第26話 第三都市スーアンコに到着じゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 馬車に揺られる事、一日半ほどが経過した。旅に出て四日目の正午前ほどの時刻にようやく『第三都市スーアンコ』に到着した。馬車でなければ、これほど早くは着く事がなかった事は間違いがない。それでも、「長かったーーー」と、そんな泣き言を呟く。


 潮風に髪がなびく。帝国西部に位置する『第三都市スーアンコ』は海に面している事もあり、古くから漁業の町として栄えていた。多くの民が健康且つ文化的な生活を営み定職を持ち、貧しい生活を強いられている者はいないと思われるほど、栄えているこの地を治めるスーアンコ公爵は、特筆して身分制度の厳しい帝国において、序列四位という誰もが認める名家であった。


 この地にエルフの集落を築いた事は、幸福であると言えるだろう。帝国内では依然として魔族に対する差別意識が強く、本来であればエルフが集落を築く事は多くの反感を生むために各領土の領主は魔族の定住を避けるという。だが、この地を治めるスーアンコ公爵はその様な差別に対して否定的立場であり、エルフを筆頭に多くの魔族を受け入れているという何も素晴らしい人格者であり、長男であり、第一継承者でもあるロスコッキング伯爵もその意向に沿って、変わらずに魔族に対して寛容な人物との事である。


 だからこそ、魔族であっても領土から民が流出する事は、それだけで働き手や納税者が減るので、領主にとっても死活問題と言えるだろう。しかし、本件のエルフの中で希望者は王国の集落に移住させたいとの申し出は、スーアンコ公爵をはじめとするパワー家からであったという。その理由も決してエルフへの迫害意識からではなく、現在、帝国と公国における戦争に魔族は率先して徴収される可能性を考慮しての、人道的干渉が故の判断との事であり、本当に頭が下がる思いである。


「長旅、ご苦労様でした。それに、ランフェルもお疲れ様」


 馬車から降りて来る俺たちに声を掛けたのは、わざわざ到着するのを待っていた、ロスコッキング伯爵である。


「この度は数々のご配慮を賜り誠にありがとうございます」


 エグレは深々と頭を下げる。それに釣られる様に俺もこうべを垂らす。正直、困る。俺は貴族に対する言葉遣いも、礼節も知らない。そう、いい歳して何も知らない残念なおっさんなのだ。なんて、胸を張ってみるが、虚しいだけだ。


「労いのお言葉、ありがとうございます」


 エグレに続く様にランフェルも言う。エグレの熱狂的なファンだけでなく、従者として、しっかりと礼節を重んじているのだなと感心する。まあ、どの立場からの発言だよって自分自身にツッコミを入れたくはなる。


「いえいえ、この地に平和をもたらされた英雄様のお仲間であれば、わたくし共ができる事であれば全面的に協力させて頂きます。それに、エグレ様がこの地にいらっしゃる事は、我が当主であるスーアンコ公爵も大変に喜んでおりました。本日の晩餐を用意しておりますので、是非、我が邸宅にお越し下さいませ」


 英雄の仲間だけでなくて、英雄そのものもいるんだけどね。と、思うが口にはしない。なんか、余計に歓迎されたり、勧誘されたりしそうだから。


「ええ、スーアンコ公爵をはじめとする、パワー家の皆々様には感謝しております。是非とも、お父様によろしくお伝えください」


 エグレは慣れた口調でつらつらと感謝の言葉を口にする。


「有難いお言葉、確かに言伝いたします。ところで、そちらの同伴されている御方は?」


 そう言うと、ロスコッキング伯爵は俺をじっと見ていた。ついでに、エグレも何も言わずに俺を見ている。どうやら、自己紹介をしないといけないようだ。


「――え? ああ、俺か。まあ、エグレから依頼で護衛をしている冒険者だよ」


「左様でございましたか。それにしても、カントン平野が閉鎖されていますから、隣国とはいえ現状では帝国まで来るのには随分と遠回りをされてお疲れではありませんか?」


「いえ、彼が一緒だったのでカントン平野から来ました」


「……カントン平野から?」


「幸運にも甚大な被害を出したというモンスターとは遭遇しませんでしたから」


 なんとなく口を挟む。過剰に俺の事を強い冒険者だと、この伯爵様に誤認されたくはなかったのもあるが。まあ、強いは強いと思うよ。でも、全盛期は過ぎているだろうし、十年もニートだったからね。本当にかつての輝きは色褪せるどころか、黒ずんで見るに堪えない姿ですよ。晩年を汚しまくっていますよ。


「不躾な質問で大変に恐縮ですが、因みにカントン平野を抜けられたのはいつの事ですか?」


 本当にどうしてそんな事を訊くのだろうか? 


