第34話 エピローグはご所望でしょうか?

 ◆◆


 王国へ戻ってくるのは十日振りである。


 見慣れた景色のはずが、どこか違う国へ来たような気分になる。王都でサイキョウとは別れた。本当に今回の旅では世話になった。そして、これからの世話になる気がしていた。再び訪れるであろう戦火の時代――再び激動の世界になる。そう直感していた。そして、万が一にも魔王が復活を果たした時に、彼が再び人類の味方をしてくれる保証もない。そして、現状の課題では、『秘密結社 墨染色の暁会』がエルフの命を狙っている状況でもあった。先を急がなくては――。


 時代の移ろいと共に、エルフをこれからの守っていく方法を考えなくては。だが、その前にサイキョウに約束した報酬を渡す為に、盛大に歓迎会を開かなくてはいけない。


 エルフの集落には、四日後に招待してある。準備の期間は限られている。どうしたものか。


 そんなことを考えている時に前方からわたしの名を呼ぶ者がいる。


「――エグレ様」


 軍服に身を包んだ男が腕を振りながらそう呼んでいる。そして、その顔には見覚えがあった。彼は防衛省・東部参謀指揮官を務める――


「ジャック・ダウン殿、お久しぶりです。」


「お世話になっております。旅に行かれていたようですがお一人でですか?」


「え? ああ、いえ――」


 逡巡する。サイキョウは自身の身分を隠し、ひっそりと生活をしている様だった。だが、そんな秘密をひとりで抱え込みたくはないし、彼ならば信頼がおけるのではないだろうか? わたしは意を決して彼の名を言う。当然、他言無用の枕詞を添えながら――


「誰にも言わないでね。サトウ・サイキョウと帝国まで行っていたの」


「サトウ・サイキョウ?」


「英雄の」


 と、付け加える。十年も矢面に立っていないのだ。その名前だけではピンと来なくなってきているのだろう。


「――え、え、英雄のサトウ・サイキョウ様ですか?」


 ジャック・ダウンは驚嘆の表情を浮かべながら言う。


「ええ、そこまでの護衛をお願いして」


「え、英雄はやはり生きていたのか……は! いや、帝国ってことはカントン平野を通りましたよね」


 サイキョウが存命なことを知り感激していたかと思えば、なにかを思い出したかのように問う。


「まあ、通ったけど、でも、旅に出ていることを良く知っていたわね」


「『ユノナカ宿場町』のある宿場の帳簿にエグレ様の名前がありましたから。もしかしたらと思いまして、それで単刀直入にお伺いしますが、〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウを討伐されたのはお二方ですか? 実は帝国のロスコッキング伯爵からもエグレ様が討伐した可能性が高いという一報がありまして」


「わたしではないわ。確証はないけど、カントン平野の道中でサイキョウが飛行しているモンスターの群れを討伐していたわね」


「それは、日付からも、そのモンスターの特徴からも、間違いなく〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウです。すぐにでも褒賞を用意したいのですが」


「不要だと思うわ。彼はひとりでひっそりと生きたいみたいだから。それに、他言しないと約束したでしょ」


「ああ、そうでしたが、では何て上に報告すればいいのか? 現状ではエグレ様が討伐したことになっていますが……」


「まあ、彼には恩もあるし、現状通りわたしが討伐したことにしておいて。それに、褒賞も必要ないから」


「そうですか。それでは、お言葉に甘えて引き続きエグレ様が討伐したということで処理しておきます……それにしても、何だか顔色が優れませんが?」


 ジャック・ダウンは心配そうにわたしの顔を覗き込む。ジャック・ダウンは信頼のおけるうえに、防衛省でもかなり権威のある立場である。相談するのは有意義といえるのではないだろうか。


 わたしは話すことにした。サイキョウが魔王が復活した時に人類に味方しない、いや、敵対する可能性があることを。


「実は、旅の道中で『秘密結社 墨染色の暁会』の話をしたの」


「あの、英雄様方がせっかく倒して下さった魔王の復活を企てていると噂の不届き物共ですか。それで、サトウ様の反応は?」


「もし、魔王が復活したら今度は魔王と手を組もうかと……」


「――それは」


「彼は愚かな人間に見切りを付けたのかも」


「そうなった時、人類は……」


 ジャック・ダウンは固唾を呑んだ。言いかけた言葉の続きは容易に分かる。そうなった時、人類は滅亡する。世界を半分は統べた魔王と、その力を凌駕する存在であるサトウ・サイキョウが敵対をするのだから、間違いなく人類の存続はないだろう。


