第19話 人探しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

 ◆◆


 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは尋ねる。


『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』の支配人に。


「カントン平野が閉鎖されていた間の宿泊客名簿を知りたいのだが」


「申し訳ありません。お客様のプライバシーに関わりますもので、防衛省の方であってもお見せすることは――」


「これを見ろ」


 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは一枚の紙を取り出す。


 紙を見せると支配人は少し驚いた表情を浮かべてから、再び微笑に戻る。


「そういう事でしたら、こちらに――」


 そう言うと支配人は受付の中へと案内をする。ジャック・ダウンは素直にその言葉に従い、受付の奥へと歩を進めていく。



 ここは応接室だろうか。室内は見るからに高級そうな二人掛けの真っ黒なソファーが、こちらも重厚で高級そうな木製のテーブルを介して対面する様に置かれており、その卓上には白い花瓶に生け花が添えられている。質素且つ簡素であるが、どこか気品を感じる。やはり、こういった客に見せない様な空間であっても、場所相応のプロデュースができるくらいのセンスが、高級宿場であれば備わっているのだろう。『温泉の宿 鐘俱屋かねぐや』には宿泊した事はない。だが、その一端を味わう事ができている。そう思わずにはいられなかった。 


「少々、お待ちいただけますか? 台帳を持ってきますので」


「うむ、分かった」


 そう返事をすると、支配人が一礼をして、応接室から辞して行く。


 支配人と交代する様に室内にノック音が三度響き、返事をすると、今度は着物に身を包んだ美人な女性が二つの湯呑をお盆に載せて入ってくる。


「粗茶ですが」

 

 真っ白な茶碗からは揺れる様に湯気が立っており、


「それでは失礼いたします」


 そう言い残して、女性は小さく一礼をして、この部屋から出て行くと、やはり、交代するように支配人が部屋に入って来る。それと同時に帳簿を机に置く。


「読んでも?」


「ええ、捜査にはでご協力いたします」


 何とも含んだ言い方で協力を表明する。だが、別に今はどうでもいいことだ。ペラペラと帳簿を捲り思う。 


「ふむ。やはり、カントン平野が規制されていた時は宿泊者が少ないな」


「ええ、わざわざ帝国からいらっしゃるお客様も、危険を冒してまで『ユノナカ宿場町』まで来られるお客様も少ないですから」


「むむ、この日、一組だけ最上級の黄金の部屋に泊まっているのは」


「ご存じですか?」


「ご存じも何も、かつて魔王を倒した英雄の一員であったエグレ様と同性同名ではないか。いや、最近では自身の子どもに英雄の名前を付ける者も少なくないから一概には特定はできないが……なにか特徴はなかったか?」


「ああ、よく覚えています。五日連続でお客さんがゼロの日に王国からいらしたと言われており大変に驚きました。その御方は金色の髪をした、美しいエルフでしたね」


(金髪のエルフ! ならばやはり――)


「二人で来ている様だが、もう一人の名前は?」


「すみません。当宿場は代表者様のお名前しか頂戴いたしませんので、お連れ様のお名前までは分かりかねます」


「うーーむ、仕方がないが、その連れの者になにか特徴はなかったか?」


「特徴ですか? うーん、白髪交じりの中年の男性でしたね。これといって特徴は、まあ、年の割に幼さが残っている様な心象を抱きましたが」


(中年の男か……純潔を守るエルフが男女で宿泊するという事は、恋仲という事はないだろう。でも、一部屋しか借りないという事はそれなりに親しい間柄ではあるのだろう。エグレ様は魔王討伐から今までエルフの救済とエルフの町の発展に尽力されていると聞いている。つまり、魔王討伐後に親しくなった人間はいないだろう。少なくとも共に旅をして同じ部屋に泊まるほどの……と、いう事はかつて共に旅をしていた仲間?)


「この黄金の部屋というのはどういった部屋なんだ?」


「当宿場で最も高級で特別な部屋でございます」


「支払いはどちらが?」


「記憶が定かではありませんが、確かお二方がそれぞれで支払っていたかと……」


「ふむ、一泊の金額はいくらだったのかな?」


「そちらのお客様は……金貨二十枚ですね」


 支配人は思い出す様に天井を見上げてから、そう答えた。


 金貨二十枚。確かに高価ではあるが、最高級宿場の最も高級で特別と豪語する割には、噂で聞いていたよりも随分と良心的な価格設定に思える。


「思った以上に安く泊まれるのだな」


「いえいえ、その時は他に宿泊のお客様もいらっしゃいませんし、随分とお上手に値切られてしまったので」


 支配人は苦笑を浮かべながら言う。


 値切りをするという事は商人だろうか。冒険者はプライドが高い。見栄を張る事があっても、人にせがむ様な真似は絶対にしない。ましてや、値切りなんてする訳がない。ならば、どこか大きな商会の主人から帝国までの護衛を、英雄の一員であったエグレ様に頼んだとか? いやいや、それだけの財力があるなら、そもそも提示された金額を払えばいいじゃないか。どうして値切れなんかするんだ?


 エグレ様は確か、王国の一角で自身を長とするエルフの町を築くくらいにはお金はあるはずだ。そんな人がそもそも寝切れをするだろうか? 


 と、いう事は……どういう事だ? 黄金の部屋に泊まるくらいの財力はあるが値切りをするくらいには目ざとい人間――


 長らく防衛省に勤め、プロファイリングにも自信があると自負していた。だが、こんなにも特徴的な行動をしているのに人物像が全く見えてこない。


「この者たちがどこへ行ったか知っているか?」


「……どこと言いますと? この地からは王国か帝国にしか行けませんが?」


「その通りだ。そして、どちらに向かったのかを聞いている」


「……申し訳ありません。そこまでは存じ上げていません」

 

 支配人は逡巡した。何かを隠してる様に。だが、支配人がここで嘘を吐いて何かを隠す合理的な説明が思い付かない。


 だが、これ以上の詰問も脅迫もする事はできない。相手は罪を犯している訳でも護衛兵でもない。ただの宿場の支配人、ただの一般市民である。


 奇妙な気持ちだった。検問所の職員もそうだ。ここの支配人だってそうだ。何かを知っていると思われる人間は、一様に何かを隠したがる。謎を追えば追う程、深く複雑な迷宮に迷い込んでいる。そう思わずにはいられない。



 ◆◆



「この対応でよかったのだろうか」


 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンがいなくなった応接室でひとり呟く。


 確かにこの宿場では代表者一名の名前しか頂戴していない。それは事実である。だが、すべてのお客様が周知している事ではない。


 あのお客様がどこへ行ったかを知っている。だが、ジャック・ダウンに「どこへ行ったか知っているか?」と、問われた時に、何故か脳裏に帳簿への名前の記入を求めた時に、「それは、二人とも書かないといけないか?」と、疑問を呈してきた男性客の顔が過った。

 

 その態度や表情は、自身の身分や立場、名前さえも隠したいという意思が感じられた。もちろん、思い込みかもしれない。だが、長らく宿場に勤めていると、その様に自身の身分を隠し、お忍びで宿場に訪れる者は多くいる。そして、その多くは社会的地位の高い位置に付いていたり、人並み以上の知名度を有している。それ故に、こちらが必要以上に気を遣う事や、この地にいる事、いた事を公にしたくないという思惑があるのだろう。また、日頃の心労を癒す為にこの宿場まで来ており、我々従業員にも心労をしたくないという意思があるのだろう。


 わたしには、国や世界の上に立つ者の気持ちは一端しか理解できない。だが、お客様のその様な心情をできる限り察して応える事も、宿場としての役目だと自負している。


 だが、それ以外にも身分を隠したがるお客様には、逃走犯であり国から追われている身という可能性もある。そして、この度のお客様もその可能性は拭いきれない。だからこそ、もし、防衛省から追われている身であれば、協力するのが国民としての務めであろう。


 では、今回の場合はどちらだろうか。カントン平野を通過する許可が出るだけの冒険者であり、ジャック・ダウンはお連れは英雄のかつての仲間の可能性があるとも言っていた。それを考慮すれば、迷う事なき後者であろう。


 そして、名前を明かさなかった男性客も英雄の仲間である可能性も――


 ならば、崇高な考えと判断があって、帝国に向かわれているのかもしれない。防衛省にそれが知られれば、英雄の邪魔をした証人となってしまう。それは、いくらなんでも恩人に対して、お客様に対して無礼ではないだろうか。

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