第8話 検問所00000000000000000000

 この世界に熱と光をもたらす恒星が、今日も燦燦と照り付ける。現世では太陽と呼ばれていた存在に類似するそれは、この世界では星の神さんさんと呼ばれている。星の神さんさんも公転によって、ぐるぐると一日中、忙しそうに回っており、昼と夜をこの世界にもたらす。だが、俺は星の神さんさんの事を現世と同じように太陽と呼んでいる。つまり、本書でも太陽と表記される。ここまでの説明は蛇足でしかない。


 そして、太陽が丁度、真上に訪れた頃に俺たちは検問所に着いた。


 人工物がなにもない下草が一面に広がるカントン平野はかつて、低レベルのモンスターしか出現しない事と、盆地としての利便性に着目され、王国の都市開発の候補地として最有力視されていた。だが、かつて関係が悪化していた帝国による領土主張と、魔王との戦争により財政難に陥った結果、そんな計画は頓挫した。そして、魔王が滅び十年が経過して、帝国との関係が軟化して王国の領土であると両国間で認識した今でも、計画自体は依然としてあるものの、着工はなされていない様子である。


 幾度か来た事のある場所は十年前と然して変わっていない。ただ一つ、大きな変化があるとすれば、フェンスが設置されており、行く手を阻んでいる事と、小さな建造物がフェンスのつなぎ目の様にポツンと建てられている事だ。


 そこは、ここから先に進むことを許さないという強い意思の感じる。地平線に張られた金網フェンスには『立入禁止』と『危険』の言葉が書き記されていた。それだけで、ここから先が命の危機に晒される場所である事を物語っていた。


 そして、一見すると平屋の民家の様な小さくて白い、この建造物こそが俺たちが目指していた検問所である。


 昼時というのに閑散としていた。カントン平野を経由して帝国へ行くための検問所は現在、三か所しかないと聞いている。だが、現状では多くの商人は、本来であれば最短ルートである、カントン平野を迂回する様に通行しているそうだ。


 俺たちが入口で汗を拭っている警備員? だと思われる、気だるそうで日焼けした中年の男性に声を掛ける。

 男は少し驚いたように目を丸くしてから、口を開いた。


「カントン平野から帝国へ行くのかい?」


「ええ、その予定よ」


 エグレは端的そう答える。


「Aランク以上の冒険者なのかい?」


「ああ、まあ、一応は」


「そうかい、今、冒険者組合でも防衛省でも手を焼いているモンスターがカントン平野にはいるんだ? 命が惜しければ辞めといた方がいいぞ」


「別になにも問題はないさ」


 今度は俺が答える。

 そう、エグレがいれば別に何の問題もない……はずだ。


「まあ、いいや。中に検問官がいるから、検問してくれ。許可が出ればカントン平野に行けるだろうよ」


 男は俺たちがカントン平野へ行く許可が出ないと高を括っている様子でそう言い、検問所の扉を開いた。



 ◆◆



 検問所はどうやら、ひとりずつ身分の確認と通行目的について尋問されるようだ。先にエグレに検問が行われ、次いで俺が検問室に通された訳であるが――


 机を隔てて対面に座る若い男が、ひどく高圧的な態度で俺を詰問していた。

 弱い犬ほどよく吠えると言ったものだが、そんなことわざが的を獲た様に、威厳と毅然を出そうと、必死に虚勢を張っている。そんな風に見えてしまった。


「なんだこの冒険者カードは?」


 机に椅子しかない簡素な室内に、そんな声が響く。奥で壁と対面する様にペンを持つ初老の男は秘書なのだろうか。ここまでのやり取りを記録しているのだと思われる。ペンは持っているが動いてはいないが。


 何だろう、この既視感……どこかで見た様な……そうか、この風景はまさにそう!! 取り調べである!!


 ならば、可能であればかつ丼を所望する!! 

 サックサクのカツに、とろとろの卵でじられた魅惑の丼ぶり! そして、久しく食していない米! お・こ・め! さーらーに、その上に鎮座する三つ葉は絶対に必要だ!! 断言する! かつ丼に三つ葉の存在は絶対に必要である! 必要不可欠であると!!

 俺は常々思っている事がある。諸君らは薬味という存在を軽視してるのではないか? ……と。

 牛丼に添えられた紅しょうがは、カレーに添えられた福神漬けは、蕎麦と共に出されるネギは、そうめんとまぶされた青葉は、鰻重と共に出されるお漬物は、必要がないと言うのかあああああああああああああああああ!!!!!!!!


 否、俺にとって牛丼とは、紅しょうがを食べるための補助に過ぎない。

 否、俺にとってカレーとは、福神漬けを食べるための補助に過ぎない。

 否、俺にとって蕎麦とは……まあ、蕎麦は蕎麦が主役だ。

 否、俺にとってそうめんとは……そうめんはどっちも主役ではないか――

 否、俺にとって鰻重とは、、、うん。鰻重を食べる時は漬物は完全に箸休めだわ。


 異論反論は認める! 正直、ここまで偏食で主張が強いと否定的な意見の方が多いだろう。大丈夫! 俺の食の好みがマイノリティーである事は自覚している。


 つまり、何が言いたいかといえば、彼らの存在があるから、主役はより一層と際立つのである。そして、その力は時に主役を凌駕して呑み込むほどである!!


 さて、依然として検問官である若い男は随分と怪訝そうな顔で俺を睨んでいる。


 で、あれば、やる事は一つ! 身の潔白である。さながら、無実の罪で投獄された冤罪犯である様に少し大袈裟に俺も答える。それが、役者としての使命であろう。


「なにって、至って普通の冒険者カードですが?」


「SSSランクの冒険者なんている訳がないだろ!!」


 検問官の男は声を荒げてそう言う。どうやら偽造だと疑っている様だ。彼が言うことが本当ならば、十年以上の月日が経ったというのに、依然としてSSSランクの冒険者が俺以外にいないということなのだろうか?


「正真正銘の冒険者組合から発行された冒険者カードです」


「偽造の冒険者カードを作るにしても、もっとマシなものを作れ!! なんだSSSランクって! 子どもか!!」


(――俺も授与された時に、なんだよSSSランクって!! て、思ったなーー。まあ、そうは言っても、そのランクを授与したのは冒険者組合の組合長だぜ? 組合長のセンスなんだぜ? 俺を責めないで欲しいよ。トホホ)


 だが、授与されて冒険者としてSSSランクである事には虚偽はない。


「――SSSランクの冒険者?」


 奥に座る書記だと思われた初老の男が、デスクに置かれた眼鏡を掛けながら、押し問答をしている俺たちの所まで歩み寄って来る。


「どれ、見してみなさい」


 その言葉を聞き、検問官である若い男は素直に初老の男へ手渡す。


「……もしかしたらと思ったが間違いない。本物だよ。この冒険者カードは」


「ば、馬鹿な! 聞いたことがありませんよ! SSSランクなんて」


 若い男は依然として喰い下がらない。


「ああ、聞いたことがないのも無理はない。十年以上前にある御方にだけ渡された特別な称号ランクだ」


「ある御方のみ?」


「貴方様は、魔王を討伐して世界に平穏を授けて頂いた勇者サトウ・サイキョウ様でおられますか?」


 久しぶりに誰かから自分の名前を呼ばれた。


 しかし、物語が進行して随分と時間が経つというのに、今になって主人公の名前が分かるというのも……まあ、なんだかなーーーって感じだけど、サトウ・サイキョウってなんだよ! その名前! wwwwwww 


 しかも、最初に主人公の名を言うのが、恐らくはもう登場しないであろう検問官のおっさんって大丈夫かよ! てか、こいつおっさんを登場させ過ぎじゃないか? 女性キャラは未だ、エグレの一人しかいないぜ! それに対しておっさんが何人出てきたよ! 数えるのも馬鹿馬鹿しいから数えないけど、近代ライトノベルは、異世界ファンタジーは若くて綺麗な女性キャラを出してなんぼなんだよ! 


 と、読者諸君の心情が聞こえて来るが、その意見に俺は言いたい!! 確かに!!!!!! 、と。

 ほんとっすねーーー、おっさんしか出てこないってどうなんすかねーーー、とヘコヘコしながらお調子者の風見鶏みたいなポジションで相槌を打ちたい。


 あーーーーー、若い女を書きたいーーー!!!!!!


 ああ、話の腰を折ってすんません、で、何の話でしたっけ?

 あーそうそう、おっさんから主人公の名前が「サトウ・サイキョウですか?」って確認されたところでしたね……では、続きをどぅーーーぞ。


「――まあ、そうです」

 

 俺は短い言葉で自身がサトウ・サイキョウであると肯定する。


「十年近く姿を御見せにならず、隠れられていると聞きましたが、再び世界のために動き出して頂いたのですね」


(いや、FIREしていただけだから。ただ、面倒くさくて働いてなかっただけだから!! 世界の為じゃなくて、エルフしかいない遊郭に行きたいだけだから!! やめて!! そんな、崇拝するような目で見ないでえええええええ!!!!!!!)


「まあ、ちょっとだけ帝国まで用があって」


「左様でございますか。勇者様に助言するなんて厚かましいですが、一応、道中に〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉の群れが住み着いておりますので、くれぐれもご注意くださいませ」


 若い男は気まずそうに目を泳がせていた。

 分かるよその気持ち! さっきまで詰問していた相手が圧倒的な格上だと分かったらそんな感じになるよね。

 大丈夫、おじさんは分かっているから! 君は真面目に仕事に取り組んでいただけだと。


「あのーーー、俺がここに来た事も、帝国へ行った事も、ご内密にお願いできますか?」


 別に理由はないが口止めをした。だって、なんか恥ずかしいんだもん。


「はい、承知いたしました」


 初老の男性は深々と頭を下げる。


 その熱量に若干だが引いていた。

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