいけないらしいし、そもそもできそうにない。こんな事態に陥っても冷静な自分を意外に思うが、理解はできなくても取り乱さない、そういう人間を選んだからだと聞かされた。


ここが本当に30年後なのか僕にはわからない。ここが本当に2050年なのか確信は持てないし、自分が何年にいたのかも忘れてしまった。記憶全体が朧げなのだ。しかも、部分的な記憶の解像度にも大きな差異が感じられる。はっきりとした2000年の記憶もあれば、ぼんやりとした2015年の記憶もある。そうなると記憶全体を俯瞰できなくなる。今では2046年の有馬記念を観た気もしている。


もしかしたら、これはR.B本人の記憶と混濁しているのかもしれない。僕がいた時代でR.Bは僕の記憶を使用しているらしい。だったら、この時代で僕がR.Bの記憶に触れてしまう可能性もあるだろう。R.Bが時間を超えたのは仕事のため。随分先の未来には過去へのアプローチを厳格に規定しているルールがあって、それに則れば過去を変えても問題ないらしい。


「数値で測れば既に馴染んでます」

そう僕にAが告げたとき、ここに着いて10分も経ってなかったはずだ。僕とR.Bは誤差の範囲に存在してるらしい。しかも、ごくごく僅かな誤差の間に。さて、説明はこれで終わりにしたい。らしいらしいを連発するだけの自分にがっかりしたからだが、これも仕方ないことなのだ。こちらに着いた人間は辛さのない二日酔い状態くらいしか能力を発揮できないよう設定されてるらしいから。


僕は30年を旅してR.B(仮)になった。前任のR.B(仮)は一年近く滞在したらしいが、僕は10日間もいないのではないかとAに言われた。だったらちょっとした休暇だと割り切って楽しむことにする。いくつかの禁止事項を守って快適に過ごしたい。なんといっても明日はダービーだ。

元の時代での直近のダービーの勝馬さえ思い出せないけれど、未来で競馬の祭典を体感できるのは楽しみでしかない。

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