第14話 現場検証は念入りにいいいいいいいいいいいいいい

 ◆◆


 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは捜索していた。


 防衛省・鑑識及び研究機構がカントン平野に広がる焦土に、応援へ来てから一時間ほどが経過した。本来であれば、捜索業務は参謀指揮官の業務外であり、鑑識及び研究機構へ引き継ぐことが通例であるが、ジャック・ダウンはどうしてもこの場に留まざるを得なかった。


「指揮官殿。我々がきちんと役割は果たしますので、どうぞ王都へお戻りになられては?」


 そう声を掛けてきたのは、鑑識及び研究機構の副隊長であるボタン・コショウであった。


「ああ。君か。国家レベルの獣害であった〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウの群れが正体不明の何者かによって蹂躙されたのだぞ。これは、国家の存続が懸かった危機的な状況にもなりかねない危機的状況なのだ。それなのに、討伐されてよかったよかったと呑気に変える人間がどこにいる」


「そうはいいましても……」


「それより、何かこの惨状に残された手掛かりはあったかな?」


「知っているでしょ。鑑識及び研究機構は知り得た情報を口外してはいけない。それが、同じ防衛省職員であっても」


 ――もちろん、知っている。情報の公平と統制を期す為に知り得た情報は、鑑識及び研究機構総部隊長と公安委員会、広報支援部長の裁量によって省内、省外、機密の三つに分けられる。省内は防衛省内には情報が開示されるが、口外は禁ずるもの。

省外は防衛省内のみならず、すべての国民に情報を開示するもの。そして、機密は防衛省内でも一部の人間しか知る事ができない。この機密に特定された情報は東部参謀指揮官であるジャック・ダウンであっても、ほんの一握りしか耳にすることができない。


 だが、ここで何があったのか知らずにはいられない。いや、手遅れになる前に、知らなければいけないのだ。


「昔からのよしみだろ。決して口外はしないと約束するから頼むよ」


「本当に約束してくれます?」


「ああ、約束する」


 ボタン・コショウは面倒くさそうに頭を掻いて、多いな溜息を吐いた。


「はあ、そうですね。本当にここだけの話にして下さいよ。燃えた下草や〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウの死骸から電磁波が検出されました」


「――電磁波?」


「つまり、雷によって〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウは死滅させられたという事になりますね」


「雷? 最後に目撃された三日前から今日までカントン平野に雨が降ったなんて報告はなかったはずだよな?」


「ええ、その通りです。ですので、自然現象という可能性は乏しいかと。それと、死骸の状況から死後硬直が始まって幾ばくも経っていません」


「つまりは、〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウが死滅したのは、今日の出来事の可能性が高いかと」


「まだ、王国の近いくに、いや、すでに王都にいる可能性もあるのか?」


「ええ、至急王へ報告すると共に厳戒態勢を――」


「ちなみに訊くが、モンスターによるものか、人によるものか、自然によるものか、どれがどのくらいの可能性があるんだ?」


「こんな局所的に雷が落ちるなんて事象は考え難いかと……それに、雷を扱うモンスターもいますが、カントン平野に現れたという事例はありません」


「それを言うなら、〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウだって過去にカントン平野に出没した事例はないだろ」


「ただ、モンスターによるものであれば、足跡や体毛など何かしらの証拠が残っていると思われます。証拠どころか争った形跡もないですから――」


「人為的なものの可能性が一番高いと」


「ええ、俄かには信じ難いですが、その言わざる得ません。先ほどの質問に答えるなら、人の手による可能性が八割、モンスターが一割五分、自然も含めたその他が五部って感じですかね。まあ、個人の推察に過ぎませんが」


「君はすぐにその旨を王国へ」


「ええ、言われなくてもそのつもりですが、指揮官殿はどちらへ?」


「検問所へ行く。今日、誰がカントン平野を通過したかを調べる」


 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは走る。


 真実を追い求めて。そして、王国を守るために。



 ◆◆



 旅館のお茶は、いつも飲むそれよりも美味しく感じる。いや、高級旅館が故にこういった細部までこだわっているのだろうか?


 現世では、コーヒーの台頭により緑茶の消費量は低下の一途を辿っていると言われていた。さらに、ペットボトルで手軽に飲める事から、急須で入れたお茶の味を知らない子供たちが増えているとも。だが、現世でもコーヒーを飲むとお腹が緩くなる体質ゆえに、根っからのお茶派閥に属していた俺は、コーヒーのないこの世界はいささか居心地が良かった。


 しかし、コーヒーへの憧れは人一倍あるだろう。なんかカッコいいじゃん。コーヒーって。いや、よくは知らないよ。でも、ブルーマウンテンとか、キリマンジャロとか、グアテマラとか。意味はよく分かっていないけど、なんか言葉の響きがカッコいいよね。横文字だからかな? 緑茶も産地によって名前を英名にすればいいのではないだろうか? 例えば、静岡はサイレント・ヒル? おおーーー! なんかカッコいい! 鹿児島はディア・チルド・アイランド? うーん、なんか思ったのと違う? まあ、名前は日本固有の物だし仕方がない。 

 

 コーヒーがカッコいいところは、焙煎や豆の種類によって風味や味が変わるのがいいよね。そういう違いが分かる大人って感じがしてなんかいいよね。緑茶の場合、焙煎したらほうじ茶だし、発酵させたらウーロン茶か紅茶だもんな。もう、別の飲み物だもんな。


 まあ、格好よくなくても俺は緑茶が好きだ。現代人に逆行して、そう高らかに宣言しよう!


