第11話 魔王を復活させたいんじゃあああああああああああ

◆◆



「そう言えば、魔王の復活を目論んでいる組織がある事を知ってる?」


 もちろん、知らないし、然して興味もない。


 が、それを口に出して話の腰を折る事をしないくらいの社交性は備わっている。


「人間で形成された組織の話かい?」


「ええ、人間たちが、なんて名前の組織だっけな……」


「名が知れたほど有名なのか?」


「まあ、有名という訳ではないと思うよ。さすがに秘密裏に行動しているだろうし。ただ、かつて魔王を倒したパーティーの一員だからって理由で、自然とそういった情報はわたしのもとへ入ってくるのよ。ああ、思い出した! そうそう、『秘密結社 墨染色くろぞめいろ暁会あかつきかい』だったと思う」


 俺にはそんな話が入って来ない。魔王を倒した張本人なのに。まあ、ずっと家に引きこもっていたのだから当然なのだけど。


「なんで、その『秘密結社 墨染色の暁会』は、わざわざ魔王なんかを復活させたいんだ。人間側にとってこれ以上の平和で平穏な環境のどこに不満があるっていうんだ」


「争いの多い世界の方が嬉しい人間がいるのよ。実際、あなたが魔王を倒してから経営が悪化している職業もあるから。もちろん、そんな人は本当に一部の一部で、王国だけでなく世界中のほぼ全員があなたに感謝しているわ。それは間違いがないほどに」


 まあ、世の中、一長一短って事だな。


 この世界に完全がないように、完璧など存在しない。複雑に絡み合い、様々な人々の思惑と利権が交差して、誰かにとっての利益は誰かにとっての不利益となっている。つまり、現実世界は勧善懲悪など存在しないということだろうか。


 ――だが、しかし、思う。


 『秘密結社 墨染色の暁会』って名前は格好いいな。いや、秘密結社という存在が何だからただならぬ雰囲気がして格好いいじゃないか! 俺も作りたいな秘密の組織 例えば、黒の組織とか――いや、なんだか仲間が裏切り者のスパイだらけの組織になりそうだ。じゃあ、強そうな動物から拝借して、鷹の爪とか――カクカク動くギャグアニメになりそうだな。

 そもそも、秘密結社を作ったところで活動目的が分からない。何を目的として秘密裏に行動する必要があるんだろうか? 


 『秘密結社 墨染色の暁会』みたいに俺も魔王の復活を目指す? いやいや、それじゃ二番煎じ甚だしい。別に魔王より俺の方が強いし――


 だったら、俺を中心に世界征服を目標とかにして、そして、世界を相手に戦いを挑む。


 なんだか、やっている事は魔王みたいだな――まあ、そもそもの話、人望のない俺に付いて来る人がいるとは思えないけど。だったら――


「――今度は魔王側の味方になろうかな」


 俺は呟く。そんな、どうしようもない冗談を言う。


 さあ、エグレよ! おじさんは親父ギャグを言ったよ。大いにツッコんでくれ! そういう方法でしか、若い女性とコミュニケーションが取れないんだ。


 だが、エグレは明らかに焦燥の表情を浮かべ、後悔の念がはっきりと伝わってくる。心なしか怯えたように震えている様にも――


「もし、もしも! あなたが本当に魔王側に付くのなら、わたしにも一報連絡頂戴!! わたし達エルフもあなたに付いて行くわ!!」


 ――も、物凄い剣幕で凄まれる。


 今になって「冗談だよーーー」なんて笑える状態ではなくなる。まあ、悪趣味なジョークを言ったことは認めるが、ここまで真面目に受け取るかな? こんなに真面目で頭の硬い奴だったかな?


 いや、それだけ、かつて共に旅をした俺の事を大切にしているのだろう。決して、敵となった俺に剣を向ける事ができないという事なのだろう。きっと――


「あ、ああ、万が一にも魔王側に付いたら、付いた場合だよ。まあ、なんだ、君に連絡するよ」


 いや、まあ、そんな事は有り得ないだろうけど――


「絶対だからね!! ぜったいのぜったたああああああい!!!!! だからね!!!」


 エグレから必要以上に念を押される。


 もうこうなると、万が一にも魔王が復活したら魔王側に付かないといけないみたいな空気になってない? この誤解は解けるの?



