第27話 エルフは困っているうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう

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 五分ほど歩いた時に細道を抜け、大きく開けた広場の様な場所が現れた。そして、そこはエルフに集落であった。だが、俺の予想とは大きくかけ離れた光景でもあった。恐らくはエグレも同じ心象を抱いているだろう。


 元来、エルフとは森に生きる者であり、特に木での生活を好む。その為か、帝国では珍しい木造建築の住居が建ち並んでいる。しかし、エルフに建築技術が乏しいのか、どれも張りぼての様に不出来で不格好な住宅ばかりである。それに、潮風を浴びた外壁は茶色く変色をしていることから、この場所に長く定住していることが窺える。そして、長い時間、建て替えられていない事も。


 それは、日本昔ばなしに出て来る様な、お爺さんとお婆さんが住んでいる様な、建物ばかりが並び、一世に前にタイムスリップした気分だ。だが、そこに広がっているのはノスタルジックではなく、悲惨な現状であろう。


 街並みの景観とは異なり、随分と退廃的というか、貧困窟というか、まあ、この場所から文明を感じることがない。だが、この光景には既視感もあった。前の世界では河川敷で段ボールを敷いて生活をしている人がいたが、それと近しい何かを感じる。違いは、住宅街の真ん中で陽が入らない様な場所である点だ。


 こんな場所で生活をしていたら、「七十万円で頭蓋骨に穴を開ける、トレパネーションをさせて欲しい」と医大生に頼まれたりするかもしれない。

 こんな場所で暮らしていたら、父親が蒸発して、母親は失踪して、孤独の身となりながらも貸しボート屋をしながら、普通の人生を夢見る様になるかもしれない。可能であれば、悪い奴を殺す為に夜の街を徘徊しないことを祈るばかりだ。


「まずは、この集落の長である長老のところへ顔を出しましょうか? 今日、お邪魔することは伝えてありますので」


 呆気に取られている俺たちの事を気にする様子もなく、ロスコッキング伯爵が平然とした口調でそう提案する。


「え、ええ、お願いできるでしょうか?」


 エグレもこの状況を呑み込めていないのか、ぎこちなくもそう答える。


 ランフェルを横目で見るが、彼女も然して俺たちが茫然としていることを気に留めている様子はなかった。彼らにとってこの光景は当然であり、当たり前のことだという認識なのだろうか。


 ロスコッキング伯爵は先頭にエルフの集落の深部へと進んで行く。だが、歩けば歩くほどに、不可解な疑問を抱く。不思議なことは物音一つなく、誰かがここで暮らしている様な生活感がまるでないのだ。


 俺は思わず、抱いた疑問をロスコッキング伯爵にぶつける。


「随分と閑散としているというか、誰もいませんね。それに、この住宅はなんていうか、街並みの外観とは異なって、ええっと……古めかしい印象を抱くのですが」


 俺は若干、言葉を濁しながらも思った通りの感想を述べる。

 

「そうですね。彼女たちは木材を居住地として好むので、ただ、帝国は見ての通り石材技術には長けていますが、木材加工や建築には精通していません。なので、王国から来た方々が不出来なこれらに驚くのも無理はないかもしれませんね。それに、建築技術に長けたエルフも多くは男性だったようで、女性がほとんどのこの集落では家を建てることにも苦労していましたね。だから、こんな不格好な建築物ばかりなんですよ」


「手伝ったりとか、協力したりとかしないのですか?」


「どうしてですか?」


「建築に関して見るからにエルフたちは困っているでしょう? 領主として、彼女たちを保護している身として、建設の手伝いをしたり、居住地を提供するべきではないでしょうか?」


「勘違いをしないで頂きたいのですが、わたしたちは決して彼女たちを保護している訳ではありません。定住していることを承知したうえで追い出さないだけです。そして、どうしてエルフだから協力するのですか? わたしたちは魔族だからという理由で迫害や攻撃はしません。ただ、魔族だからという理由で過度に保護したり、恩恵を与えることもしません。自身の身を守れない子どもや老人を除いて、この町ではすべては自己責任なのです。建造で困っているのならば、誰かに助けを求めるのではなく、金品と引き換えに大工へ建築を依頼するか、教えを乞うべきではないでしょうか」


