第32話 最強? そんなことはどうでもいいいい

 ◆◆



 気の所為だと思いたいのだが、どこからか発砲音と爆発音が響いてきたような気がするのだが。


 時計がない為、推定ではあるが、恐らくは想定されている時間を超過している。


 嫌な予感がする。場所を間違えた? いや、エグレが間違えた可能性もあるが、すでに戦闘が始まっているのかもしれない。


 だが、爆発音と銃声だけで持ち場を離れてもいいのだろうか。夜間における、帝国の治安を知らない。日常的に爆発や発砲のなる場所かもしれない。それに、酔っ払いややから共の内輪揉めだったら面倒だなー。


 俺のいた前世の世界はかなり治安がいい場所であった。落とした財布は帰って来るし、電車で寝ていての窃盗や身の危険はないし、夜道を女性がひとりで歩いても安全だし、酔っ払いは街中で寝てられるし、過疎化した場所にある自動販売機が壊されることも、小銭目当てに強盗されることもない。まあ、俺が幼少の頃に住んでいた近所の自動販売機は強盗に壊されていたけどな。どうでもいいけど、めっちゃコスパの悪い強盗だよな。自動販売機なんて然して金額も入っていないだろうし、器物損壊も余罪で付いて来るし、自動販売機を壊す労力も相当なものだろう。勿体ない。その労力の利用して真面目に働くか、もっとコスパのいい犯罪をすればいいのに。例えば……いや、やめておこう。犯罪の助長は。ダメ! 犯罪! 


 まあ、本当にどうでもいい話で逸脱したが、それくらい治安がよかったが為に、こっちの世界に来てから苦労した。これを人は平和ボケというのだろう。それを人は「危機管理能力が足りない」と言うかもしれないが。そんなこと言ったって、しょうがないじゃないかーーー(小島眞風)。本当に渡る世間は鬼ばかりですよ。


 だが、王国の治安は格段とよくなった。戦火の時代は今よりももっと激動であり、治安が悪かった。例えば、ひと月に何度か発砲音を耳にしたし、スリや窃盗の被害を受けた事もある。暴行はすべて未遂ではあるが経験もある。性犯罪はさすがにないが――間違いなく、多くの女性がその被害により苦しんだことだろう。


 だが、帝国の状況は分からない。故にエグレの戦闘の可能性も、一般人の小競り合いの可能性もある。それに、持ち場を離れることが致命的なミスになることだってあるのだから。それでも――


「ちょっと、見て来るか」


 やや満腹の重たい腰を起こして、臀部を叩き砂浜を落とす。


 潮風は俺を拒絶する様に冷たく吹き荒れる。波は変わらずに心地の良い満ち引きの音を奏でている。月は優しく俺を包み込む。浜辺に残った軌跡あしあとはしばらく残り続けるだろう。


 遠くから聞こえて来る音の方へと視線を送る。



◆◆



 爆炎が上がり、周囲には爆発音と共に爆風により土煙が舞い上がった。そのとてつもない威力に身体が吹き飛ばされない様に必死に堪えながら、目に砂利が入らない様に固く瞑る。そして、この状況は、後方支援に徹していた僕にとっては最悪の状況とも言える。


 対象が視認できないだけで僕は無力となり、両手に持った回転式拳銃は意味を成さなくなる。それ以上に、スペードのジャックの安否が気掛かりである。今までは確かに確実に対象を殺傷する術は卓越しており、かなりの手練れであるという認識であったが、それは反撃に転じられたことがなかった故の認識でもあった。スペードのジャックがどれほど強靭な肉体を持っているのか、どのくらい防御魔法を習得しているのかは知らないが、そもそも、あれだけ高火力の魔法が直撃して、爆発の中心部にいて無事な訳がない。


 そして、それは僕の身の危険も意味していた。


 僕は土煙が舞い上がる爆心地から目が離せずにいた。当然であろう、戦場で敵兵から目を離す行為は敗退行為と同等の意味をしている。


 時間と共に薄っすらと土煙は晴れていき、影がぼんやりと浮かび始める。どちらだろうか――そう思いながら目を凝らす。だが、その影は俊敏に動く二人の陰であった。僕は驚嘆した。あの魔法を直撃して依然として生きているスペードのジャックに対して。それと共に、すぐに次なる援護の準備を行う。再び銃口を彼らに向ける。


 両銃を併せて十二発――確実に仕留める!


 土煙が風に流されながらゆっくりと視界が広がっていく。そして、スペードのジャックのエグレの識別がはっきりと付く。


 再び両銃のハンマーを起こし銃口を向ける。今までの銃弾はすべて外している。こんなことをしていれば、スペードのジャックに素人だと笑われてしまうだろう。照準をエグレに合わせる。トリガーを引けば、いつだって発砲は可能である。


 幼少の頃に読んだ物語の主人公が二挺拳銃を扱うハンターだった。名前も忘れたその物語の主人公になんとなくカッコいいという理由で憧れ、必死で練習した。だが、大人になるにつれて、銃を扱う仕事なんて死の隣り合わせの仕事なんて無理だという尻込みと、代々続いてきた両親の仕事を引き継がないといけないという、何となくの圧力と責任感から銃を扱う者から売る者へと転身した。そして、とうとう懸命に練習して、習得した二挺拳銃の利点を発揮する機会はなかった。

 

 だからこそ、今、命を懸けた英雄の仲間との死闘に楽しいという感情が沸き上がっているのかもしれない。しかも、二挺拳銃とこの回転式拳銃ならば相性が抜群である。十二発も連発することができるのだから。こんなことができるのは歴史上で僕がはじめてではないだろうか? 拳銃の連発記録を達成しているのではないだろうか。帰ったら調べてみよう。それに、この技術を披露すれば、忽ち人気者になれるのでは? そうなったらお店の売上も上がるかもしれない。楽しみだ。


