10年前に魔王を討伐した報酬でFIREしました~異世界で早期引退した俺が未だに最強らしいけど、そんなことは心底どうでもいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!~
第16話 風呂と飯いいいいいいいいいいいいいいいいいいい
第16話 風呂と飯いいいいいいいいいいいいいいいいいいい
さて、旅行でホテルや旅館に泊まった時に、部屋を最初に見て「ひろーーーい」なんてテンションが上がって、取り敢えず窓から見えるいつもと異なる見慣れない景色を堪能して、ベットの寝心地を確認して、意味もなくお風呂とトイレを確認して、浴衣に着替えようかなーーーなんて考えながら、いそいそとテレビの前に座る。そして、用意されているお茶を啜りながら、なんとなく、卓上に置かれたリモコンでテレビを付けて、地方局のはじめて見るキャスターが司会をして、はじめて見るアナウンサーが紹介する、全然知らない地元のご当地番組を眺める。多分、その内容は行列のできるラーメン屋か、魚市場での海産物の食べ歩きか、脱サラして新規オープンした夫婦で営む喫茶店だ。まあ、ここは共感を得られないかもしれないが。そして、一息ついて思う。
――暇だ。
旅行をする人間ならば、誰もが経験した事があるのではないだろうか? ホテルや旅館は最初はテンションが上がるものの、次第と手持無沙汰が否めなくなる。なんなんだろうか? あの現象は? 名前があるのだろうか?
まあ、共感を得られるかは分からないが、今の俺はそんな心情であった。暇に任せて『ユノナカ宿場町』を散策するのも一興かもしれないが、一日中歩き回った身体だ。久しく旅も冒険もしていなかった俺には随分と堪えた。正直、もう階段の上り下りでさえ面倒くさい。
そんな事を考えながら、非生産的な時間をダラダラを過ごしている時に室内にノック音が響き渡る。
「はーーーい」
俺は必要以上に大きな声で返事をする。特に理由はないが、扉の向こうにいる姿が見えない相手に対して、俺は普段では絶対に出さない様な大きな声を出してしまう。もちろん、扉が隔てているのだから、小さな声では相手に聞こえないのでは、という懸念からその様な配慮で、大きな声で返事をしているのもあるが、それ以上に見えない相手には必要以上に警戒して威嚇してしまう。人は大きな声を出されると思っている以上にビビる。恐怖心を抱く。別に、この部屋をノックする相手は、この宿場の従業員である事は間違いがないのだから、そこまでの威嚇行動は必要がない事は理解しているが、それでも、長年の悪癖は高級旅館の最高級の部屋であっても拭う事ができない。
ゆっくりと丁寧に扉が開くとそこには、フロントにいた若く桜色の着物に身を包んだ女性がいた。
これまた、ゆっくりと深々と頭を下げる。そこには、品格と共に毅然とした態度も感じざるを得ない。
「――失礼いたします」
「はい、どうぞ」
と、我ながら随分とフランクに返答する。
「わたくし、『温泉の宿
若女将と名乗る女性がそう言う。まあ、本人がそう名乗るのだから間違いなく、『温泉の宿
「いえ、俺は特にないですが――」
そう答えながら、エグレを一瞥する。恐らくはその質問は俺に対してではなく、エグレに対してだろう。
エルフは食べられないものが多い事は多くの人が知っている。浮世絵離れした俺でさえ知っているのだから、多くの宿泊客を迎え入れて食事を提供している、ここの若女将が知らないはずがないだろう。
「――わたしは、菜食主義なの。森を生きる者として、生き物の命を頂く訳にはいかないの」
エグレも訊かれ慣れているのか、淡々と答える。
「はい、承知いたしました。お食事は今から二時間後の十九時頃を予定しておりますが、そちらでよろしいでしょうか?」
若女将は顔色一つ変える事がなく、微笑を浮かべたまま言う。
「ええ、それで問題ないです」
と、俺が答えながらエグレの顔を一瞥する。エグレは何も言わなかったが、特に異論はない様だ。
「かしこまりました。では、失礼いたします」
そう言い残して、若女将はゆっくりと物音一つしない様な所作で部屋から出て行く。歴戦の武士は所作一つに無駄がなく、何気ない行動でも様になって格好いいという印象を抱くが、この若女将にもどこか武士と通じるものを感じる。それくらい、何気ない所作にも美しさがあった。
再びエグレと二人っきりになった室内で、俺は口を開く。
「エルフって全員が菜食主義者なのか?」
「いいえ、そうではないわ。住んでいた森によって食べ物に関する価値観は違うから、わたしの様に植物しか食さない食事はクラシックスタイルと嘲笑する者もいるくらいには、エルフの中でもマイノリティな考え方よ」
「クラシックスタイルって事はかつてのエルフは皆、植物しか食べなかったのかい?」
「ええ、先人たちは動物を食すことを忌み嫌っていたし、わたしが住んでいた集落では食べない事が普通の事だったのだけど、他の森に住んでいたエルフや、人間社会で共存する中で、動物を食べる習慣に影響を受けた者や、端から動物を食べる習慣のあった者もいるから一様には言えないわね」
