アンダーテイカー
R.Bの旅立ちを見送ったAは、棺桶に横たわるR.Bを静かに見下ろしていた。反応が出るのに5分くらいかかるだろうか。そして毎回思う。この装置のデザインは変えた方がよくないかと。どう考えても棺桶モデルって悪趣味なんじゃないか。R.Bもほらこの通り、まるで死んでるみたいに見える。これこそミスリードだし、この場での読み間違いは大事に発展してしまう可能性が高い。
この装置が生産された当時、現在からはかなり未来になるその時代では、棺桶を原形にしたコフィンモチーフが流行してるらしい。
「何でもかんでも棺桶ですよ」この装置を運んで来た未来人は笑いながらそう言ったが、それが本当なら未来の日本はとんだディストピアじゃないんだろうか。
まあ、だからこそ、過去に干渉するのかもしれない。自分もR.Bもそこに存在意義があるのだ。一般社会に放たれた場合に、何かで世の中の役に立てるのか自信は全くない。
それにしても、棺桶モデルとは。Aは忌々しそうにため息をつく。
AがAである所以もこの棺桶のせいだ。この棺桶のせいで、葬儀屋のコードネームが付いた。それ自体は特に嫌なことではなかった。ダークヒーローみたいでカッコいいと捉えていたAが、当時はまだAではなかったが、さらにカッコよく呼ばれようとあることを思いつく。
平成の世に、墓掘り人の異名を持つプロレスラーがいたなと。ジ・アンダーテイカー。2メートルを超える大柄な体躯とレスリングテクニックを併せ持ち、さらに難しい怪奇ギミックを成功させるだけの表現力。名レスラーだったのが伝わってくる。
これでいこう。当時AではないAは、いくつか動画を見て決心した。オレはアンダーテイカーだと。思えば、もっとじっくり動画を見ておけばよかったのだ。そしたらあの些細な間違いは未然に防げたのかもしれない。
アンダーテイカーのスペリングはUから始まるのだ。
ちょっと考えたらそれはわかる。しかし、無意識に手は動いた。署名の練習という意識もなく、ただ動き出したのだ。あのときのジェットストリームの書き味も体がまだ覚えている。いつもより滑らかだったのはアンダーテイカーになった高揚感のせいだろうか。
それは誰かに見られたわけでもなく、誰にいじられたわけでもない。Aから始めたアンダーテイカーの綴り。どうしても自分を許せなかった。戒めが必要だ。そこで、自らAを名乗ることに決めたのだった。
いつものように、そんな昔話を反芻していると、棺桶に横たわるR.Bが目を開けた。
「大丈夫ですよ。ようこそ2050年へ」
何年なのか告げることで、不意の旅行者は安定させやすい。いつもならここが何年なのかの言及はなるべくしないのだが、今回はどうせダービーを見に行くのだ。
「おはようございます。あ、おはようございます」
30年を超えてすぐ、R.B(仮)は挨拶をした。起床の挨拶と邂逅の挨拶だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます