第17話 討伐に関する報告うううううううう

 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは報告する。


 今回の奇妙で危機的な状況を――


 防衛省東部駐屯地参謀搭第一会議室には、王都から本件の状況と今後について会議を行うために、そうそうたるメンバーが席に連ねていた。


 会議室内は長テーブルを挟んで、窓側にテアラ首相補佐官、ゴーグサンダー財務省副長官、ハフハフマン経済商務省副長官、キッチンストーン外務省次官の順に、入り口側にコーベン防衛省長官、サザナン内務省長官補佐、ハンカルセン司法省副長官佐、アーサー防衛軍参謀総長、ルッス冒険者組合長の順番に座っている。そして、この会議室の入り口の手前の壁に掛けられた黒板の前で、わたしと鑑識及び研究機構の副隊長であるボタン・コショウは起立したまま、本件に関する報告を終えた。


 報告を終えても尚、緊張は解けないのか、共に報告をおこなった鑑識及び研究機構の副隊長であるボタン・コショウは緊張した面持ちで顔を青白くさせていた。


「しかし、一難去ってまた一難といったところでしょうか」


 報告を受けてから、低い声で第一声を上げたのは、この室内で最も若いと思われるテアラ首相補佐官であった。


 テアラ首相補佐官は、国政幹部としては三十五歳という異例の若さで着任した、やり手として有名である。常に喜色が溢れた表情をしており、いついかなる時も目を細め、口角が上がっている。そんな風貌が為に薄気味悪いと敬遠する者もいるが、多くの者はその顔に親しみと好感を抱き、実に羨ましい事にも女性のファンが多い。だが、そんな外見とは裏腹に極めて合理主義、成果主義であり、冷淡な事でも知られている。そして、その人格の根底には一般市民からの叩き上げという反骨精神が故と思われ、そのバイタリティーに協賛する者も多く、独自の人脈と国民からの人気と期待を背負っている。また、流石に長官職に就いているコーベン防衛省長官ほどではないが、この会議室内では次点の発言力を持つ重鎮でもある。


 そんなテアラ首相補佐官は、本会議では進行役を任されている。任されているという表現は適切ではないだろう。誰かから頼まれたという訳ではないと思われるからだ。自然な成り行きでテアラ首相補佐が仕切っていた。そして、それに異論を唱える者もいなかった為、国政重要官内での会議では、それが一般的な常識なのかもしれない。


「一難どころの騒ぎではない。もし、人類に敵対する者の仕業であれば、王国だけでなく人類の存続さえ危ぶまれる事態だ」


 言葉尻を捕らえる様に異論を唱えるのはコーベン防衛省長官であった。その風貌は初老にしては随分と寂し気な頭部に強面、口元に蓄えられた立派な髭と、軍務のトップに相応しいだけの貫禄がある。さらに、常人ならざる威圧感は、その恵体の恩恵が大きいだろう。だが、決して筋肉隆々という訳ではなく、見るからに過剰な贅肉が身体に纏わり付いている様だ。


 さて、コーベン防衛省長官が否定的な言葉を発したが、別にテアラ首相補佐官の言葉が間違っているとは個人的には思わない。一難というありきたりな言葉で表現されるのが不満だったのか? そんな言葉では表現し難いほど、未曽有の事態であると言いたいのか? それとも、テアラ首相補佐官に個人的な遺恨があるのか?


 わたしなんかが、滅多にお会いすることも出来ない軍務のトップの心情までは察することはできない。 


「ちなみにですが、防衛省が実施予定だった毒鳥協同作戦では、本件のモンスターを討伐する事は可能だったのですか?」


 コーベン防衛省長官の言葉なんて意に介していない様に、テアラ首相補佐官は問う。


「当然、可能である」


 コーベン防衛省長官は力強く断言する。その発言は、客観的事実を述べているというよりも、防衛省としての威厳を保ちたいが為のものだと思われる。


「防衛軍としても、本作戦は綿密に計画が練られており、十二分な兵力を確保したうえで、参謀部にて討伐が可能であると判断して遂行の許可を出しました。計画通りに進行していれば、十分に討伐が可能であったと判断できるかと存じます。ただ、あくまでも主観的推論であり、机上の空論でありますので、現場の意見を参照する方が合理的だとは思いますので……君はどう思うかね?」


