第9話 討伐つつつつつつつつつつつつつつつつつつつつ!!

 ◆◆

 


 よく言えば長閑のどか、悪く言えば平坦で退屈なカントン平野を歩いている。さすがは、最も交易が盛んな帝国との道だけあって、舗装されたている様で、煉瓦が敷き詰められており、王都や市街地から随分と離れているにも関わらず、極めて整備されている印象を抱く。


 それが、この道の先にある帝国が極めて重要な友好国であり、

輸送路である事の証明でもあった。


 そして、そんな長閑のどかな風景とは対照的に、俺の心情は穏やかではなかった。半分だけ露出させたエグレの大きなおっぱいが、歩くたびにバイン、バインと揺れている。その強調された胸を横目で眺めながら、俺の性的欲求はどんどんと高まっていく。


 かつて共に旅をした仲間なのだから、本来であれば欲情などするはずがないのだが、ここにいるエグレにはかつての幼子の面影が薄く、まったく別の若く綺麗な女性と共に旅をしている気持ちになる。


「ここからの予定は?」


 そんな煩悩を振り解くように、俺はエグレに問う。


「日が暮れる頃に国境付近に宿場町に着く予定だから、そこを目指す」


「宿場町かー」


「なに? なにかご不満でも?」


「いや、売春宿はあるのかなって?」


「遊郭のこと? あるんじゃない? てか、前に会った時も堂々とオナニーしてたなんて白状していたけど、本当にあなたの脳内ってオスの本能の塊ね。それでいてデリカシーがない。普通、女性を面前にしてそんな事を言わないし、訊かないから。モンスターなんかより、あなたに身の危険を感じるのだけど」


 エグレは引きつった顔でそう言う。


 失礼な事を言う小娘だ。俺は双方の承諾を得た状態でしか性行為をしない。だが、まあ、確かに、ふたりっきりの状況で隣にいる男が風俗の有無を尋ねてきたら、普通は引く。と、言うよりも気持ちが悪い。そこまではっきりと言わないのは、かつて共に旅をしたよしみだからなのか、それとも、エルフの遊郭を紹介するくらいだから比較的、性に対して寛大なのだろうか。


 妙な空気を払拭するために、俺は話を変える。


「それにしても、立派な道だな」


「ええ、そうね。ここは王国の動脈と言われている道なの」


「それなのに、ここまで閑散としているという事は、王国は心不全の一歩手前って感じかな」


 俺は嘲笑する様に言う。だが、この例えは意外にも的を得ていたのか、小さく頷きながら肯定の言葉を漏らす。


「本当にその通りなの。塩も海産品も王国では生産できないから高騰しているし、小麦も今年は不作だった影響で帝国から輸入に頼りっきりだったし、いろいろな重要物が不足している状況なのよ。」


「今年は街で雑穀パンが多く散見されているのはそれが理由か」


「物価の高騰で貧困層は余計に苦しいし、王国内での窃盗件数が増えているとかで、そっちに護衛兵が手を回しているから、他の犯罪率も上がっているのよ。本当に治安が悪くなりつつあるわ。その所為もあって、住民の多くが防衛省とか冒険者組合へのフラストレーションが相当溜めっている様子ね」


「何か国や冒険者だって手を打つんだろ」


「まあ、防衛省と冒険者組合が協力して、〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウの討伐隊を結成するって話だけど」


 防衛省と冒険者組合は互いの仕事を奪い合う関係であり、不仲だと聞いた事があるが、そんな二団体が協力してまでしないと倒せないほどの強敵なのか。少なくとも、そのモンスターのお陰で王国内は随分と混乱が生じている様だが。


「そんなに強いの? ねえ、モンスターの気配はある?」


「さあ? わたしたちの脅威になりそうなモンスターはいなさそうだけど」


 その言葉に少しだけ安堵するが、依然として襲撃の脅威は拭い切れない。だが、仮に襲われても撤退の術はないだろう。援軍も期待できない。本当に頼りにしてますよ!エグレさあああんんんん!!!!


 なんて女の子に頼りっぱなしというのも如何なものだろうか? 少し、準備運動がてら、攻撃魔法を試してみたり、低レベルのモンスターを久しぶりに狩ってみたいな、なんて事を考えている時に不意にエグレから胸を突きさす様な質問が飛んで来る。


「ねえ、十年間も戦闘から離れて、戦闘魔法も放っていなかったって言っていたけど、魔王を討伐してから今までなにをしていたの?」


 その質問は俺にとっては地雷である。


 そんな、社会復帰しようとしているニートに対して辛辣に現実を突き付ける面接官か、たまに実家に顔を出すデリカシーのない親戚か、ハロワに訪問した麻生太郎みたいな事を言わないでくれ! 訊かないでくれ!!!

