第29話 幹部は会合をすっるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう

◆◆


 

 ――王国内某所 

 七名の男女が円座して話し合っていた。


 この組織の創設者であり、絶対的君主――愚者。

 組織の実質ナンバー2であり、司令塔――エキストラ。

 情報収集に関する責任者――ジェスター。

 復活魔法に膨大な知識を有し、すべての計画の立案者――ダイアルカナ。


 この四名こそが『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』の創設メンバーであり、絶対的な権力を有する四人の首領である。


 そして、今日こそが四人が一堂に会する、非定期で開催される『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』の大幹部秘密会合である。また、彼ら以外にこの場に出席できる者は、この計画の全貌を把握しているダイヤのAエース、ハートのスリー、スペードのフォー三名の幹部だけであった。


 秘密会合は着々と進み、現在、ダイヤのAエースが進行状況に関する報告を行っている。


「――議事録を読ませて頂いたが、なかなか順調なようで」


 そう言うのはエキストラだ。歳は三十ほどだが、年齢に対して顔を若々しく十代後半と言われても疑わないだろう。そして、誰もが認める絶世の美少年であり、多くの者が彼の顔と名を知っている。かつて、戦火の時代に最年少で防衛省の副参謀指揮官まで上り詰めたエリートである。さらに、その整った顔から絶大な人気を集めていた。だが、彼がどうして防衛省を去り、ここまで没落したのか、どうして魔王復活を企てているのかは、絶対君主である愚者しか知らない――そして、この会合で唯一素顔を明かしている人物でもあった。


「はい、仰せのままに幹部を筆頭に各支部の 組織も順調に会員が増えております。このままいけば、魔王様の復活の日も近いかと」


「プシュー、次のステージに移行した様だな」


 と、嬉し気に言うのはジェスターである。顔を真っ黒なマスクで覆っており、目元だけレンズで露見させている。だが、それ以上に特徴的なのは口元に付いた呼吸缶キャニスターであろう。呼吸経路として必要不可欠なのだろうが、その影響で話し出す前に必ずプシューと空気が漏れ出る音が発せられる。


「はい、現在、スペードのⅪとダイヤのⅢを帝国にあるエルフの集落で


「ほう、王国は避けたのですか?」


 絶世の美女の容姿をした彼女は、声と外見から察するに女性と思われる。魔王復活に関するすべての計画を考えており、復活魔法に関する黒魔術に関して彼女以上に知識を有すると思われない。そして、ダイアルカナの外見が魔法によるフェイクマスクであることを知っているのは愚者だけだろう。


「はい、あの地は英雄の仲間であったエグレが支配しておりますので、現時点で対峙することは得策ではないと考えました」


「ケケケケケケ、それについてですが、わたしめがいい情報と悪い情報を持ってきました。」


 ダイヤのAエースの報告の最中であるにも関わらず、奇妙な高笑いを上げながら、横から口を挟んだのはハートのスリーである。


「いい情報と悪い情報?」


 ダイアルカナが首を傾げながら問う。


「はい! どちらからお話ししましょうか?」


「別にどちらでもよい。我々は多忙の身だ。そんな遊びは不要なのだから、さっさと報告しろ」


 エキストラはハートのスリーの楽しんでいる様な口調に不快感を抱き、思わず強い口調で叱責する。


 ハートのスリーはそんなことは意に介さず、再び高笑いを上げて、飄々と話を続ける。


「ケケケケケ、はい、承知いたしました。では、まずは素晴らしい情報から。現在、王国にエグレはおりません。今、王国にあるエルフの集落を襲撃する好機かと」


「プシュー、ほう。さすがは――いや、で、悪いニュースは?」


「エグレは現在、帝国にあるエルフの集落に向かっているそうです」


「と、いうことは?」


 ダイアルカナは結論を求める。


「間違いなく、スペードのジャックとダイヤのスルーはエグレと対峙することとなります」


「それは拙いな。帝国での計画は中止にできないのか?」


 エキストラは焦燥した声で問う。


「すでに、賽は投げられました」


 ダイヤのAエースが諫める様に、諦めた様に答える。


「では、彼らの無事を祈るしかないな。ダイヤのⅢは別にどうなってもいいが、スペードのⅪを失うのは当会にとって相当な痛手になるな」


 その冷静で淡々とした口調に、エキストラも悟ったのか覚悟を決めた。仲間を失う覚悟を――


「プシュー、彼ほどの手練れであれば、互角で対峙することも可能ではないでしょうか? なんなら、勝たなくても逃げ延びるくらいはできるだろう」


「では、王国内のエルフの集落への襲撃について、これから作戦を練ろうではないか」


「多くの血を見ることになりますな――ケケケケケ」


 ハートのスリーは嬉しそうに笑みを浮かべながら、気味悪く高笑い声を上げる。


 ――この組織の絶対的な権力を有する愚者は、言葉を一切発さず、そんな彼らを俯瞰するように見ていた。



 ◆◆



 ロスコッキング伯爵が王国大使館へエルフの集落の危機を伝えに、ランフェルは俺が要望した昼食と軽食を用意しにこの場所から出て行き、長老の家には家主のロンソンとエグレ、そして、俺の三人となった。


 時刻は恐らくおやつの時間くらいであろう。夜になれば、計画を実行するために仕事をする必要がある。だが、陽が落ちるまでにはまだまだ時間を要する。俺たちは急激に手持ち無沙汰となった。