 防衛軍のトップに位置するアーサー参謀総長は、コーベン防衛省長官の言葉を補足する様にそう進言する。そして、わたしに問う。キラーパスと言ってもいいだろう。


 その瞬間、会議室内の視線はすべてわたしに注ぎ込まれ、注目を一身に受ける。


 答えを間違えれば降格や左遷も有り得る状況に、一言一句に慎重にならざるを得ない。我々は軍隊だ。上が白と言えば白、黒と言えば黒だ。仮に上が黒と言えば白も黒となる。参謀総長は本計画は討伐が可能であると言った。その意見は賛同しなければならない。だが、それに加えて自身の意見や客観的な事実も含める必要がある。しかし、その際に自軍を貶める様な不義理な発言も軍隊に属している限りできない。後ろ向きな姿勢や発言も好ましくないだろう。


 だが、過剰なほど楽観的では現状の危機感をまったく抱いていない無能だと思われる可能性も生じる。実に立ち振る舞いが難しい状況である。


「はい! 不躾ながら意見させて頂きます。この度の兵力と作戦であれば、討伐は可能であると確信しております。が、あそこまでの広範囲で高火力の魔法を放つ事ができるのものは、防衛軍にも冒険者にもいないと思われます。現状の課題は討伐を行った者が何者かが分からない。目的が分からない点ではないかと」


「確かに、話を聞く限りでは、それ程の広範囲魔法を扱える冒険者の話は聞いた事がありません」


 ルッス冒険者組合長は付け足す様に同調する。


「なるほど、防衛省として、防衛軍、冒険者組合としての見解は理解しました。さて、今後の対策について検討する必要がありますが、まずは、この事を帝国に伝達していいものか……?」

 

 テアラ首相補佐は悩ましそうに呟く。


「早急にカントン平野の通行規制の解除と帝国との国交を正常化させるべきです」


 そう提言したのは、茶色の髪をカチカチにオールバックで固めており、口ひげを生やした初老のキッチンストーン外務省次官である。


「わたしもキッチンストーン外務省次官に同意いたします。このままカントン平野が閉鎖されたままでは、我が国への経済的ダメージが大きく、国民にも重く負担がのしかかります」


 長く真っ白な髪に染まっている、老年で細身の女性である、ゴーグサンダー財務省副長官も同調する様に進言する。


「わたしからも、お願いいたします」


 この会議室内で最も歳を喰った老体である、しわしわの顔には眼鏡が掛けられており、胸部まで伸びた立派な髭は美しいほど真っ白に染まっている、ハフハフマン経済商務省副長官もそう懇願する。


 だが、肯定する者がいれば、否定する者もいる事は世の常であろう。特に本件を肯定的に捉えているのは、カントン平野の開放により、帝国との交易が正常化する事を喜んでいる、商務や経済産業に関与している、勘定仕事の役人さんであろう。


 だが、防衛に従事している我々としては、現在の不測な状況に危機感を抱いている。色々な事を慎重に進めたいと思うのは必然な思考であろう。特に友好国とはいえ、他国への対応は特にだ――


「しかし、どこの誰かも分からない者が討伐したなんて言えば、かの国から自軍が過少に評価される可能性はないでしょうか?」


 意外にも帝国との国交正常化に対して慎重な意見を述べたのは、軍務に関わる者ではなく、サザナン内務省長官補左官であった。


 サザナン内務省長官補佐は、本会議に出席している国政幹部の中では比較的に若く、テアラ首相補佐官と同年代であると思われ、黒髪はうねうねとクセが強く、銀色のフレームの眼鏡に、非常に痩せた印象を抱くのはこけた頬の所為だろう。しかし、それだけの若さで出世しているのだから、恐らくは優秀なのだろうが、特筆して話題に上がらい男であり、人となりも仕事ぶりもイマイチ分かっていない。

