第25話 帝国と王国の会談

 ◆◆



 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは待っている。


 王国との国境の町として知られ、帝国で最西端に位置するカールネスト町は過疎化が深刻な田舎町である。とは言っても、それは王国との外交が断絶していた頃の話であり、現在では、王国との交易の為に行き交う商人の宿場や準備をする為の一時的な休息地として多くの者が訪れる様になり徐々に潤いつつある。だが、多くの民は一次産業により生活を営むことが余儀なくされている。


 そんな長閑な農村景観の中で、不釣り合いな異彩を放っている建造物が、この『カーネスト伯爵の館』であろう。レンガ造りの四階建ての建物は、一見では大型の宿場か、公共施設にしか見えないほど、大きく多額の資金を投じて建設されたのであると推察される。だが、その内情は一世帯の家族しか住んでいないというのだから、驚くのも無理からぬ話であろう。


 この地の領主として、収穫に応じて作物を徴収していると共に、貴族院議員として国政にも携わっているというのだから、然して苦労することなく代々からその絶対的な権力と資産を築いていることは想像に難くない。

 そして、そのことに異論を唱える者や疑問を呈する者はいないのだから、変わらずに階級社会の根強い帝国を表現している。


「それにしても、帝国主席補佐官ほどの大物がわざわざ足を運ぶとは……少々驚きというか、王国の事を依然として信用していないという表われでしょうか?」


 わたしは左隣に着座するキッチンストーン外務省次官に尋ねる。


 昨日、帝国大使の伝令の者から、我々が入国したのちに『カーネスト伯爵の館』にて会合の場を設けて欲しいとの連絡があり、こうして帝国からの使者を待っている訳である。


 しかし、そのメンバーが皇族を除いて、最も権力を有すると言われる総監の地位に十年後になると言われている、若くして大変な出世頭のスタンリー帝国主席補佐官が、わざわざ足を運ぶというのだから驚きである。


「まあ、信用をしていないというか、帝国側としても本件についてしっかりと事実確認を行ってから国交の正常化とカントン平野の解禁日て国民に開示したいという事でしょう」


「なるほど、そうですよね。国を挙げて躍起になっていたモンスターの群れを、誰が討伐したか分からないなんて話を、おいそれと信じる事はできませんよね」


「ええ、普通に考えれば誤報かフェイクかミスリードと考えることは、至極当然の事です」


 確かに、わたしもこの目でその惨状を視認しているから、現在の状況をすんなりと受け入れられているだけで、言葉だけに説明を受けても信用しない自信がある。いや、恐らくは誤報か意図的な虚偽の情報だと思うだろう。


「それでも、わざわざスタンリー帝国主席補佐官が足を運ぶのには、何か意図があるのでしょうか?」


「意図ですか……? そうですね。正直、話して見ないと分かりかねますね。ただ、現状でのカントン平野が閉鎖された状況は、両国にとって政治的にも経済的にも、大きな負担でありますから、迅速に本件を処理したいという思惑はあるのではないでしょうか。それに、スタンリー帝国主席補佐官のフットワークが軽い事は、実は有名なのですよ」


「やはり、優秀が故に各省から信頼されていて、どこからも引っ張り凧という事ですかね?」


「いいえ、恐らくはスタンリー帝国主席補佐官がどこの省も誰の事も信頼をしていないから、帝国にとって重要だと思う件については勝手に首を突っ込んでいるのだと。ここだけの話、その証拠に、スタンリー帝国主席補佐官は貴族院議員から随分と嫌われております」


 キッチンストーン外務省次官は眉間に皴を寄せながら呟く。


 それは、――出る杭は打たれる様なものなのだろうか。


 いや、若くして出世している事や、優秀だから嫌われているのではなく、恐らくは優秀が故に他者を信頼していないのだから、その他者を見下した考えや思考が見透かされているのだろう。だから、他の物からよい心象を抱かれていない。


 ――なんとも不器用な人だな。


 勝手な想像ながら、そんな風に思う。



 ◆◆



「はじめまして。防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンと申します」


 そう名乗る本件の責任者は若いとは前もって聞いていたが、わたしが想像するよりも若く、細身の男であった。軍隊に所属している割には筋肉隆々という訳ではない様だ。だが、それ以上に目を引くのは、はっきりと疲労が顔に出ている事だ。恐らくは、今回のカントン平野に出現したモンスターの討伐の件で、本件の事後対応において、大変な労働と心労を強いられているのだろう。


 王国からの使者は二名と予想よりも少なかった。事態の把握と収集の為に、帝国との会合に割ける人員がいないという事だろうか? いや、依然として数日しか経過していない事象であり、


 帝国からはわたしを含め、ソーヴァリアント外務省副省長、シラー外務省副省長第一秘書官、ローネンド・キュース外務省副省長第三補佐官、カルエシウ軍政省副省長第四補佐官、ラコウス主席補佐官第一秘書官の計六名という大所帯である。


 ホストはキャスト側が名乗った後に挨拶をするのは、外交上の常識とされている。その為、帝国側は既に自己紹介を終え、たった今、王国の二名の使者の自己紹介を終えた所である。ここから本題に入る――


「では、本件のカントン平野におけるモンスターの出現と討伐に関する状況の報告をお願いいたします」


「はい。かしこまりました」


 ――そう返事をすると、ジャック・ダウン東部参謀指揮官は本件に関する情報の報告を行う。


 しかし、驚いた事に、その内容はローネンド・キュース外務省副省長第三補佐官やジャール王国大使秘書から聞いていた内容とほとんど相違がなく、カントン平野に出現していた は討伐されたが、何者かが討伐したのかは分からないとの事である。