 そんな事を考えながら、最上階の立派な部屋でお茶を啜りながらほくそ笑む。


「――計画通り安く宿泊できたな」


 本当にここまで上手く事が運ぶとは、我ながら上出来である。俺は思い返す。ほんの一時間前の出来事を――


 どこも営業していない宿場町を途方もなく歩き回っていると、入り口から光の漏れ出る宿場を見つけたのは、『ユノナカ宿場町』に到着してから、それなりに時間が経ってからの事だった。


「ようやく営業している宿場があったよー」


 そう言いながら中へ入ろうとする俺の肩をガッチリと掴み、エグレは制止した。


「ここって――」


 そう、エグレはこの宿場を知ったような口振りで言う。


「知っているのか?」


「え? ええ、『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』という高級老舗で有名な宿場よ」


「じゃあ、入ろうか」


 再び一歩を踏み出す俺! しかし、またしてもエグレは俺の肩を痛いほど掴んで制止する。


「待って!」


 先に言葉で言ってくれればいいじゃん! なんで先に手が出るの?


「なによー?」


「高級な宿場よ。一泊でどれだけの請求がされるか分かっているの?」


 ――エグレはそんなに金欠なのか?


 少々、懐事情が心配になる。


「まあ、じゃあ値段だけ聞いて、無理そうだったら今営業している他の宿場を紹介してもらおうよ」


「まあ、そうね、そういう事なら」


「ちなみに宿泊予算はどれくらい出せるの?」


「う、うーーーん、出せて金貨二十枚くらい?」


「じゃあ、金貨二十枚以下だったらこの宿場にしよう。あ! でも、これだけお客がいないのだから、交渉して安く泊めてくれるかもな」


「……交渉? どうやって?」


「最初、俺が最低限の挨拶や宿泊の意向についてを支配人に話す。まあ、支配人でなくてもいいのだけど、ここで重要なのはお金について決定権のある支配人や女将との交渉を行う事だ」


「どうして?」


「金額について決定権のない人間と交渉しても、責任者じゃないと決めかねますと二度手間になるだろ」


「ああ、なるほど」


「そこまで話して、費用はどれくらいですか? と問う。そこで返って来る答えは少しだけ通常よりも高い金額だ。恐らくは少しでも現状の赤字を垂れ流す状況の補填にしたいと考えるからだ。そこで、君は一言。『そんなに高いなら泊まるのはやめよう』と言ってくれればいい」


「やめるって言うの?」


「ああ、きっと先方は少し吹っ掛けた後ろめたさと、一人でも宿泊客を確保したい現状を鑑みて、俺たちを逃したくないはずだ。『じゃあ〇〇で如何ですか?』と向こうから提示してきたらこっちのものだ。あとは予算の二十枚になるまで首を縦に振らないだけ」


「もし、二十枚まで値下げしてくれなかったら?」


「もう一度、宿泊を諦める素振りをする。すると、『予算はどれくらいのご予定ですか?』と先方から訊いてくる。そこで二十枚と答えれば万事解決だろう」


「それで本当に上手くいくの?」


「俺がどれだけ宿場と交渉して宿泊してきたと思っているんだ。この作戦で失敗したことがない」


「なんか、不景気に付け込む様なあなたの悪知恵に若干引いているのだけど」


 そんな罵倒を浴びながら俺は、『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』へと踏み入れた。


 こうして、知っての通り俺は『ユノナカ宿場町』で最高級の宿場である『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』の最も豪華な部屋であろう、黄金の部屋に金貨二十枚という破格の安さで宿泊する事が可能となった。


 ただ、解せないことは、エグレはどこか不服そうである?


「どうしたの? 眉間に皴を寄せて?」


「ずっと思ってたんだけど、確かに最高級の部屋を予定通り金貨二十枚で宿泊はできたけど、もっとグレードの低い部屋だったら、もっと安く宿泊できたんじゃないの?」


「まあ、そうかもね」


「そんな予算ギリギリの最高額じゃなくて、一日だけ寝泊まりするだけなんだから、もっと安価な部屋で良かったんだけど」


「しかし、『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』の最高級の部屋なんて、もう二度と泊まる事はできないかもよ」


「まあ、それに関しては約束の範囲内だからいいんだけど……」


 どうやら、まだ何かご不満があるようだ。


「他に何が気に入らないんだ?」


「なんでわたし達、相部屋なの?」


 そういえばどうして相部屋なのだろうか? 別に支配人の話しぶりから部屋は余っているのだから、それぞれ一部屋ずつ借りても良かった。


「まあ、確かに」


「変な事しないでよね。宿泊中にわたしに指一本触れてみなさい。あなたのぶら下がっているそれを斬り落とすから」


 厳しい目つきでそう断言するエグレの言葉に、俺はその惨状を想像するだけで身震いがする。


 心得ておこう。決してエグレには触れないと。

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