 

 だが、内務省としては、本件を肯定的に捉えていると思ったばかりに、中立的な意見である事に少々、驚いた。そして、立場に囚われずに柔軟に物事を捉える事ができるのは、やはり若くして幹部になっただけの事はあるのだと感心する。


「あり得るな。帝国は隙あらば侵攻を繰り返す野蛮な民族だ。今はいい顔をしているが、いつ裏切るかも分かったものではない」


 コーベン防衛省長官が同調する。


「では、我が国の防衛軍が討伐したと言う事にすれば」


 ルッス冒険者組合長は、国政幹部の前というのに堂々とそんな提案をする。


「虚偽の情報を流すと言う事か。いい案ではないだろうか」


 コーベン防衛省長官が賛同の言葉を発する。


「それは国際法上は問題がないのでしょうか?」


 しかし、心配そうに声を上げたのはキッチンストーン外務省次官であった。そして、その疑問はハンカルセン司法省副長官補佐に投げられたものだろ思われる。


「虚偽の情報を発信したという証拠があれば、それは問題になるかもしれませんが、本件の帝国との争点は国交の停滞であり、誰が討伐したかはそこまで問題視はされないのでは? それに、誰が討伐したか王国が把握していないなんて言わなければ知り得ないのでは?」


 黒髪にどこでもいそうな顔にはまったく特徴がない、恐らくは五十代と思われるハンカルセン司法省副長官補佐は、本会議内で一切、発言もせず、また、発言の機会を窺っている様子もなく、一貫して興味が無さそうにしていたが、法律に関する質問にも、どうでもよさそうに、表情を変える事無く滔々と答える。


「それならば、外交上も問題ないのではなかろう」


「ええ、本省としてもそういう事であれば、特に異論は」


「ならば、我が軍が討伐したという事で帝国には報告するという事で異論はないな」


 防衛省のトップがその意見を肯定するのならばと、会議室内は虚偽の情報を流すという案に賛同する雰囲気が流れるが、そこに異を唱える者がいた。


「いや、これだけの力を持つ者です。個人ではなく組織の犯行という線も、かつての戦争の様に国家間だけの問題ではなく、人類の戦いになる可能性もあります。本当の事を伝え、討伐した者の正体について、共に解明を協力するべきではないでしょうか?」


 軍務のトップからの意見であり、異論は出ないと思われた。しかし、自軍のトップで在られ、数少ないわたしの上官でも在られる、アーサー参謀総長は直属の上司の判断に対して臆することなく進言する。


 その言葉に再び会議室内の議論が停滞を見せる。


「「うーーーむ」」


 アーサー参謀総長の言葉に思わず、会議室内の全員が項垂れるだけで黙ってしまう。


「今のアーサー参謀総長の意見を踏まえて、防衛省としての見解はどうですか?」


 重苦しい雰囲気が流れる中で、テアラ首相補佐官がコーベン防衛省長官に意地悪な質問を投げ掛ける。


 テアラ首相補佐官が悪意を持ってそう訊いたのかは分からない。だが、客観的に見れば、一度は賛同した意見に対して、直属の部下から対立する意見が出た現状で、最も立ち位置が難しいのはコーベン防衛省長官であろう。それなのに、自身の立場をはっきりと明示しろと言うのは酷というか、コーベン防衛省長官がテアラ首相補佐官を嫌っている理由が分かる。


「我が省としても、本件は手に余る様な強大なモンスターであり、それを一体ではなく、群れで消滅させたのだから、一つの軍と同等のレベルの強さを誇る組織か個人の力があると……そこまで推測を肥大させても差し支えない。その力を持つ者が不明というのは、極めて危険な状況にあると不安視するべきであろう」


 コーベン防衛省長官は堂々と答える。


 ――さっき、この人は虚偽の情報を流すという意見に賛同していなかったか?