「『秘密結社 墨染色の暁会』を叩く事が、まずはこれからの防衛省の最重要課題とするべきね。それと、万が一のために、彼への対抗策も検討する必要があるかもしれないわ。それが、人類を守るための唯一の方法でもあるわ」


「分かりました。早急に議題に挙げておきます」


 これでしばらくは、王国と『秘密結社 墨染色の暁会』の対立になるだろう。そのことに安堵する。


 そんな時、前方からもうひとり、わたしの名を呼ぶ軍人が現れた。その男はジャック・ダウンとは対照的に切羽詰まった様子で、深刻そうな表情をしていた。それだけで、良い知らせでないことが分かる。


 そして、その顔に見覚えはなかった。


「――はぁはぁ、ハルマキン・サーワクーシ少尉であります。エグレ様にご報告があり馳せ参じました」


 息を切らし、声を振り絞る様に言う。だが、その様子だけで大変な事態であることは分かっている。


「どうしましたか?」


「エルフの集落が、集落が――」



 ◆◆



 旅から帰って来て早々に、これまで積み上げてきた十年間が踏みにじられる経験があるだろうか。


 わたしが決死の思いで築き上げた集落は見るも無残な姿になっていた。建物はすべて乱雑に取り壊されており、瓦礫の山となっている。人ひとり住めるような状況ではない。


 いろいろな経験をしてこなかった若輩の身であれば泣き崩れていたかもしれない。涙が溢れ出てこない。それだけで、強くなったのだと感じるが、それでも守れない自身の弱さを痛感する。心のどこかで王国の集落は大丈夫だと思っていた。わたしがいることは誰でも知っていることだから、襲撃はされないと思っていた。そして、ここまでの惨状になるとは思っていなかった。帝国での一件の報復か? いや、だとしたら、情報の伝達が早すぎる。何か意図があっての愚行であろう。腹の底から怒りが込み上げてくる。そして、落胆する。


 ああ、わたしはなんて愚かで未熟なのだろう。


 打ちひしがれるわたしの下へひとりの老体が歩み寄って来る。その人はわたしたちに集落の土地を提供してくれている、この地の領主であった。


「ああ、領主。これはどういうことですか?」


 わたしは問う。見ればわかる惨状なのに、わざわざ領主に説明を求めてしまう。勘違いだと思いたい。何かの間違いだと言って欲しい。都合のいい嘘だと信じたかった。だが、領主はこの惨状を悲痛な表情を浮かべながら説明する。


「エグレ様が旅をされている間に何者かに襲撃されまして、申し訳ない。わたしはなにもしてあげられなくて」


 領主はそう言いながら、しなしなと項垂れる。


「他の者は?」


「国から一時的に避難用テントが設置され、そちらの方で生活していますが、幾人か拉致された者もいる様で」


 エルフを拉致。襲撃犯の目星は付いていたが、その言葉だけで誰の仕業であるかは確信へと変わった。


 固く奥歯を噛み締める。許せない! 絶対に許さない!


「皆、心細い思いをしながらエグレ様のお帰りを待っておられました」


「そうですか。避難用テントはどこへ設置されているのですか?」


「こちらを――」


 そう訊くと領主は一枚の紙を渡す。そこにはこの地域の地図が描かれており、中心部に流れる河川敷の一か所に大きく丸が書かれていた。


「この丸の場所に?」


「ええ、左様でございます」


「ありがとう。それと、今日は早くみんなのところへ顔を出したいから、今後の再建については改めて相談させてください」


「わかりました。ではご武運を」


 わたしは再び歩みだす。十年間積み上げてきたこの地を離れ、また一からエルフの存亡を守っていく。




 エグレがエルフの集落であった場所を離れ、どんどんと小さくなっていく姿を見守りながら、領主は小さな声で気味悪く「」と笑っていた。その笑い声はエグレまで届かなかった。

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10年前に魔王を討伐した報酬でFIREしました~異世界で早期引退した俺が未だに最強らしいけど、そんなことは心底どうでもいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!~ くちなし 駄々 @colatobee

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