 あくまでも、王国の主張は討伐は完了したが何者かが討伐したかは分からないというものである。当然ながらその主張に対して思うところはあるが、その真偽を突っついたところで議論は発展しない。まずは、王国の主張の通り、誰が討伐したか分からないと仮定して現状と今後の対応について議論する方がいいだろう。


「――現時点での候補者はいるのでしょうか?」


 わたしは王国へ問う。


「いえ、まったく分からないというのが正直なところです。ただ、かなり高い確率で人為的事象であり、討伐した方法は雷魔法であるというくらいです」


 ジャック・ダウン東部参謀指揮官は、そう答える。


 まったく分からない――か。困ったものだ。


「雷魔法を扱う者……ちなみにだが、英雄サトウ・サイキョウという可能性は?」


「それも含めて捜索中であります」


 まあ、十年近く所在を把握していないと主張している。その真偽は確かめようがないが、それが真実であろうが、虚偽であろうが、ここでそのカードを切ることはないだろう。


「それで、本件に関する 捜索の協力と共に、わたし共に本件の討伐者に関する捜索権を頂きたく存じます」


 王国軍が帝国での捜索か。確かに、自軍では本件の捜索に当てる人員は少ないだろう。そして、強力な力を持つ未知の者がいるという事実は両国にとって脅威的な状況にある。迅速に究明が必要であるが、その手間が省けるのならば、願ったり叶ったりな提案である。しかし――


「申し訳ありませんが、王国軍の方々の本国での捜索活動は看過いたしかねます。他国軍が自国領土内で自由に行動をする事は、帝国の為であっても、よく思わない者や脅威を感じる者がいる事をご考慮いただきたい。ただ、事情は承知いたしましたので、帝国も本件の捜索活動には全面的に協力させて頂きます」


 と、言うのは当然建前だ。今は公国と紛争をしている。そんな時に他国の軍人にチョロチョロされれば軍事情報が漏洩する可能性がある。なにより、せっかく国交が正常化した王国のお偉いさんを危険に晒すわけにはいかない。



 ◆◆



 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは煙草を嗜む。


 緊張から解き放たれる様に、大きく息を吸い、煙を吐き出す。煙は踊る様に空へ吸い込まれて往く。それを呆然と眺めながら、一つの仕事が終わったことに安堵する。


「――しかし、煙草も屋内で吸えないとは遺憾ですね」


 不意にそんな言葉を掛けられた。


 いつからいたのだろうか? 視線を移すとそこには、スタンリー帝国主席補佐官がいた。


 歳は自分と同じくらいだろう。それなのに、帝国内でもトップクラスの国政幹部にいるのは、公爵の爵位を持っているだけが要因ではないだろう。先の会合でも率先して場を取り仕切り、帝国としての考えや意向を即座に決定していく姿から、判断力と決断力には十二分にリーダーとしての素質を感じた。それなのに、偉ぶったりはせずに、常に礼儀正しい言い回しに、柔らかな笑みが懐に入りやすくする為、本当に隙がないと感じてしまう。 


「仕方ありませんよ。この建造物はカーネストのお住まいなのですから、伯爵のヤニが付くから嫌という意向には沿わないといけません。それにしても、立派な建物ですね」


「ええ、領地の民が懸命に作った農作物を徴収した結果です」


 スタンリー帝国主席補佐官は、皮肉を含んだような言い回しでそう言う。


「帝国は依然として貴族社会でしたね」


「ええ、その影響で多くの民は貧しい生活が強いられており、その恩恵を得られるのは世襲で選ばれた一部の特権階級のみです」


 そうだろうか? スタンリー帝国主席補佐官が悲観するほど、この国の現状はそこまで酷い在り様ではないと思う。だが、帝国内の状況を正確には把握していない。そして、誰よりもそれについて知っているであろう御方が言っているのだから、訂正や否定をする事ができるはずがない。だからといって、正面から同調して帝国の事を悪くいう事もできない。


「――それは、王国も然して変わりませんよ」


「そうですか? そうかもしれません。でも、王国と帝国では国の在り方や政治的主義、思想、社会基盤が異なります。多分、多くの国民が平等で、優秀な者がきちんと評価されるのは王国の様な国の在り方ではないといけない。だからこそ、大きな力で今の帝国の貴族も国民もない、まっさらな状態にしないと、この国の階級社会はなくなりません」


「大きな力というと……?」


「それは分かりません。でも、いっその事、また魔王が出現して帝国を滅ぼしてくれた方がマシですよ」


「――ほう、魔王を復活させて……ですか?」


「忘れて下さい。失言でした」


「いえ、スタンリー帝国主席補佐官の愛国心はしかっりと伝わりました。今日、帝都まで戻られるのですか?」


「ええ、時期出立予定ですが、その前に少々、寄らなくてはいけない所がありまして」


「寄るところ? 失礼ですが、こんな辺境の地でどちらに?」


「精肉店に。ジャック・ダウン参謀指揮官の如何ですか?」


「どうして精肉店に?」


 思わず首を傾げる。


 当然の反応だろう。精肉店に今から行く合理性がないのだから。


 スタンリー帝国主席補佐官は満面の笑みを浮かべながら、わたしの疑問に答える。


「――ベーコンを買わないといけないのです。友との約束があるので」


 その答えには少しだけ驚いた。冷淡で合理主義で、貴族院議員から嫌われていると聞いていたスタンリー帝国主席補佐官が自身の時間を割いてまで、友人の為にお土産を買う事に。

 

 ――多分、この方は他者から多くの誤解をされているのだろう。きっと根は優しい人なのだろうと勝手に想像する。


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