 それを忘れたのかと思うほど、何事も無い様にアーサー参謀総長の意見に賛同して、それが、防衛省と防衛軍の考えであると主張する。


 こうなれば、帝国と協力要請を提示する事で議論は落ち着くと思われる。


「では、防衛省からの見解も頂きましたので、帝国へは討伐の完了と討伐者が不明である事を伝達する旨で、わたしの方から首相と国王には承諾を頂けるように手回ししておきます。次に、討伐者に関する捜索ですが、現状で考えられる候補者は、もしくは可能性についてですが」


 テアラ首相補佐官はコーベン防衛省長官の発言を聞くだけで、他の者には質問する事もなく、そう議論をまとめると、次なる議題を提示する。


「やはり、冒険者では?」


「お言葉ですが、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉を討伐できるほどの冒険者で、王国内の冒険者組合に入会している者は把握していませんし、仮に冒険者の功績であれば、報酬を受け取りに申し出ると思うのですが……」


「いつまでも討伐されない事に対して、帝国が内密に処理した可能性はないでしょうか?」


「さすがに、自国民に命の危険を冒してまで、黙って帝国がモンスターの駆除をするとは……」


「英雄であられるサトウ・サイキョウ様のお力添えという可能性はないでしょうか?」


「……サトウ・サイキョウ様」


「可能性としてはありますが、依然としてどこで何をしているのか、足取りは掴めていないのですね」


「申し訳ありませんが、防衛軍としても全力で探してはいるのですが……」


「しかし、確かにあれだけの魔法が放てるのは、かの英雄だけだ」


「しかし、十年以上も姿を見せていないのですよ。少々、客観的に推察し過ぎているのでは?」


「では、新たな英雄が誕生しているとか」


「それだけの力を持っている者であれば、とっくにその名を世界に轟かせていますよ」


「もし、サトウ・サイキョウ様や新たな英雄のお陰であれば、それはそれで良しとしましょう。それよりも、今はもっと考えられる最悪の事態を想定して対処した方が合理的ではないでしょうか?」


「確かに、それもそうだな」


 と、会議室内には同調の声が上がり、新たな可能性を模索する。


「ジャック・ダウン東部参謀指揮官はなにか情報はお持ちではないでしょうか?」


 テアラ首相補佐官から問われる。


 だが、まったくもって見当が付かない。どうしてものかと困っている時に、ふと今日の出来事を思い返す。検問所での出来事を――


「確証はないのですが、検問所職員の証言から利用者がいたようです」


「確証がないというのは?」


 コーベン防衛省長官がわたしを睨む。


「申し訳ありませんが、検問所と防衛軍の情報不介入協定を理由に断られました」


「今どき、そんな検問職員がいるのか?」


「ただ、話し振りからして、本日検問所を通過した者がいたと思われます」


「うーむ、どちらに行ったのかは分からないのか?」


「ええ、帝国へ向かったのか、王国へ入国して来たのかが分かりません」


「ふむ、ではわたしの方から検問所には情報の開示を求めておこう。それと、王国内の捜索と護衛の強化をアーサー参謀総長に命ずる。参謀本部の指導の下で王国の平穏の維持と討伐者の発見に尽力してくれ」


「承りました」


 コーベン防衛省長官の指示にアーサー参謀総長は深々と頭を下げて、承諾する。


「それと、ジャック・ダウンに命ずる。至急、王国外に措ける、この度の〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉を討伐した者の正体を突き止める事を。明日にでも帝国へ出立したまえ」


「はい! 承知いたしました」


「それなら我々も協力します。帝国にも報告しないといけませんから」


 応援の要請は意外なところから飛んで来た。キッチンストーン外務省次官が協力してくれると言うのだ。


「はい、是非ともよろしくお願いいたします」


「本会議が終わってから今後について打ち合わせをしましょう」


 キッチンストーン外務省次官は、柔らかな笑みを浮かべながら言う。


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