第28話 エルフはいつだってピンチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ

 ◆◆



 エグレを一瞥する。表情はいつもと然して変わっていない。しかし、俺には分かる。その目には、烈火の様に燃え上がる怒りの感情が漏れ出ていることを――


「どうする?」


 なんて愚問を投げ掛ける。本当に愚問だ。


「当然、わたしは協力する。エルフの存続と平穏を守るために。でも、あなたは別にエルフとも無関係なのだし、今回の依頼とも無関係だから別に協力する必要はないわ」


「依頼とは無関係? 面白いことを言うね。俺の依頼は君を守ることだ。君が誘拐犯なんて未知数の敵と対峙するというのに、誰が身を護るというのだね」


「そう、じゃあ、追加報酬は別にないから」


 エグレはそう言って意地悪く笑った。それならば、少しでもごねて交渉するべきだったと今になって後悔する。


「お二方、ご協力に感謝申し上げます」


 ロスコッキングが俺たちの返答に対して、もう一度、深々と頭を下げる。


「「ありがとうございます」」


 ロウソンとランフェルも声を揃えて感謝の言葉を発する。久々に誰かに求められ、感謝された気がする。被害者が出ているし、依然として緊迫した状況に関わらず、不謹慎ながら気分はよかった。


 さて、協力するとなれば、まずは情報収集である。事件について詳しく知る必要があるだろう。なんてことを考えている俺は、警察かぶれのようではないか。


 気分は刑事である。そういえば、お祖母ちゃんが昼に再放送されている刑事ドラマが好きだったなと、懐かしく寂しい記憶が蘇る。日本中のお祖母ちゃんはあの時間帯に再放送のドラマを見ているのではないだろうか? そんな勝手な妄想を抱く。


 でも、然して興味のない俺でも、一度見始めたら犯人が気になって夢中になって最後まで見ちゃうんだよな。しかも、一話完結だからシリーズも何話かも関係なく見ることができるから、忙しい現在人の隙間時間に丁度いいのだろうな。そして、毎回見終えた後に颯爽と事件を解決する刑事に憧れる。俺も『特命係』で署内の問題児と相棒となって、『ジーパンデカ事』とみんなから呼ばれ、「レインボーブリッジ閉鎖できませええええん」と、無線機に向かって叫びたい!! ついでに、最後は事件解決をして、決め台詞――「わたし、失敗しないので」も言いたい!! あれ? これは刑事ドラマではなかったけ? まあ、いいや。そして、最終的にお笑いの大会で誇張し過ぎたモノマネとして披露されたい。ハンマーカンマ―! ハンマーーー!! カンマ―ーー!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


 うん、違うね。どうやら、どこからかテンションを間違えた。まあ、明白にどこで間違えたかは分かっているのだが。そして、俺のことは誰も『ジーパンデカ事』とは呼ばないだろう。なぜならジーパンを履いていないから。だったら、なんて言われるのがいいだろうか。外的特徴は別にない。他の特徴は……無職? ニート? 引きこもり? 語呂的にはニート刑事だろうか? うん、そうは呼ばれたくないが……。


 だが、今は俺が刑事になった時の呼び名なんてどうでもいい。心底、どうでもいい。まずは、ロウソンに問う。極めて冷静で紳士的に……決してハンマーカンマ―なんて言わない。急に大きな声は出さない。


「事件発生の状況をもう少し詳しく知りたいのだが、事件の発生日と時刻を教えてもらえますか?」


「あ、はい。誘拐された三人は夜間にひとりで外出した時に攫われたと思われます。帰宅しないことを心配したご家族や同僚から保安官に相談して、事件が発覚しました。最初に被害に遭ったのは五日前で、四日前、二日前と短期間に連続して発生しています。」 


「被害者がエルフに関わらず、帝国内で類似した事件は?」


帝国内の情勢に詳しいと思われる 伯爵に問う。


「いや、特に国内で連続誘拐犯の事件は発生していないですね」


「過去に同様の事例は?」


「なくはないですね。ただ、ここまで同じ種族が短期間で連続してとなると心当たりは……それに、犯行がかなり手練れというか、目撃証言以外に証拠が一つもないので、組織か軍による犯行だと思うのですが」


 なるほど。組織犯罪か。おもしろい推理だ。なかなか、優秀な刑事になれるだろう。探偵でもいい。ついでに、俺の相棒にしてやってもいい。


「過去にエルフが誘拐の対象として狙われたことは?」


「単発的な誘拐はあります。ただ、犯人のほとんどが凌辱的な行為が目的であり、すぐに被害者は解放されるか、……発見はされるので……」


 なるほど。されるのか――


「今までとは異なり、被害者が依然として発見されていない点からも、犯行の動機は分からないということだな。では、犯行に心当たりは? 例えば、拉致された者の共通点や仕事場、思想、宗教、過去の行動歴なんかは?」