 ああ、エグレと戦うと決めた時、いや、『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』に入会した時から死ぬ覚悟はできていた。それなのに、生きる目的ができてしまった気がする。


 僕はそんなことを考えながら、トリガーを引く。拳銃は煙を上げて発砲すると共に大きな銃声を立て、周囲には火薬の匂いが立ち込める。跳ね返ってくる様な衝撃で指先と肩が痛くなる。だが、すぐに次なる準備を行わないと、またエグレの魔法によって土煙を起こして姿を眩ましてしまう。


 エグレを目掛けて弾道は真っ直ぐに飛んで行く。普通ならばこの一撃で脳天に直撃して即死、もしくは致命傷を与え戦闘不能となる。だが、彼女は当然ながら普通ではない。英雄の仲間であり、この地に平穏をもたらした憎むべき強者である。僕の狙撃などもろともしない様に、ひらりと頭部をのけ反らせて躱す。それは、弾道がはっきりと視認できていると思えるほど完璧であり、幾ら撃っても無意味であると言われているほど、絶望を抱く。こんなことが人類ができるのかはわからないが、彼女は人ではないし、試す気にもならない。


 それでも、仲間がこれほど強大な敵と戦っているのだから、なにもしない訳にはいかない。少しでも僕に気を散らすことができれば勝機はあると確信している。


 僕は外れた弾丸の軌道を眺めながら、左手に持った拳銃のハンマーを起こす。シリンダーはガチャリと音を立てて回転する。両手に持った拳銃を構え、再び、銃口をエグレに向ける。


 ――残り十一発。一発くらいは。


 連発した方が躱しにくいだろうか? いや、とにかく数を撃った方がいいだろう。可能な限り、短いインターバルで沢山の銃弾を。少しでも、スペードのジャックの手助けになるように。少しでも、エグレの邪魔をできる様に。


 僕は両手に持った拳銃のトリガーを引く。本当に同時にトリガーを引いた為か、音は重複して片方しか放っていないと錯覚してしまう程だ。しかし、両手に伝わる反動で、手に伝わる痛みで、両銃は確かに放たれたことが実感される。


 連発した弾道は再度、エグレに襲いかかる。右手で放った拳銃は真っ直ぐに頭部を目掛けて飛んで行くが、もう片方は反動で少しだけズレた。自分でもどこへ飛んで行くか分からないその弾道が、少なくともスペードのジャックの方へ飛んで行かないことへ安堵する。


 この狙撃でも楽々と躱されるか、魔法によって防がれると思われた。しかし、頭部に狙った弾丸は先ほどと同じように、身体をのけ反って躱したように見える。だが、もう一方は命中した。僕はあのエグレを狙撃したのだ。もちろん、命中と言っても肩を掠める程度ではあったが、確かに小さなうめき声と、綺麗な赤い血が噴き出すのを視認した。


 どうして狙撃できた。考えろ。考えるんだ。偶然? いや、あのエグレがそんなヘマはしないだろう。なら、二発同時は対処できない? それも、さっきは魔法によって防がれた? 二発同時だと気が付かなかった? それだ! 僕も同時に放ったことを手の感触でしかわからなかった。きっとエグレも誤認したのだ。一発しか撃っていないと。では、魔法を使わなかったのは、過信か。それとも、魔力を温存する為か。いずれにしても、魔法を使わせたらそれだけで魔力が消費するし、使わずに避けようとすれば、今度は確実に仕留める。


 僕は攻略法を見つけた。勝てる! 勝てるかもしれない!


 再び、ハンマーを起こし、銃口を向ける。


 ――残り九発。勝機が出てきた。


 刀同時をぶつけて小競り合いをしている二人の様子を窺う。さすがに、あそこまでスペードのジャックが接近していると腕に自信があるとはいえ、誤射してしまう可能性を考慮して、狙撃することはできない。


 機会を窺う。いつでもトリガーを引く準備はできている。


 そして、その好機は訪れた。互いに大きく後退をして、間合いを計っている一瞬――この機を見逃さない。僕は両手に持った拳銃のトリガーを引く。再び音は重なりひとつの発砲音となる。片方は毎々の通り頭部へ、そして、もう一発は腹部を狙う。


 弾道を眺めながらほくそ笑む。これはきっと躱せないと確信をする。しかし、エグレを目掛けて計算通り、真っ直ぐに飛んで行く弾丸は予想外の動きを見せる。エグレまで届く前に大きく上空へと飛翔して、ぐるりと半回転して僕を目掛けて反転する。こっちへ来る! そう思った時には後方へ引っ張られる様な衝撃と共に両腕に激痛が走る。気が付いて時には声にもならない叫びを上げていた。


 ――な、なにがあった? どういうことだ?


 痛みで呆然とする脳内では、依然として冷静さを取り戻すことができない。経験もしたことがないよな痛みで呼吸は乱れ、脂汗が全身から滲む。確かに弾道は真っ直ぐに飛んでいたはず。それなのに、あの軌道はなんだ? どういうことだ?


 そして、ひとつの結論が導かれる。


 ……魔法! 魔法なのか?


 状況を起こし、スペードのジャックとエグレの戦況も見る。だが、そこには確かな違和感がある。違和感ではない。それは異物であった。先ほどまで二対一の戦況だったはずなのに、いつあの男は現れたんだ!!


 スペードのジャックとエグレを仲裁する様に、ひとりの男がそこには立っていた。

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