「複雑だね。エルフの世界も」
「ええ、本当に面倒よ。菜食主義や魚だけなら食べる者、なんでも食べる者って、同種族なのに、思想も嗜好もまるで違うから。本当に、考えや思想を分かち合う事ができればいいのだけど、自分の食習慣こそが正しいって、自身の価値観を押し付けるくせに、他者の価値観を許容することができない者が多いのよ」
その口ぶりは、エルフの長として束ねている者だけが抱える苦悩という気がした。
そして、本当にエルフも人間も同じようなものなんだなと呆れてしまう。
「動物を食べる事での身体的な負担はないの? そもそもちゃんと消化はできるのか?」
例えば、愛玩犬・猫は食べられない物があるのは有名な話だ。俺が知っているのはチョコレートは動物にとっては猛毒であるとかないとか。ペットを飼ったことがない俺では詳細なことは知らないが。だが、それと同じようにエルフと人間は種族が違うのだから消化できる物も違うのではないだろうか。
「人間は動物を食べても別に消化できるでしょ。エルフだって身体の構造は同じようなものなのよ。ただ、文化が違っていただけで」
エグレは淡々と答える。そして、その答えからわかるように、身体の構造は類似している様だ。
「人間と関わる様になって文化レベルの近代化に近づいたと言えるわ。だから、食文化が変化する事は不思議な事でもないと。でも、わたしはエルフの文化や価値観を守りたい。まあ、わたしのエゴみたいなものだけど」
エグレはそう言って苦笑を浮かべた。
それは本当に寂しそうな笑みだった。
◆◆
――温泉を愛しいている。
わたし、エグレはここにそう宣言する。
一日の疲れを一気に吹き飛ばしてくれるくらい、温泉とは革命的であり、エルフの世界には存在しない革新的な技術であろう。
そういえば、サイキョウのいた世界ではサル? とか、カピパラ? とかいうモンスターも温泉に入るらしいが、この世界ではモンスターが温泉を好むという話は聞いたことがない。
しかし、モンスターであっても温泉を好むその気持ちはよく分かる。
だが、一つ問題があるとすれば、胸が浮力で浮いてしまう事だ。別になにか実害がある訳ではないが、コンプレックスでもある自身の胸が大きい事を、まざまざと実感させられる。温泉の様なリラックスができる場所でも、そんな思いをしたくもないし、そんな事を考えたくもないのだが。
――それにしても、またなんだか、大きくなった気がする。
胸が大きくなってきていると実感したのは、今から六年ほど前からだった。その時は、わたしも大人になってきていると嬉しくなっていたが、二年ほど前から自身の胸が他者よりも大きく肥大している事に気が付いた。そして、重たくて大きいこれに、男共は過剰は程に喜ぶが、わたしとしては邪魔で仕方がない。日常生活でも肩が凝るし、階段を下りる時なんかは足元を邪魔する。だが、それ以上に戦闘の時に邪魔になる。走れば揺れて痛いし、重いから動きが鈍ってもいるだろう。視界も阻まれる。まったくもって利点はない。
「胸が小さくなるような魔法はないものか。いや、これも女の武器として活用ができるか。いや、いいや。今はそんな事を考えるのをやめよう」
誰もいない温泉でひとり呟く。そして、茫然と空を眺める。
脳みそを空っぽにしようと思ったが、再び思考が巡ってしまう。今日一日のサイキョウとの会話がフラッシュバックして、思わず一日を振り返ってしまう。そして、後悔の念に苛まれる。
――それにしても、本当に迂闊だった。
今のサイキョウは、人とは関わらずに浮世絵離れした生活を送っている事は知っていた。だが、その理由はきっとこの世界の為に陰で動いているのか、次に人類が危機に瀕した時の為に自己研鑽に励んでいると思われる。だからこそ、魔王の復活を企てている、『秘密結社 墨染色の暁会』の話をしたのは失敗だった。
サトウ・サイキョウは言った。
「――今度は魔王側の味方になろうかな」
はっきりとこの耳で、その言葉を聞いた。英雄である彼が、そんな冗談を言うはずがない。
わたしがあんな話をしなければ、『秘密結社 墨染色の暁会』の事なんて知らずに、人類に敵対する様な考えには至らなかったかもしれない。もう、人類には見切りを付けたのかもしれない。だが、もしも、魔王が復活して、サイキョウが人類と敵対すれば、その原因の一端はわたしだ。わたしの所為で人類が滅ぶ事になる。そう考えるだけで、思わず身震いをしてしまう。
だが、ある意味では幸運かもしれない。人類を滅ぼう事ができる力を持つ彼の意向を早い段階で聞く事ができたのだから。サイキョウが魔王側になったら、人類が滅ぶ事は間違いがないだろう。だからこそ、エルフは迷う事なく魔王側に付く事ができる。少なくともエルフの滅亡はないだろう。
先代達が人類側に付いた事で種族を守った様に、わたしの命が今もある様に、今度はわたしがエルフを守る番だ。
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