「いえ、若い女性しか……ない気がします」


 ロンソンは自信なさ気に言う。


「犯人に心当たりは?」


「……いえ、まったく」


 ロンソンはこれまた、不安気で申し訳なさそうに顔を俯かせて答える。


 俺はロスコッキング伯爵とランフェルへ視線を送る。


「現時点では何とも。奴隷商から愉快犯、差別主義者まですべての可能性があります。ただ、エルフは奴隷商で人気があると聞いたことがありますが、帝国では現在、奴隷制度は禁止しており犯した者には重い罰がありますので、下火だと聞いているのですので、若干可能性は減るかと」


「申し訳ありませんが、わたしにはまったく見当が付きません」


 と、ふたりは答える。


 ここまで、動機も犯人像も容疑者もいない。解決は暗礁に乗り上げる。ニート刑事は早くも窮地に陥る。さすがに、無能過ぎでは……取り敢えず、刑事の素質や捜査能力が自身に備わっていないことは理解した。しかし、どうやれば、犯人の特定ができるのだろうか?


「――あの、少々いいでしょうか?」


 と、ランフェルが小さく手を挙げて発言を求める。


「どうした? ランフェル刑事デカ?」 


 俺は刑事に成り切っていた心の声が漏れ、語尾に余計なものを付けた。


「……デカ?」


 当然ながら、ランフェルはその違和感を不思議そうに反芻する。


「いや、気にしないでくれ。それで、なにか知っていることがあるのか?」


「実は目撃者が二人の男は黒いフードを被っていたと言っており――」


「黒いフード? まさか……」


 ロスコッキング伯爵はランフェルが何を知っているのか気が付いた様である。だが、無能なニート刑事は依然としてそのヒントだけでは分からない。


「はい! あくまでも可能性ですが……『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』と一致します。ただ、彼らがエルフを狙う理由が分かりません……」


「『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』って確か、魔王の復活を目論んでいる組織だよな」


「え、ええ、でも、それはないんじゃない? どうして『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』がエルフを狙うの。動機が分からない」


 確かにエルフを狙う理由が――脳裏に嫌な予感が過る。誰も知らなくても無理はない。俺が引きこもっていた時に暇に任せてこの世界の多くの本を濫読した。その中には黒魔術に関する本もあった。そして、高魔族を復活させる黒魔術には純潔のエルフの純血が必要であるとあった。


「――そういうことか」


 俺は呟く。


「どういうこと?」


「ここだけでなく、王国のエルフも危ないかもしれない」


「どうしてですか?」


「魔王の復活にはエルフの純血が必要なんだ。それで、エルフを拉致しているなら納得がいく」


 場が凍り付く。


「わ、わたしはすぐに、王国の大使館にこのことを伝えてきます」


「待って下さい! 先に今後について話し合いましょう。この場所の領主であるロスコッキング伯爵の力は必要不可欠ですから」


「今後といっても、なにをどうすれば?」


「早急に『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』と思われる誘拐犯と接触して身柄を確保する必要があります」


「でも、どうやって?」


「……それを考えよう」


 

 ふと思う。


 若いエルフが夜間に出歩けば、犯人とは接触することができるのか……。


 そんな事を思い付いた時に、エグレはニヤリと笑いながら、俺に視線を送りながら口を開いた。


「なにを考えているか当てようか?」


 その問いは、当然ながら俺に対してだろう。


「まあ、


「わたしを囮にしようと考えているのでしょ?」


「考えていないと言えば嘘になる。だが、俺は君を護衛する身だ。当然ながら、俺からそれを提案することはできないし、強要することもできない」


「わたしがその策を提案したら?」


「もちろん賛同するよ。最も簡単で合理的だからね」


「――ちょ、ちょっと待って下さい」


 と、待ったを掛けたのは、ロスコッキング伯爵であった。


「なにか?」


「確かに協力をお願いしましたが、エグレ様を囮にするなんて、身の危険を考慮すれば、それに、万が一のことがあれば、ここにいるエルフたちは……」


 ロスコッキング伯爵は心配そうな声で不安を漏らす。


 だが、彼の憂慮は不要と言えるだろう。


「大丈夫だよ。彼女は強い。そして、俺も――」


「ええ、わたしたちは誘拐犯や『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』なんかよりも、ずっと強大な相手と対峙して来ているのだから」


 そう言うエグレは優しく微笑んでいた。その顔には自信が漲っている。


 ここまで力強く断言されると、それ以上の反論の余地はないだろう。反対しても無駄だと思ったのかもしれない。


「そこまで、英雄のお仲間であったエグレ様とその護衛をされている方が言うのであれば……しかし、くれぐれも無理だけはしないで下さい。それと、王国のエルフを護る件はわたしの方から王国へ伝えておきます」


「ロスコッキング伯爵、申し訳ないが今日の晩餐はキャンセルさせてくれ。それと、空腹だから昼食と、夜に備えて軽食を持ってきて欲しいのだが」


 そんな我が儘を言う。贅沢かもしれない。少なくとも、冒険者の立場で軽々しくお願いしてもいい内容ではないだろう。


 だが、ロスコッキング伯爵は顔色ひとつ変えることなく、微笑を浮かべたまま口を開く。


「それはもちろん。ランフェルお願いできますか?」


「はい、承知いたしました。至急、用意いたします」


 なんとまあ、エグレの側近というだけで至れり尽くせりである。



 ◆◆ 



 いつもの様に夜間に備えて第三都市スーアンコ内の散策を行い。エルフの集落があると聞いていたが、依然としてその場所を突き止めることはできていなかった。その為、夜道をひとりで歩くエルフを攫っていたが、ここ数日間はばったりとエルフを見掛けなくなった。それは、夜間だけでなく今の様な昼時であってもだ。それはそうだろう。短期間でエルフだけを誘拐する事件が頻発しているのだから、彼女たちが警戒するのも無理はない。