「……そうかもしれませんが」


 理路整然としたその主張に反論の言葉を模索するが、一向に出てこない。確かに王国でぼろい家に住んでいる人を見ても、同情はするかもしれない。だが、国や領主が住宅を提供するべきとは思わない。エルフだからという理由は、傲慢で驕った考えなのかもしれない。


「彼女たちが行動をしない限り、わたしたちはそれを必要だと判断しません。仮に出来損ないの家で可哀想だと思い、勝手に居住地を提供した所で彼女たちにとっては迷惑なだけかもしれませんよ」


 その主張もまた正しい。本当にいい領主なのだろうと感心する。そして、疑いの目を向けた事に対して謝罪をしなければいけない。


「君たち家族の領主としての器量を疑う様な発言をしてしまい申し訳ない」


「いえ、仰りたい気持ちも分かります。それに、この考えも父の意向を継承しているに過ぎません」


「では、ロスコッキング伯爵が領主を継承したら、また考えや町の在り方が変わるということでしょうか?」


「さあ? まだ、そこまでは分かりません」


 ロスコッキング伯爵は笑みを浮かべて答える。可能であればお父様の考えを継承して欲しいものだが、こればかりは部外者が口を挟む問題ではないだろう。



 ◆◆



 同じような住宅が並ぶ中で、一つだけ少しだけ他の住宅と比較して大きな建物の前でロスコッキング伯爵は足を止める。少しだけ大きいと言っても、まあ、団栗の背比べなのだが……


「――ここが長老の家です」


 そう言うと入り口を三度ノックする。


「はい!!」


 中から少し怯えた様な声で大きな返事が返って来る。


「ローキングリー・パワーだ。父に代わって約束通り、王国からの客人をお連れした。入っても構わないか?」


「あ、はい! 今、鍵を開けます」


 そう言うと、扉の向こうからバタバタと足音が響く。そして、瞬く間にガチャンと鍵が開く音と共に、扉が開く。


「彼女はこの集落の長老であるロウソンです」


 ロスコッキング伯爵は、扉の先にいる女性を俺たちに紹介する。


 紹介された人物を見て、少々驚いた。長老と聞いていた為、髭を蓄えた爺様か、白髪頭に皴だらけの婆様が出てくると思ったが、この集落の長老である彼女は、見た目は二十代前半か後半か、まだまだ若年層であろうと思われる。長老という肩書が随分と重そうで見合わない、綺麗なブラウン色の髪をした美少女であった。そして、巨乳である。大事なことなのでもう一度、申し上げます。エルフの長老は巨乳である!!


「ロウソンです。遠いところからわざわざ足を運んで頂きありがとうございます」


 そういうと深々と頭を下げる。一緒におっぱいも垂れ下がり、首元から谷間が覗く。


 ――うひょひょひょひょ!! エルフは皆、成人する頃にここまで胸が肥大化するのだろうか? だが、戦場で需要がある理由が分かる。いや、戦場でなくても需要があるだろう。


「では、お邪魔させて頂きましょうか」


 ロスコッキング伯爵が提案する。ロウソンが拒絶しないのであれば、特に異論はないと思われる。


 そして、ロウソンも「どうぞ、どうぞ」と歓迎の意を示している。俺はエグレを見る。エグレも俺の方を見ており目が合った。何が言いたいのかは、このアイコンタクトで分かる。


「――では、お邪魔させて頂きます」


 そう言いながら、俺はロウソンの居住地に足を踏み入れる。心配する必要はないかもしれない。だが、俺はエグレの護衛としてこの地に来た。率先して先陣を切ることは、護衛の務めであろう。そんな義務感が沸き上がった。


 決して、いの一番に巨乳美人のお宅にお邪魔したかった訳ではない。そんな、下心が故に突き動かされた訳でないことを勘違いしないで頂きたい。



 ◆◆



 ロウソンの家は椅子がない様で、部屋の真ん中に設置されたローテーブルを囲い、床に車座していた。ロウソンが全員に淹れてくれたお茶は、円を描く様にローテーブルに並べられ、コップからは依然として湯気が揺れている。そして、木材でできたコップは随分と精巧で立派なものだと感じる。