 ◆◆



 ――とある武器庫の地下に部屋がある事は誰にも知られていない。知っているのは十三人の男だけだった。


 そんな、秘密の部屋ではこの日、『秘密結社 墨染色の暁会』により、月に一度の定例会合が開催されていた。


 卓上に置かれた二本の蠟燭だけが周囲を照らす薄暗い室内に、十一人の男たちが丸いテーブルを囲い円座している。通例では全員が出席する事が多いが、今日に限っては珍しい事に二人の欠席があった。だが、そんな事を意に介さず、いつも通りに会合は執り行われる。


 室内にいる全員が黒いローブに身を包んでおり、フードを深く被っている。そこには、素顔は仲間であっても明かしたくないという意思があった。


「それで、各人の進捗状況の報告を――まずは、ダイヤのAエース


 いつもの通り、ダイヤのXIIIキングと呼ばれている男が進行を務めている。そして、ダイヤのAエースへ状況の進捗を求めた。


「順調に魔王様の復活のための【魔窓岩】を収集しております。今のペースでいけば早ければ半年以内には復活に必要な十二分の量を収集できるかと思います」


「「「おぉ!!」」」


 ダイヤのAエースと呼ばれる男の報告に室内から歓声が上がる。


「順調の様で喜ばしい。次にクラブのスリーは?」


「はい、魔王様の【命の欠片ハート・ピース】と思われる候補地が三カ所まで絞り込むことに成功しました」


「「「すばらしい!!」」」


 クラブのスリーと呼ばれる男の報告に、室内から一様に賛辞上がる。そして、変な空気が流れる。

 偶然にも全員が同じ言葉で褒めたたえた事に対して、 妙な気まずさがあった。


「順調の様で喜ばしい。次にハートのスリーは?」


「ケケケケケ、魔王様の復活に不可欠な蘇生魔法陣は、わたくしの権力を利用して魔法協会からの逸れ物たちに協力を要請する事へ成功しました。つまり、復活魔法の手配においては何も問題なく進行しております」


「「「さすが!!」」」


「なるほど。素晴らしい。では次は――――」



 ◆◆



 こうして、一通りの定期報告を終えて、驚くほどに順調である事が知らされていく。


「いよいよ魔王様の復活の時は近い!」

「ようやく、我々の努力が報われる!」

「王国に目に物を見せてやりましょう」


 思い思いに期待と歓喜の思いを口にする。その卓上にいるすべての者からは笑みがこぼれていた。ただひとりを除いて。


 一人だけ浮かない顔をしている男は、皆からはダイヤのセブンと呼ばれる中年男性だった。ダイヤのセブンは歓声の中でひとり思う。


(確かに皆の言う通り、ここまでは順調である。だが、一つ想定しておかないといけないことがある。この世界には魔王よりも強い存在がいると――)


 隣に座る、僕と同様に黒いフードに顔を隠す男に尋ねる。彼は声から察するに中年から初老の男性であり、職業も本名も僕は知らない。だが、常に『秘密結社 墨染色の暁会』の定例会合では隣に着座するため、何となく会話を交わす関係となった。そして、ここではスペードのジャックと呼ばれている。


「一応、訊くが依然として勇者として名高い、魔王を打ち倒したサトウ・サイキョウはどこにも姿を見せていないのですね?」


「貴方もしつこい御方だ。目撃証言もこの十年の間、聞かれていません。最近では街で彼の噂さえ聞かなくなりました。誰も居住地どころか、消息すらも掴めていません。あれだけ強大な力を持った御方が、ここまで自身の存在を消すには、十年間どこかのボロアパートにで引きこもっていなければ不可能な所業です。間違いなく、もう死んでいる。そして、それを国民に知られるとパニックが発生して、内乱や暴動のトリガーになりかねない。もしくは、他国からの侵攻を助長する恐れがある。だからこそ、内密にその事実を処理したと考えるのが妥当です――――そう、結論が出たでしょ」


 スペードのジャックは諭す様に滔々と語る。


「そうなんだが――」


「たった一人の力によって、我々の努力がすべて水の泡と化すのが怖いんですよ。だから、少々センチメンタルになっているのです」


 確かにここまでの道のりは本当に長く苦しかった。思えば、魔王を倒したと号外が出た時は皆と同様に僕も嬉しく、歓喜した。英雄であり、勇者でもあるサトウ・サイキョウに心から感謝した。だが、知ったのだ。僕の事業は魔王の存在があったから成り立っていたのだと。魔王という恐怖があるから、人々は武器を求めたのだと。


