第7話 討伐計画は綿密にいいいいいいいいいいいいいいい

 ◆◆



 街は閑散としている。まだ商店は営業をしていない様だ。それもそうだろう。随分と朝が早い。


 よく、地方から来た観光客が朝早くに張り切って来たのはいいものの、どこもお店がやっていない様な心情である。そして、二十四時間営業しているコンビニの前で、飲みたくもないコーヒーを啜っているような…………。


 この例えは分かりにくいだろうか……なんだか、わかり難い気がするけど、まあ、計画性もなく旅行の段取りをするとこういった事象が度々ある。例えば、綺麗なラベンダーが咲く広場に行ったが、時期がズレておりラベンダーが咲いていなかったり、美味しいと有名な海鮮丼屋さんに行ったが定休日だったり、動物園に行ったが定休日だったり、水族館に行ったが定休日だったり、映画に行ったら公開日がズレていたりとか――――


 うん、インターネットで調べれば、すぐに分かることをどうしてやらないんだろうね、俺は。モテる男とモテない男の違いってこういうところなのかな?


 別にいいし、モテなくても、彼女がいなくても、俺には風の俗があるもん! 嬢に励ましてもらうもん!!


 あーーーーーー、虚しい。


 さて、現世とは違う建造物が建ち並ぶのは異なる世界なのだから当然ではあるが、木造でできた建造物が多いのは、ここが森林や山々に囲まれた内陸国であり、森林資源が豊富である何よりもの証拠であるように感じる。


 この光景は、現世での田舎にあった祖父の家へ遊びに行った時や、かつて現世で永住していた国では、領土を争い戦国と言われていた時代から、国を統制して天下統一を成し遂げ、平穏で平和な時代が長く続いたと言われている頃の風景をを彷彿とさせ、タイムスリップしたような気持ちにさせられる。


 俺はこの街並みが嫌いではなかった。


 週に何回かは家を出ることがあるが、大体夕方から夜が多いため、涼し気な朝の陽ざしを久々に浴びて、思わず目を細めてしまう。


「帝国まではどういうルートで行く予定なんだ?」


 俺は今日の予定を、これからの計画をエグレに問う。


「平野が閉鎖されているって言ったでしょ。だから、検問所に行って許可を得ないといけないの。確認だけど冒険者カードは持っているわよね?」


「持って来たけど、よくよく考えたらエグレも魔王倒した後、一緒に授与されていたよね?」


「わたしはあなたより低ランクだし、別に冒険者の職は必要なかったから放置していたら更新期限が切れちゃって、失効扱いになっちゃった。別にそれでも良かったんだけど、まさか必要になる日が来るとはね」


「へー、冒険者カードにも更新手続きなんてあるんだ」


「え? 知らなかったの? ランクを授与されて十年くらい経つのに?」


「まあ、うん、知らなかった」


「じゃあ、更新の手続きしていないって事よね? 更新期間はランクによって違うんだけど、あなたって確か――」


「SSSランクだけど、更新期限はいつまでなの?」


「知らないわよ! そんな王国でも一人しかいない特別なランクの更新期限なんて。カードに書いてあるから確認してよ」


「えーと、どれどれ……」


 俺は立ち止まり、そう言いながら、目の前の空間に穴をあける。その穴に手を突っ込んで冒険者カードを取り出す。これはマジックボックスという魔法である。マジックボックスとは別次元にある空間を個人の保管庫として利用する魔法であり、どこにいる時もどんな場所でも収納が可能な、まあ、四次元ポケットみたいなものだと思ってくれ。


 エグレは肩越しから俺のカードを覗き込みながら、呟く。


「本当にSSSランクっていつ見ても冗談みたいなカードね。子どもが考えたみたいな」


 同意見だ。俺も幼少期の頃に考えた最強のキャラクターがこんな感じだった気がする。世界で一人しかいない最強ランクで、髪がツンツンにした金髪で、筋肉隆々で、口癖はオラ、ワクワクすっぞ! ……滅茶苦茶、世界的コミックにインスピレーション受けているじゃん! 幼少の頃の俺!! 


