第30話 交差する思惑と囮りいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

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 ――陽が沈み周囲を暮色が包み込む。今日の終わりを告げる様に闇夜が視界を遮るが、それでも不自由ないほどの光量が星空から注ぎ込まれる。だが、周囲の輪郭がぼんやりとぼやけ、物や人をはっきりと視認することができない。


 この時間帯から僕たちの仕事は始まる。エルフを拉致する方法は極めてシンプルな作戦である。


 路地裏で身を隠して、夜道をエルフが通るのを待つ。通り掛かったエルフの後を追い、そして、人けがないところで――殺す。そのまま、アジトへと死体を運び、彼女が純潔かを調べる。それも極めて簡単な方法である。膜があるか否かである。だが、エルフは純潔と純血を守る種族として知られており、特に同族以外と交わらないことで有名である。そして、かの戦争で男が不足していることも周知の事実である。その為か、ここまで襲撃したすべてのエルフは純潔であった。もしかしたら、帝国にいるエルフは全員が純潔なのかもしれない。そんな妄想さえも抱く。


 だが、不要な殺生がないことは喜ぶべきことだろう。なんて、身勝手な感想を抱く。


 さっさと仕事を完了してこの都市からおさらばしたいと思っていたが、ここ数日間はパタリとエルフを見掛けなくなった。それは夜間だけでなく、昼間であっても同様であり、見掛ける回数が減ったのではなく、狐に騙されており、この都市には最初からエルフなんていなかったと思うほど、如実にエルフを目撃することがなくなった。スペードのジャックは、「エルフが警戒して出歩かなくなった」と言っている。僕もその考えには賛同する。そして、どうにかして対策を見つけ出さないといけない。我々は誘拐犯であり、殺人犯でもある。長期間、同じ場所に滞在すれば、それだけで捜査機関の魔の手は僕たちのところまで迫って来るだろう。

それに、夜間の警備が強化されるのも時間の問題であろう。そうなれば、僕たちの仕事はますます困難となる。


 ――僕は焦っていた。


 このままでは拙い。いずれ、僕たちの蛮行は軍人や保安官に見つかり、お縄になるのではないだろうか。その前に何か手はないのだろうか。


 しかし、今日も変わらずに裏路地に身を隠してエルフが通るのを待つ。


「――なあ、今のままでいいのだろうか?」


 僕は隣でしゃがみながら暮色に同化しているスペードのジャックの問う。


「今のままでは、エルフを十人殺すよりも先にご自身が捕まると思っているのですか?」


 本当に察しがいい。どうして、こうも僕の考えていることを見透かしたように断言することができるのだろうか? いや、僕が思い付くのだから、優秀な彼なら、とっくの前からその可能性を考慮し始めているのではないだろうか?


 しかし、いずれにしても、本当に僕のことをなんでも知っているのではと畏怖の念を抱くが、それと共に話が簡潔に済むため快適でもあった。


「ああ、その通りだよ。エルフにも警戒されて夜間に出歩く者どころか、昼間だって誰もいないじゃないか。このままではヤバいんじゃないか」


「まあ、そうですね。今日もボウズだったら少し今後の方針を考えましょう。ただ、いつまでの外出をしないなんて生活が続くとも思えないので、辛抱強く待てばいずれはいつかはとも思いますが、いずれにしても、王国に使者を送って幹部の指示を仰ぎましょう。それに、二人ではやはり人手不足は否めません。継続するにしても応援を要請する必要がありますね」


 まあ、僕もそれ以外の代案を持ち合わせていないし、無難な判断だろう。


 再び視線を夜道へ戻す。ここは、二人のエルフを見つけ出した場所であり、毎晩を身を潜めて偵察してるホットスポットでもあった。


 しかし、こんなことになるのならば、すぐに仕留めるのではなく、第三都市スーアンコにあるとされている集落まで尾行すればよかったと今になって思う。


 いや、今からでも遅くはないだろう。


「なあ、次なんだけど――」


 僕がそう提案をしようとした時、スペードのジャックは手を挙げて僕の発言を制止する。


「――シッ! 誰か来る!」


 スペードのジャックは声を潜めながらも語気を強めて言う。


 僕はその言葉に思わず両手で口を塞ぎ、呼吸音さえも漏れ出ないようにしながら、夜道を凝視する。


 スペードのジャックは声を潜めたまま驚嘆した様に呟く。


「――え、エルフだ」


 その声には、驚きや嬉しさ、そして、悲哀など様々な感情が混ざり合っていた気がする。


 僕もその言葉に視線を凝らす。金髪の髪が靡く綺麗な女性の耳は、確かに人間とは大きく異なる鋭くて長いものだった。


 ――エルフだ。これから殺す獲物を見つけ出しただけで、どうしてここまで嬉しいのだろうか?


 スペードのジャックは状態を低くして足音を消しながら走り出した。僕もその背中を追う。



 ◆◆



 ――見慣れない街で、ひとり夜道を歩く。


 別に怖くはないし、不安もない。あるのは怒りの感情だけだ。


 さて、わたしはなにに怒ているのだろうか? 同族のエルフを傷つけている者がいることに対して? 身勝手に他者の命を弄ぶ者に対して? ただ、逃げ隠れるだけで戦おうとしない帝国のエルフに対して? それとも、この不条理な世の中に対してだろうか?