 平和になっり浮足立った世界で、対照的に僕の仕事は衰退の一途を辿っていた。そして、魔王の存在が、圧倒的な恐怖が王国を支配する事を望んだ。三代にも続く武器屋としての家業が僕の代で終わらせない為に――


 そんな時だった。「魔王復活に力を貸してくれないか?」と誘われたのは。


 僕は即答で『秘密結社 墨染色の暁会』へ入会する事を決め、今では十三人の幹部の一人にまで上り詰めた。


 何としても魔王を復活させたい。志を共にする顔も名前も知らない、張りぼての関係の僕たちだが、確かに結束力はあった。そして、今では魔王復活こそが生きる目標であると盲目的に信じている。


 ――誰にも邪魔させない。邪魔をされて堪るか!!


 だが、本当にサトウ・サイキョウはいないと断言できるのだろうか? 証拠だって、証言だってない。あるのは、十年間、姿を見せていないという事実からの憶測でしかない。


 皆が臭い物に蓋をする様に信じたくない事を敢えて サトウ・サイキョウは死んだ。そんな、信じたい事を信じようと無理をしている様にも感じる。


 ダイヤのセブンは、脳裏を過る嫌な予感を拭う事ができなかった。


 そんな心中は誰も知る由もなく会合は次なる議題へと進む。


「それでは、次に魔王様復活の為に必要な物についてですが、エルフの純血が必要です。それも、十人以上の血が――」


 ダイヤのXIIIキングは、淡々と言葉にする。


 だが、室内はその言葉に騒めく。今までも幾つもの無理難題が押し付けられてきた。しかし、他者の命を奪うような事はなかった。だからこそ、この内容には躊躇と戸惑いが巡っている。


「純血という事は命を奪うという事ですよね……」


 誰かが思わず、そう呟いた。


「そうでしょうか? 魔王様が復活すれば多くの者が命を落とします。その覚悟がある者がこの場にいると思っていましたが? そして、その為には当然ながら犠牲は付き物です」


 ダイヤのXIIIキングは、極めて冷静に反論する。


「だ、だが、自らの手で他社の命を奪うとなると……」


「モンスターが道手を阻んだら殺しますよね? 部屋に蛆が湧いたら殺しますよね?  最近では、エルフが人間と同等の公民権があると主張している輩がいますが、奴らもモンスターや虫けらと同じです。ただ、人間と姿が似ているだけで、ただの獣です」


 ダイヤのXIIIキングの理路整然としたその主張に思わず、命を奪う事への正当性と、罪悪感や躊躇いが薄れていく。室内はそれ以上、この依頼に対して反対する者はいないと思われた。


 だが、今度は別の角度から疑問が飛ぶ。


「しかし、王国のエルフ街はあの英雄の仲間だったエグレがいますから、下手に手を出したら大変な事になりかねませんよ?」


「そこで、帝国です。あそこにもエルフの集落があるそうです。そこなら、手薄でしょう。それに、依然として帝国では迫害意識が強いですから、多少間引いても問題にもされません」


「確かに帝国なら」

「うむ、そういう事であれば……」

「なるほど、それで、誰をその役割に?」


「今、手が空いている者は……スペードのジャック、それと、ダイヤのセブンのお二方にお願いしたいのですが」


「承知いたしました」


 スペードのジャックは仕事が与えられたことが嬉しいのか、随分と弾んだ声で即答する。


 だが、僕は逡巡する。当然であろう。エルフは獣であると言われても、彼らも人と姿は瓜二つであり、人語を発する。罪悪感や戸惑いを抱かない訳がない。


「どうしましたか? スペードのセブン?」


 ダイヤのXIIIキングは優しい口調で僕の返答を求める。


 ここで断ればどうなるのだろうか? 


 そんな事が脳裏を過るが、進み覚悟も後退する覚悟もない事はとっくに自覚している。覚悟をしなくては。そんな焦りが思考を歪ませる。


 蝋燭に灯っる小さな炎はゆらゆらと揺れる。それと共に、僕たちの影もゆらゆらと揺れている。それが、僕たちが人で無くなってきている証拠に思えて怖かった。だが、どうせ覚悟がないのだから、前進しよう。


「……謹んでお受けいたします」


 僕は小さく呟く。


 その言葉に室内からは小さく拍手が上がった。その音がこの世界で最も醜く、どうしようもない程に不快な音に聞こえていた。

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