 巨乳美女二人と室内で密室。現状はやることがない為、暇を持て余している。さて、じゃあ、なにをするかは想像に難くないだろう。金はないが時間だけは腐るほどあった学生時代――俺は只々、交際していた女性との性行為に明け暮れていた。それはもう、若さと暇に任せて、朝から晩まで酷いほど、狂ったほど。いや、あの頃の俺はどこか狂っていたのだろう。そして、永遠に思っていたモラトリアムを終えて、社会のレールに乗った。社会人となったはず………だ……その後、あれ? その後、俺はなにをしていたんだっけ? まあ、そんなことはどうでもいい。そんな経験がそれなりにある俺だが、それでも、経験したことがないこともある。例えば複数での行為だ。今はその好機ではないだろうか? 美女の巨乳と……そんな男が一度は致してみたい夢のような状況が今、目の前にある。はずなのだが、一向にそんな雰囲気にはならない。どうしてだ? まだ、陽が出ているからか? なんて、ふしだらな妄想をするが、虚しいだけだ。まったくモテないおじさんは、金銭を支払って夜の町でしか相手にしてくれない。ああ、無常――。


 とは言っても、呑気にダラダラとできるのは俺だけだ。エグレは王国の集落が心配な様子であり、焦燥したように室内をウロウロとしている。ロンソンは自分たちの為にエグレが帝国へ来たが為に、王国の状況が不安な状況になったことへ対して負い目を感じているのか、申し訳なさそうに縮こまっている。


 ――気まずい、いやはや、気まじいいいいいいいいいいいいい。


 意味もなく室内を見渡す。生活に必要な最低限なものしかない簡素な部屋。昨今ではミニマリストが流行っているが、そういった生活様式を好んでいるのではなく、単に娯楽品を買うだけの金銭的余裕がないのだろうと思われる。恐らくは、この集落で最も権威のある長老がこの様な生活なのだから、他の者がどれほどの生活水準で暮らしているのだろうか。そもそも、エルフが人間社会でどのようにお金を稼いでいるのだろうか? 


「なあ、この集落のエルフたちってどうやって生計を立てているんだ?」


 俺はロンソンに問う。


「わたしたちは昔から森で生活をしている恩恵もあって、木の加工技術には長けているんです。だから、木材を加工して食器や家具、雑貨を売っています」


「それなのに、住宅はどうしてこんなに不出来なんだ? ロスコッキング伯爵が言っていたように男共がいないからか?」


「え、ええ、それもありますが、もともと、大木を刳り抜いて家は造るので、骨組みから建築する技術も知識もないんです」


 ――大木を刳り抜く? いまいちピンとはきていないが、洞窟のように、木に穴を開けて住みやすいように加工して暮らしていたのだろうか?


 そんなことを考えていると、今度はエグレから質問が飛ぶ。


「それだけ?」


「それだけといいますと?」


「木の加工品を売っているだけなの?」


「あ、はい。この集落ではそれしか収入源はないです」


「……それだけで生活はしていけるの?」


「もちろん、厳しいですが、寝る場所と食べる物には今のところは困っていません」


「そう、やはりひもじい思いをしているのね。ねえ、例えば……身体を売ろうとか考えたことはないの?」


「身体ですか? それは、純潔を守るエルフとして……」


「別に王国に移住したら、身体を売ることを強要するとかではないけど、貧しい思いは今と変わらずにすると思う。そして、一部のエルフは自身の身体を売っているし、わたしもそれは黙認している。もちろん、安売りはしないけどね。でも、その考えが間違っているのではないかとも思っているの」


「わたしも考えたことがあります。いや……多分、もっと酷いことを」


 ロンソンは俯きながらそう言うと、一度だけ腹部を撫でる。


「どこかお店があるの? この外出が規制されている中でどうやって営業を続けているの?」


 俺は問う。自分たちの作った物を売っているのなら店もやっているのではないだろうか? それならば、今の様に行動を自粛していれば、販売店は営業ができない。それだけで、ただでさえ厳しいと思われる経済状況が悪化する。悪化どころか、問題が解決するまで無収入であろう。


「いえ、店もありません。仕入れた木材を加工して、それを商会に卸しています」


 つまりは、二次産業しかやっていないということか。その善悪は分からない。だが、これだけの大所帯で加工業しかやっていないのは勝手ながら勿体なく思う。林業や原材料を調達することは難しいかもしれない。しかし――


「三次産業をやらないのはどうして?」


「三次産業といいますと?」


「自分たちのお店を、エルフが直接、自分たちで作った物を売らないのはどうしてなの?」


「ああ、そういうことですか。はい、権利がないんです」


「権利? 売る権利ってこと?」


「はい。そうですが……そんなに驚かれることなのでしょうか?」


 ロンソンはそう言いながら首を傾げる。確かに、俺は常識がない。この世界に関する社会構造を理解していない。一般教養を有していない。だが、作った物を売ることもできないのは、些か不自然ではないだろうか? そして、そのことに対して何も疑念や不満を抱いていないことも奇妙である。


「王国の数年前までエルフに販売権はなかったわ。別に、依然として差別意識が根強い帝国なら不思議な話でもないでしょ。それに、階級社会だから、そういう利権はすべて貴族が美味しい思いをできるように社会の仕組みができているのよ」


 なるほど。国政を務める貴族たちが美味しい思いをしているのだから、この国の階級社会が依然として健在な理由がよく分かる。だが、俺にできることはない。エグレもなにもできないだろう。ロスコッキング伯爵の様な優秀な人材ならと勝手に期待を抱く。


 ――さて、はて、しばし夜を待たれよ。



 

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