第31話 最強? 対峙と退治

 ◆◆



 真っ暗闇の中、シャクシャクと砂辺を歩く心地よい音が、押しては引いてを繰り返す波の音に掻き消される。


 人けのない場所までと思い尾行をしていたが、気が付いた時には浜辺まで付いて来てしまった。その奇妙な目的地に罠であったと気が付かなかったのは、僕たちの焦燥の思いが、仕事に対する忠誠心が、仲間を思う責任感が、盲目的にエルフを捕獲することに意識が向いていたからだと思う。


 金髪のエルフは浜辺にひとり立ち止まる。僕たちは好機だと思い、ジリジリと距離を詰める。気が付かれない様に。それは、肉食動物が獲物を見つけた時の様に身を隠す様に低く下げながら、ゆっくり、ゆっくりと距離を詰めていく。決して、彼女は気が付いてない。僕たちの存在に――そんな漠然として妄信を抱いていた。


 だが、金髪のエルフは全てを見透かしたように、くるりと踵と返す。それは、僕たちが隠れていることをずっと前から知っている様であった。月光が彼女を照らす。美しい長く黄金色をした髪が潮風に靡く。その姿に素直に美しいと思った。


 が、それと同時に足を止め、 確実に仕留めるには、背後から奇襲を仕掛けるのが最も合理的で手っ取り早い。無駄に抵抗をされるのは厄介だ。助けや保安官が来る可能性もある。その為、僕たちは必然的に足を止め、身を隠す必要があった。


 しかし、そんな僕たちの努力を無駄にするように、金髪のエルフは大きな声で宣言する。忠告かもしれない。いや、それは命令であったのかもしれない。


「付けて来ていることは分かっているわ。『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』よ、姿を現しなさい!!」


 混乱した。一連の事件はすべて我々『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』の犯行であると断定されていることに。そして、僕たちが尾行していることがバレていることに。


 僕は困惑しながらスペードのジャックを見る。指示を仰ごうと思ったが、それ以上に彼を見て安心したかったのだと思う。きっと、こんな状況にも慣れているであろう彼の平然とした、毅然とした態度を見て、大丈夫だと思いたかったのだ。


 だが、スペードのジャックは僕以上に困惑した表情をしていた。


「どうしてここに?」


 彼女が何者かを知っている様だ。誰かを知りたい思いはあるが、それ以上にこれからについて


「ど、どうする?」


「――ツっ! 退路はない。どうやら嵌められていた様だ」


「は、嵌められた?」


「奴はエグレだ」


 その名前に覚えがあった。確か、定例会議の時に、エグレが王国にあるエルフの集落を保護しているからという理由で、わざわざ近場の王国を避け、遥々帝国での仕事となった元凶である。


 しかし、なぜ帝国にいるのかという疑問は残る。偶然か? それとも、帝国のエルフが狙われていることを知り、わざわざ帝国までやって来たというのだろうか。 


「逃げるのは?」


「英雄の仲間だったときは偵察を任されていたそうだ。とてもではないが、彼女の能力の前では逃げきれないだろう」


「じゃあ」


「ああ、殺そう。奴だってエルフだ」


 スペードのジャックは腰に差した長剣を鞘から抜き、エグレを目掛けて走り出す。僕も彼に続いて胸元から二丁の短銃を取り出して、後に続く。最近までの銃は一発ごとに弾と火薬を入れる必要があった。連発銃は存在はしていたが、高価なうえ、狙った場所に飛んで行かない。実用性が低いことが欠点であった。だが、新たに開発されたこの回転式は、ハンマーとシリンダーが連動しており、一度に六発までの連射が可能であるうえに、操縦性が高い。その分、価格は高価であり、市場にもほとんど出回っていないが、武器屋の店主として卸売価格で入手できるうえ、長年の問屋との伝手で融通してもらった。武器屋なんて世間から忘れられたような時代遅れの仕事を父親から引き継いでから随分と年月が経ったが、人生ではじめてその恩恵を受けた気がする。