 

 だが、久しぶりに会った仲間が、別々の人生を歩んでからの人生を、どんな風に歩んできているのかは興味はあるよなーーー。俺も高校時代の同級生とか、成功している奴には興味はないけど、イケイケだった奴が太って禿げて無職になったとか、高飛車で鼻につく奴が水商売堕ちしたとか、騒ぐだけの自称陽キャが犯罪者になったって話を小耳に挟んだ時は涎垂らして喜んでいたなーーー。


 結局、今は関わりのないけど、過去に接点のある知人くらいの関係性だと、成功しているなんて話はどうでもいいけど、失敗している話は異常などほど面白いんだよなーーー。


 だが、そんな悪口や噂話が今は笑えないのは、多分、俺の今が失敗した側の人間だからだ。


「なにもしていないよ。魔王の討伐で倒したお金を食い繋いで生活している」


「……そうなんだ。警備をしているって前は言っていなかったけ?」


(そんなことを言ったっけ? ああ、自宅警備員のことか。ついついあの時は見栄を張ってそんな嘘を吐いてしまったな。でも、嘘ではないか、自宅警備員なのは本当だしな)


「まあ、それはしているけど仕事ではないから」


「……そう、やっぱり」


(――やっぱり? なにがやっぱりなんだ。やっぱり、無職なんだってかつての仲間の悲惨な末路を哀れんでいるのか? 別にいいんだよ! 俺は今の生活に満足しているし、それなりに楽しいから)


「まあ、いいや。それよりあなた、十年も実践から離れていたんでしょ。なんだか、強いモンスターがこの辺りに生息しているらしいけど本当に大丈夫なの?」


 エグレは俺の顔を覗き込みながら、そう問いて来る。


「うーーん、どうだろう? さすがに倒せなくても、逃げるくらいは協力すればできるかもしれないけど」


「ねえ、それならリハビリだと思って、あそこにいる鳥のモンスターを倒してみたら」


 エグレは遠くの方を指差しながら、そう提案する。


 俺はモンスターの存在など視認しておらず、彼女が指差す先を目を凝らして睨みつけると、確かに飛翔しているモンスターが何匹かいる様だ。


「よく見付けられたね」


「捜索や感知能力は依然として衰えていないのよ。何なら、あの頃よりも強化されていると言っても差し支えないくらい」


「あいつら、こっちに向かって来ているのかな? まあ、弱そうだし問題ないか。じゃあ、久しぶりに魔法を撃ってみようか。何がいいかな?」


「飛行しているモンスターだし、無難に雷魔法とかでいいんじゃない?」


「じゃあ、久々に【神の稲妻】ゴッド・サンダー撃ってみようかな」


 俺は全身に流れる魔力を胸部へ集中させる。


 ――久しぶりの感覚だ。


 高出力魔法を放つ時はいつだってそうだ。妙な高揚感が心臓を高鳴らせる。どれだけの魔法が放たれるのか、自分事ながら楽しみになる。多分、SNSとかでどれくらいバズるかなーーーって期待しているインフルエンサーがこんな気持ちなのだろうか?


――いや、知らんけど。


 足元には三重の魔法陣が形成され、天に昇る様に真っ直ぐと光の柱が俺を包んでいた。


 

 晴天だった空に、黒く重たい曇天が瞬く間に覆いつくされる。


 ……ゴロロロロロロロ――――

 周囲に雷鳴が轟く。魔法の準備は整った。


 あとは、魔力の解放―――


 ――ピカ!!!


 周囲を覆いつくす様な一瞬の光と共に、曇天から飛行するモンスターの群れへ真っ逆さまに落ちていく、雷光が一瞬でモンスターを呑み込んでいく。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォガーーーン!!!!!


 それと共に少し遅れて、霹靂へきれきが轟く。かと思った時には、飛行するモンスターがいたであろう場所には白く光り輝くドーム状の爆雷が包み込むと共に、その爆発により周囲には強風は吹き上げ、土煙を巻き上がりながら俺たちの視界を数秒間にわたり遮る。


 そして、さっきまでの曇天が嘘の様に再び太陽が漫然と光を放つ。雲一つない晴天が再び訪れたカントン平野には、上空を飛行するモンスターの姿は影一つなかった。それは、飛行していたモンスターへの魔法の命中と討伐を意味している。


 今も尚、遠くから、白い煙が複数個所から上がっている。未だに鳥型のモンスターが燃えているのだろうか。


  雷で焼かれた焼き鳥は食べた事がないな。でも、やっぱり、焼き鳥は備長炭で焼いて欲しいよな。雷みたいな一気に高温だと中が生焼けになってそうだし、、、

あと、なんだか口の中がビリビリしそうだもん。


 微かではあるが、依然として焦土の香りが風に乗って鼻腔を刺激する。



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