 俺は不思議に思いエグレを見るが、エグレも些か不思議そうに首を傾げながら答える。


「……三日前ですが、それがなにか?」


「あ、いえ、実はカントン平野に住み着いたモンスターの群れが討伐されたという、報告を王国から受けているのですが、それと共に討伐者が不明であるとの報告もありまして、もしかしたらお二方が討伐されて、王国に報告せずにここまで来られたのかなーーーなんて思いまして」


 へーーー。奇妙な事もあるもんだな。国交を閉鎖するくらいのモンスターを討伐すれば、たいそうな報酬が頂けるであろうものを、報告もしないなんて、万馬券を当てたのに換金していない様なものではないか。


「……いや、カントン平野でモンスターを討伐したりなんて―――」


 ふと思い出す。腕試しで飛行しているモンスターを討伐したのはカントン平野ではなかっただろうか。だが、然して強いモンスターではなかったし、あれが問題のモンスターではないだろう。多分――


 そうは思いつつもエグレを見るが、エグレもエグレで、心当たりがあるけど確信が持てない様な、微妙な顔をしていた。


「ま、まあ、国交を断絶するほどのモンスターですから、いくらエグレ様がいらっしゃるとはいえ、お二人で討伐する事は難しいですよね。すみません、わたくしの早とちりかと……ハハハ……」


 ロスコッキング伯爵は乾いた笑いを浮かべる。


「そ、そうですよね。ええ、さすがに二人では無理ですよ。ハハハ……」


「ですよねーーー。ハハハ……」


「早速で恐縮なのですが、エルフの集落に伺いたいのですが?」


「ああ、そうですね。エルフの住んでいる場所は道が狭いので、馬車では行けませんので、徒歩になりますが、わたしが案内させて頂きます」


 ロスコッキング伯爵自らが道案内をしてくれるのか。


 ……貴族って意外と暇なのか??



 ◆◆



 四人で石畳の道を歩く。やはり、帝都に近い事と、スーアンコ公爵の尽力もあってか、この町は随分とインフラの整備が成されているのか、街並みは綺麗なうえに、道も整備されている。王国でもここまで整備された町は少ないと思われる。それに、どこも石材で建築されている為、潮風によって錆びたり、腐ったりする心配はないと思われる。


 海風が磯の匂いを俺にまで届ける。懐かしい匂いに自然と心が弾む。


「エルフの男性もいるのですか?」


 俺はロスコッキング伯爵に問う。別に、エルフの集落に着いてから現地の人に訊いてもよかったが、何となく思い付いた疑問を口にする。


「いない事はないですが、ほとんどが女性ですね」


 やはり、伴侶を見つけるというエグレの願いは、そう易々とは叶いそうにない。


「女のエルフも戦争に徴兵されるのですか?」


「戦争に男も女も種族も関係なく、人手が必要なんですよ。まあ、魔族に関しては女性の方が需要があるのですよ。同じ人間種は慰め者にはできないですから」


 ロスコッキング伯爵は神妙な面持ちで答える。


 エグレがいる手前、不謹慎な事を訊いてしまったな……と反省する。


「――こちらです」


 ロスコッキング伯爵はそう言うと、住宅と住宅の間に出来た僅かな隙間へと入って行く。その道は、言われなければ気付かずに、見落としてしまいそうな程、人ひとりが通れるほどの細い道であった。先行するロスコッキング伯爵に続いて、エグレが歩を進める姿を眺めている。


「如何なさいましたか?」


 立ち止まっている俺を心配したのか、遅れを取っている事を不安に思ったのか、ランフェルが問う。


「いや、随分と狭い道だから、なんだかエルフの集落は隠されている様な気がして」


 本当に隠れ家に行くような気分になる。隠れ家とは少し違う。魔法学校に行くためには、9と4分の3番線の切符を握りしめて、壁に向かって走らないといけない様に、これから行く場所は、入り口を知らないと行く事ができない様な世界な気がする。


「それは、エルフは依然として迫害を受けているからです。多くの住民はエルフを受け入れてくれていますが、一部の過激派な住民やよそ者が変なちょっかいを出さない様に、こうして細く入り組んだ場所を入り口にしたのです。それに、エグレ様がいなかった頃は酷い差別を受けていましたので、危害を承けない為に隠れる様に人間社会で生活していました。その名残で今でもこの様な場所を集落の入り口にしているのです」


「なるほど」


 エグレは魔王を倒した後の十年間で、本当に多くの者の命や生活を守って来たのだと感服する。尊敬の念さえも抱かずにはいられない。


 俺も今から彼女の様に多くの者を救える様な人間になれるだろうか――


 そんな事を考えながら、俺はエグレの後に続いて、細道へと足を踏み入れる。

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