 それに、武器屋の息子として育って来た。魔法も運動も、勉強さえもさっぱりダメだった僕だが、武器の扱いに関してはそれなりに覚えがある。


 僕は漂流したと思われる浜辺には似つかわしくない大木の陰に隠れ、二丁の拳銃のハンマーを起こし、銃口を向ける。十二分に狙撃の範囲内だ。


 今にして思う。武術や軍略に長け、長剣を使用した短距離戦闘を得意とするスペードのジャックと、多くの武器や武具に関する知識を擁し、武器の扱いに長け、長距離戦や後方支援が得意な僕は、意外といいパーティーだったのではないだろうか。


 

 ◆◆



 長剣を持ち、エグレに駆けて来る仮面の者と、漂流物の木の陰に隠れこちらを窺っている二人の相反する戦闘行動を眺めながら思う。


 ひとりは長剣による直接戦闘か。そして、もうひとりは――魔法による後方支援か? それとも、武器による狙撃かしら? まあ、いずれにしても問題はないでしょう。


 それにしても、黒いフードに半面に付けた仮面――やはり、『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』だろう。そして、こいつは戦い慣れしている。一挙手一投足に無駄がない。洗礼された動きだ。


 長年の勘が警鐘を鳴らす。腰に差した短剣を取り出し構える。


 魔力を急いで胸部に集中させ、魔法の準備をする。侮っていた訳ではないが、正直、ここまでの手練れとは思っていなかった。予想以上の速さで距離を詰めて来る。高火力の魔法は準備が間に合わない。低火力の魔法で距離を取りながら、高火力の魔法を放つ準備をする必要がある。


 しかも、この場所はわたしに不利なフィールドといえる。浜辺は海風が強く、風魔法の調和性を阻害されかねない。しかも、今は向かい風だ。風魔法の威力が潮風によって阻害されてしまう。


 ああ、こういうところが甘いんだよな。


 そんな反省をする。幾度となく、自身の未熟さと浅はかが故に足元を掬われてきた。だが、今はそんな反省の弁を述べていても仕方がない。命の奪うか奪われるかの決死の決闘である。


 ――だが、しかし、サイキョウはどこにいるんだ?


 不安が過る。計画通り、指定された浜辺に連れてきたというのに、気配を一切、感じることができない。いないのではないかとさえ思う。わたしの能力でも感知することができないほど、高度な潜伏魔法を使用しているのか。それか、わたしが場所を間違えたか、もしくはサイキョウが間違えているのか。人けが少なくいつでも奇襲される可能性がある場所へ来てしまったが為に、なし崩し的に戦闘へと挑発を行ったが、失敗だったのではないだろうか。しかし、サイキョウが協力をしないと言っても、わたしは一人で戦うつもりであった。彼を頼ってばかりではいけない。それに、この十年間は彼なしで戦ってきたのだから。


 わたしは先制攻撃を放つ!


「――【疾風の一太刀ゲイル・スラッシュ】!!」


 短剣を振り、魔力を開放すると、斬撃のような風の刃が一直線に仮面の男を目掛けて放たれる。【疾風の一太刀ゲイル・スラッシュ】は魔力の消費量が少なく、魔法を集中する時間も短時間で済むが為に、短時間でも連発が可能な魔法である。しかし、その反面、殺傷能力が低く、魔法の範囲も狭い。その為、低レベルのモンスターが大量に出現した時か、戦闘経験の乏しい者、もしくは、今の様な時間稼ぎの時にしか使用用途がない。それでも、この一撃で倒せれば、なんて甘い期待を抱くが、仮面の男は斬撃を高々とジャンプして躱すと、全速力で距離を詰めて来る。


 再び魔力を込め、一太刀、二太刀と短剣を振るい、【疾風の一太刀ゲイル・スラッシュ】を放つ。しかし、一発目はひらりと躱され、二発目は斬撃により掻き消されてしまった。


 そして、距離は刃の届く所まで入り込まれる。仮面の男は、わたしの頭部を目掛けて長剣を振るう。


 ――ガッキーーーーーン! と、閑静な浜辺に金属がぶつかり合う音が響く。


 なんとか、短剣で受け止めるが、振るった剣の重さと威力が強く押し込まれそうになる。それだけで、いくつもの死線を潜り抜けてきた腕の立つ戦士であることがわかる。


 幾度となく強者と対峙してきたが、ここまでの強者は久方ぶりである。本当に五年以上は行き会ってないと思う。


 互いに剣を交え、なんとか形勢の拮抗は保たれていると思われた。剣での戦いは分が悪い。やはり、なんとか距離を取って魔法での決着にしないと。


 そう考えている時に爆発音が響く。


 高速ので近づいてくる何か――考えている余裕はなかった。本能と経験が危険だと判断して自然と頭部をのけ反らせていた。それでも、髪に何かが掠ったことは、髪から漂う焦げ臭さと火薬の匂いで分かった。そして、音の正体が爆発ではなく、発砲音であることも。