 ついでにいつだって半裸で……? なんで? 不審者じゃん! 服を着させてあげて! 最強でも服は着させようよ、幼少期の俺!


 そして、極め付けは、目が合ったら死ぬ……。


 そんな設定だった。さて、幼少の頃に作ったそのキャラクターはどうやって生活してるのでしょうか? 目が合ったら死ぬとか、社会性ゼロじゃん。共同生活不可能じゃん! 森の中で自給自足で生きているの? 世界一強いかもしれないけど、世界一危険で可哀想じゃない? なんだか、可哀想な熊みたいな奴だな。幼少の頃に考えた最強のキャラクターは…………。


 因みに熊は目を逸らすと襲って来るそうだ。つまり、熊と反対の性質だ。そう考えるとなんだが弱そうだな。さらに言うとヒグマは目を逸らさなくても襲ってくるそうだ。北海道おっかないな!!


 さーーて、何の話だっけ? ああ、そうだ、更新期限だ。どこに書いてあるんだ? えーーと、なになに――


「ああ、SSSランクは別に更新が必要ないみたい」


「別にあなたの功績と強さを考えると、こういう特例に不満はないんだけど、世の中って本当に不平等だよね」


 不服そうに頬を膨らませるエグレを横目に俺は依然として、冒険者カードを睨んでいた。SSSランク――それは、強さの証明でもある。


 だが、今の俺にSSSランクが授与されるだけの強さがあるのだろうか……?


 十年以上モンスターと対峙していない俺に――


「君って変わらずの強いの?」


 俺は思わずそんな事をエグレに問う。他力本願の様で申し訳ないが、それでも、今の俺の力を信じる事ができなかった。


「変わらずって十年前と比べてってこと? どうだろう? 成長しているからもっと強くなっているかもしれないけど、あの頃は毎日モンスターと闘っていたから、それと比べると実践感覚とかは鈍っているかも」


「まあ、じゃあ、大丈夫か」


「大丈夫って?」


「いや、俺は十年間、モンスターと闘っていないどころか、ろくに戦闘魔法を扱っていなかったから、もしも、モンスターが出現しても大丈夫だなって」


「ええ? 護衛で雇ったSSSランクの冒険者がわたしに頼るの?」


 エグレは驚嘆の表情を受けべる。そして、その主張は当然であろう。


 俺たちは王国と帝国の随分と手間に設置されているという検問所を目指す。



 ◆◆



 防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウンは決意していた。


 今から十五日前に報告されたBクラスモンスターである、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉への対応についての作戦案、被害報告、各省からのクレーム、算出される推定被害額のレポート、有識者からの参考資料などなど、枚挙に暇がないほど、卓上の書類は日に日に高く積み上がっていく。


 各所から寄せられる不平と不満はとっくにピークを達しており、職員はクレーム対応だけに追われている惨状である。


 だが、参謀指揮官室が書類で埋まるのは今日で最後だ。


 ジャック・ダウンはもう一度、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉の討伐に関する今までの経緯報告書を手に取る。紙はとっくにボロボロでしわしわになっている。なにか討伐のヒントがないか幾度となく読み返したこの報告書を改めて、最後にもう一度、読み返す――


 カントン平野での出現が報告されてから、最初に〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉の討伐に出陣したのは冒険者組合に所属しているAランク冒険者パーティーとのことである。なんでも、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉を討伐した実績があるとの事だったが、それは逸れた一匹を倒した程度の話であり、群れとの戦闘に成す術もなく早々に逃げ帰って来た。


 次に王国に7組しかいないSランク冒険者パーティーの一つである、十一人の男女で形成された、通称『王国に咲く勝利の薔薇キング・オブ・ローズ・ウィナーズ』を向かわせたそうだが……負傷者八名(うち重傷者四名)の大敗を喫したうえで討伐失敗。