 思えば、わたしは随分と前から怒ってばかりの人生だった気がする。理不尽な魔族との戦争に憤慨し、エルフに対する迫害や偏見と戦い、集落内の統率とカルチャーショックに静かに憤っていた。そして、エルフに対して新たな脅威が出てきた事に対して、再び悲憤慷慨している。


 だが、気持ちを落ち着けなければならない。後ろから二人の男の足音が近からずも遠からずの距離を保ちながらヒタヒタと付いて来たいる。足音だけでその正体は依然として分からない。


 足音は随分と前から聞こえていた。一人は素人同然だが、もう一人は、尾行に慣れている。厄介な手練れだな。


 今はまだ、ぽつぽつと人通りがある。人けのない場所で襲いかかって来るのだろう。そして、計画通りこのまま行けば人けが少ない浜辺へと出る。そこで、対峙することとなる。


 だが、問題はわたしが囮だとバレる可能性だが――サイキョウが言うには、エルフ十人ほどの血が必要とのことであった。つまり、依然として奴らの目的は半分も満たせていない。そして、まったくエルフが姿を現さない状況にきっと焦っているはずだ。わたしが囮の可能性を考慮しながらも、この機会を逃さないと躍起になろうだろう。


 対人戦は久方ぶりだ。殺してはいけない。あくまでも目的は捕獲のうえ、情報収集を行う。

 

 狂いそうなほどの殺気はどうやっても使う場所がないだろう。



 ◆◆



 最近……という訳ではないが、ラーメン屋で無化調という言葉を目にする事がある。簡単に言えば、化学調味料が入っていない事が強みであると。


 さて、読者諸君はその単語に胸が躍り、食欲が増す事があるだろうか。俺ははっきりと断言する。そんな企業努力は必要ない――と。ラーメンには別に化学調味料が入っていて構わない。いいじゃないか! 化学調味料が入っていて! 化学調味料万歳!! 味の素さんありがとうございます!!


 俺は声を大にして言いたい! 美味しければ、身体に悪くてもいいじゃないか……と。ラーメンとは糖質と脂質と塩分の塊のような食べ物である。喫食者だってラーメンを食べる時に、少なからずの身体に悪い物を食べるのだ、という覚悟を抱いて望んでいる。少なくともラーメンに求めているのは栄養価や健康ではなく、脳が揺れるほどのうまさであろう。そして、無化調とはその覚悟を踏み滲む言葉ではないだろうか? いや、これは少々言い過ぎというものだろう。無化調で創意工夫しているラーメン屋さんも素晴らしい。なので、前言を撤回させいて頂きたい。まあ、俺は行かないけど。


 しかし、俺は確信している事がある。美味しいと思う料理には複数の要因が複雑に絡み合って創造された感動体験である。


 例えば、最高の素材を使用したり。

 例えば、最高の料理人が腕を振るったり。

 例えば、お洒落で落ち着いた雰囲気を提供したり。

 例えば、食べ慣れたいつもの味が安心感と懐かしさを抱かせたり。


 本当に美味しいという感動には多種多様な顔がある。多種多様な素材と技術と外的要因と隠し味スパイスがある。


 だが、その要因の隠し味スパイスの一種には、絶対に【罪悪感】という、とてつもない香辛料があるだろう。


 そうでなければ、深夜に食べるカップラーメンがあんなに美味しい訳がないのだから――


 夜食はいつだって美味しい。どこでだって美味しい。誰もいない浜辺でひとり、海を眺めながら波の音に耳を傾け、パンを齧る。そして、スープで流し込む。ロスコッキング伯爵に頼み、ランフェルが持って来てくれた夜食だが、俺の普段の食生活では考えられないほど美味である。


 ――うまい。うますぎる。


 王国では小麦が不足しているが為に、雑穀が混ざったパンしか食べることができないが、帝国では違うのだろうか? いや、ロスコッキング伯爵が階級社会で第四位の爵位であるパワー家であるが為であろうか? しかし、こんなにもふわふわのパンは久しく食していない。この世界の食事に期待を抱いたことがないが、食文化も発展を見せているということだろう。そして、スープも絶品である。保温性のある容器ではない為、明らかに冷めてはいるが、肉や香味野菜、スパイスなど複雑な味が見事に絡み合い調和を見せたブイヨンスープが身体を温める。


 これは、今日のパワー家での晩餐を断ったのは失敗だった。


 心底、後悔する。そして、明日こそはと期待を抱く。


 しかし、誰もいない浜辺という点でシチュエーションとして完璧なのに、どうしてこうもテンションが上がらないのだろう。答えは簡単だ。暗い。暗すぎる。そして、夜の海は真っ暗なうえ、吸い込まれそうで不気味でもある。ここで俺を照らすのは半月をした月光だけである。


 夜食を頬張りながら、浜辺でひとり待つ。エグレが囮となって、非道な行いをする『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』を連れてくることを―― 


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