 狙撃での後方支援? しかし、仲間が近接戦闘を行っているというのに、仲間もろとも打ち抜く気? いや、それだけ腕に自信があるということだろうか。だが、銃ならば連続で発砲はできない。二の矢が飛んでこない間に、距離を――


 だが、慮外にもすぐに発砲音が響く。しかも、二度。


 わたしの知っている銃と違う。連続で撃てる銃があったの?


「【泥人形の城壁ゴーレム・ウォール】!」


 わたしは咄嗟に防御魔法である、土壁を発動させて銃撃を防ぐ。銃弾は防がれたと思われたが、仮面の男は平然と【泥人形の城壁ゴーレム・ウォール】を斬り破って突破してくる。そして、仮面の男は長剣を振りかざした。さらに、再び発砲音が響く。


 まずい! このままでは防戦一方だ。そして、魔力と体力がジリ貧となっていく事は目に見えている。先に狙撃手からやるか? わたしからの距離は30メートルくらいだろう。だが、それをこの仮面の男が許してはくれないだろう。そうなると、この男との決着をつけることが先決となる。まずは、多くの魔力を集中させないと。


 わたしはひらりと大きく後方にジャンプしながら、【疾風の一太刀ゲイル・スラッシュ】を放つ。そして、それは仮面の男へではなく、その手前の浜辺に向かって放った。


 上方から放たれた【疾風の一太刀ゲイル・スラッシュ】により、浜辺には土煙が立ち上がる。これで視界でわたしを捉えることは困難となる。この瞬間に大きな魔力を集中させ、高火力魔法の準備を行う。


 三秒――それは、多くの者にとって一瞬にも思える様ななんてことはない時間であるが、決死の戦闘を行っている者には途方もなく長い時間に思える。


 そして、極限集中をしているエグレが高火力に準備を要する時間でもあり、周囲を立ち込めていた砂煙が晴れる時間でもあった。


 舞い上がった粉塵の中で確かに一つの影を捉える。


「【野分きの弾道弾ミーティアライト・オブ・タイフーン】」


 エグレはこの好機を逃さなかった。短剣から放たれた空気砲は、ミサイルの様に仮面の男を目掛けて飛翔していき着弾点で爆発を起こす。けたたましい爆発音と共に、ドーム状をした爆炎が上がる。


 【野分きの弾道弾ミーティアライト・オブ・タイフーン】はエグレの扱える魔法の中で、上位の威力を発揮する反面、攻撃範囲が狭いことと、発動範囲に爆発や飛散、騒音の問題が発生する為、仲間がいる時は扱い難い点が上げられる。そして、魔力の消費量が悪い為、コスパの悪い魔法であるが、ここでならその様な問題がないうえに、爆発の影響で周囲に立ち込める粉塵により、視界を遮られる銃の男から狙われる可能性が乏しい。攻撃をしながら防御もできる、一石二鳥の魔法である。


 そして、【野分きの弾道弾ミーティアライト・オブ・タイフーン】は確実に仮面の男へ命中したと思われる。


 先ほどよりも大きな土煙と共に爆風が浜辺に吹き荒れる。勝敗は決したかに思われた。


 が、土煙の中から一人の男が疾風の如くエグレに襲いかかる。


 ――マジ!? あの攻撃で動けるとは!!


 そんな戸惑いの思いとは裏腹に、仮面の男は躊躇ちゅうちょなくわたしを目掛けて斬り掛かって来る。幸運は依然として土煙が舞い上がり、わたしたちの姿を視認できないのか、もうひとりからの狙撃がないことだが、それも時間の問題だろう。


 エグレは思う。


 これは、生け捕りは無理かもしれないな。


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