 この結果に、危機感を募った冒険者組合は我ら防衛省に協力要請をすると共に、『〈大いなる毒烏〉ポイズン・クロウ包囲網』などという作戦を立案をして、三組のSランク冒険者パーティーと七組のAクラス冒険者パーティーで討伐に出撃したのは、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉がカントン平野に出現して七日が経過した時だった。結果は読むまでもないだろう。パーティーは壊滅、負傷者多数、死人が幾人か。


 そして、わが軍も上層部の圧力と各省からクレーム、冒険者組合からの懇願により出陣せざる得なかった。国境警備隊と王国内東部を担当にあたっている護衛兵を五十人も集結した〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉討伐隊を結成して、討伐に出撃したが……。


 だが、事後報告と詳細な情報をレポートとして、事細かに記録しているのはさすがは我が軍であり、公務に従事しているからこそであろう。


 〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉は親鳥と思われる大型種が二羽、子どもと思われる小型種が三十一羽。

 大型種は全長が二十メートル、小型種は十二メートル(いずれも推定)。

 テリトリーに侵犯した時に攻撃対象と見做される模様。

 基本は上空を飛行しているが、敵対するものを発見、攻撃する際に低空で飛行して攻撃対象者に対して直積攻撃を与えようとする。

 特筆点は飛行速度であり、〈白い鴉デス・クロウ〉や〈地獄からの鷹デーモン・ホーク〉と同等かそれ以上であると目測される。

 攻撃方法は威嚇や攻撃をする際に鋭い爪や口ばし、あしゆびで打撃攻撃が主である。

 毒性のある鱗粉と類似した粉塵をまき散らすため、接触が極めて困難である。

 毒性は極めて微弱であるが、一時的な身体の痺れ、麻痺、不全を引き起こす可能性があり、大量に吸引した際は命の危険性もある。


 極めて獰猛且つ危険であることは間違いはない。また、テリトリーン範囲は日に日に範囲が拡大しており、今以上に帝国との国交が困難になる事は間違いないだろう。また、専門家からは市街地や王都がテリトリー内と見做される日が来る可能性も示唆されている。迅速かつ確実に処理が必要な状況であると断言する。


 こんなモンスターに人間は敵うのか?


 だが、戦うしかない。王国の、いや、人類の存続を懸けて。


 今日、〈大いなる毒烏ポイズン・クロウ〉を討伐するためのプロジェクト『三〇一防衛省・冒険者組合協同対飛行モンスター討伐計画(通称 毒鳥協同作戦)』の決行日である。


 作戦は本来であれば飛来する大砲などの長距離砲撃が効果的に思われるが、今回のモンスターは俊敏性が特徴であり、砲丸での狙撃は困難であると判断した。その結果、飛行時は魔法による長距離攻撃、モンスターが攻撃のために低空を飛翔した際に、陣形を固め防御しつつ接近戦で反撃を加える、極めてシンプルで数に物を言わせた肉弾戦である。


 我が防衛省から東部護衛兵、国境警備隊、本部から援軍に来た王都兵、そして、今日を休暇としている者、現役を引退した者から幾人かが志願してくれた。その結果、防衛省より二百十一人もの討伐チームを編成することができた。


 それと共に、冒険者組合から選りすぐりのSランク冒険者パーティーが三組、Aランク冒険者パーティーが十一組、Bランク冒険者パーティーが十四組、合計で二十八組、百四十四名もの冒険者が討伐に名乗りを上げてくれた。


 そして、防衛省・東部参謀指揮官である、ジャック・ダウン自らも毒鳥協同作戦の最前線に立ち、軍と冒険者の指揮を執る。そう決意した。


 これで、総勢三百五十六人という対モンスターでの戦闘においては、過去最大人員を投入した編成である。


 ――さあ、各省や冒険者組合、志願兵、そして防衛省と国の威信と存続を懸けた闘いをはじめようとしよう。

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