「早速、本題に入らせて頂きたいのですが……」


 と、エグレは口火を切る。世間話もなく、いきなり本題から入るのは商談の場であれば正しいマナーとは言えない。社会経験の少ない俺でも知っていることは、まず自己紹介をして、名刺を互いに交換して、そして、最近の天気や社会情勢などのうわべだけの会話を交わしてから、商談へと進んで行く。まあ、ここは応接室ではないし、名刺なんて持っていないし、そもそも、異世界だし。それでも、「まずは自己紹介から」なんて口を挟もうかと思った――


 だが、俺よりも先に本題へ入ることを制止したのは、意外にもロスコッキング伯爵であった。


「その前に、少々彼女のお話を聞いて頂けませんか? お話というよりも、相談なのですが――」


 俺のその歯切れの悪い話し出しに嫌な予感がする。だが、ここで聞かないで自分たちの都合ばかりを話すのは、利己的というか、協調性がないというか……。ましてや、これから移住するかもしれない場所の長が、そんな自己都合しか考えないなんて思われたら、移住を希望する者はいなくなるだろう。そうなれば、ここまで来た苦労が水の泡となってしまう。


「構いませんよ……な」


 と、俺は了承して、エグレに目線を送る。


「ええ、お聞かせください」


 エグレも相談とやらに乗るつもりらしい。


 ロウソンは俯きながら、深刻な表情で呟く。


「実は困った事がありまして……」


「困った事?」


 と、訊き返すが、この集落を見れば何かしら困ったことがあるだろうと邪推して納得する。そもそも、相談なのだから、困りごとを抱えていることは容易に想像できる。


「ええ、そうなんですよ。最近になってエルフが幾人か拉致される事件が頻発しておりまして。それも、若い娘ばかりが」


「拉致と決め付ける根拠は? 若い娘であれば一時的な家出や駆け落ち、他国への冒険や出稼ぎの可能性だってあるだろ?」


「彼女たちの意思でこの集落から出ることは恐らくはないです。いなくなった彼女たちは、エルフの居場所なんてここくらいしかないことを重々承知しいてるはずです。ましてや、これまでの経験を考えれば、一時的な家出や旅に出るなんて考えるはずもありません。それに、二人組の男に襲撃されるところを目撃したものがおりまして、その者たちがどこかへ誘拐しているのだと」


 襲撃という言葉に違和感を覚える。確かに、所在が掴めていないのだから拉致の可能性もある。だが、それ以上に――だが、思ったことは口にはしない。彼女たちは僅かな可能性を信じているのだろう。だったら、その言葉を俺が口にするのは無粋ではないだろうか。


「なるほど。なら、何者かがエルフを拉致している可能性が有力だな」


 そう納得すると、今度はロスコッキング伯爵が現状の対策について口を開く。


「ええ、わたしとしても、本件については非人道的な愚行であり、可能な限り解決に協力しているのですが、なかなか足取りさえも掴めない状況でして、エルフの皆様には申し訳ないですが、一時的に外出を禁止していると共に、見回りを強化しております。ただ、事態は一向に解決しておらず」


 それで、ここまでの道中で、この集落はあまりにも生活感がないと感じたのかと、誰とも遭遇することがなかったのかと納得する。


「それでも、既に三人も誘拐されており、その者たちの身も


 エグレはこの話を聞いて何を思うだろうか? 想像に難くない。きっと、胸中は怒りの炎で燃え上がっているだろう。


「で、相談と言うのは――」


「はい、不躾なお願いであり大変に恐縮ではございますが、魔王を倒した英雄のお仲間であったエグレ様と、その護衛を任されている冒険者様のお力添えを頂きたく存じます」


 ロウソンは床に額を付けながら懇願する。


「わたしからも、是非、誘拐されたエルフたちの救出に協力して頂きたい」


 ロスコッキング伯爵も深々と頭を下げる。


「この町に再び平穏な日常が送れるように、お願いいたします」


 エグレの隣に座っていたランフェルも縋るようにこうべを垂らす。


 そこまでされると助けたいと思うのは、俺にも依然として英雄としての志が残っているからだと実感する。だが、俺以上に彼女たちの力になりたいと思っているのは、隣に座るエグレだろう。この十年間をエルフの為に戦ってきた彼女が、同族の身を危険に晒す者を、誘拐なんて下劣な行為をする相手に対して憤慨していない訳がないのだから。

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