 それでも、エルフと彼女たちが住まう集落を探す。だが、いつまでも見つけ出せないことへの退屈と疲労で、次第と集中力はなくなり、茫然と考えごとに耽る。


 本当に魔王を復活させてもいいのだろうか? 少なくとも再び魔族との間に対立が生じて、かつての時代のように大戦争へと発展する。そして、多くの人間が死ぬだろう。その元凶を再び蘇らせる一端を担っている。その覚悟は依然としてあるのか? それだけのことをする資格があるのか? 


 そんな自問自答は何回もしてきた。だが、いつだって答えは現状の脱却をしたいという逃避願望が抑圧する。逃げたい訳ではない。今の状況を変えたいのだ。そして、守りたいのだ。代々から引き継いできた家業を。多くの者が自分に付き従ってくれている従業員を。家族を。そして、自分自身を――


 ――だが、この数日間で僕がやった蛮行の記憶は、明瞭に脳裏には焼き付いている。彼女たちが苦しみ藻掻く顔が、噴き出した鮮明で色鮮やかな赤色の血が、獣の鳴き声の様な断末魔が――消えて欲しいと願うのに、まったく記憶から消えようとしてくれない。固まった血の様にべっとりの記憶にこびり付いている。


「貴方も面倒な御方だ。考えただけ無駄ですよ。答えは出ないのですから」


 僕が罪悪感を抱き、自己嫌悪をしている時に隣に座る男が声を掛ける。スペードのジャックだ。彼とは今回の依頼を共に行う仲間であるが、依然としてその素顔を見たことがない。黒いフードに顔を隠していると共に、その下には舞踏会に出る時のような真っ白な半面で目元を隠している。


 本来であれば、仕事のパートナーとして素性を明かして欲しいところだが、そんなことは気にならないほど、スペードのジャックは万事手回しがよく、動きも俊敏なうえに僕とは違い戸惑いがない。いうならば、僕は誘拐の素人であるならば、彼はプロフェッショナルといったところだ。


「別になにも言ってないだろ」


「本当は間違ったことをしているのではないかと、自問自答しているんでしょ」


「そ、そんなことはない」


 そう言って強がってみるが、スペードのジャックの言う通り、僕は心底、心労しており、


「エルフを三人も殺して、罪悪感で押し潰されそうなんではないでしょうか?」


 これまた、見透かしたように言う。ここまで、僕の心中を言い当てるのならば、無駄な抵抗も強がりも意味がないと察して、僕も心中を打ち明けることにした。


「……まあ、その気持ちがないと言ったら嘘にはなる」


「貴方は戦場に出れば真っ先に命を落とすタイプですね。本当に組織として上からも命令に盲目的に遂行できないのは、商人として、いや、経営者としての性分かもしれませんね」


「あんたは商人じゃないのかよ?」


「おっと、組織内では個人の詮索は禁止されていますよ」


「あ! 汚ねえぞ! 経営者ってカマかけたな」


「まあ、別に白状しなくても、貴方が商人なことくらいは、話し方や動きを見れば分かりますよ」


「へえ、そういうもんかい」


「ええ、素人丸出しですから。本当にお荷物ですよ」


 スペードのジャックは皮肉った言い方で僕を嘲笑する。


 だが、その言葉は事実であろう。この仕事中にパニクって慌てふためく様を幾度となく披露している。スペードのジャックがいなければ、仕事は大失敗に終わっていたことは容易に想像ができる。


「けぇ! 悪かったな。て、ことはあんたは軍人さんかい。いいのか? 軍人が魔王様の復活なんかに加担して?」


「わたしが軍人であるかは置いといて、人としてダメでしょうね。だって、人類や全国民に敵対する行為ですから」


 スペードのジャックは笑いながら答える。


 確かに、僕たちがやっていることは、人類を滅亡させかねない愚行であろう。しかし、それでも魔王を復活させない理由が僕にはある。そして、きっと隣で笑う彼にもあるのだろう。


「そこまでして、あんたが魔王を復活させたい理由は?」


「……そうですね、ある御方の悲願だからでしょうか?」


 ――ある御方? 悲願?


 この組織は目的は同じだが、それそれが異なった思惑のうえで成り立っている、脆く、利己的で身勝手な関係なのだろう。つまりは一枚岩とは言い難い様な、いつ空中分解してもおかしくない様な危うい状態を維持し続けている。


 そして、この組織には幹部である僕でも知り得ないことが多数ある。内部にいる僕でさえも、本当に多くの謎に包まれた組織だと思っている。だが、その一端をスペードのジャックは知っている気がした。

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