第5話 モーニングルーティーーーイイイイイイイイイん!

 読者諸君――おじさんの寝起き姿以上に醜いものがこの世にあるのだろうか?


 早朝の繁華街に電信柱の麓に引っ掛けられた、吐瀉物としゃぶつと同じくらいの需要と不快感だと論じている。べ、別に同調は頂かなくて結構――


 ただ、それくらい相性が悪いという事を言いたいのだ。

 そうだな、どれくらい相性が悪いか分かりやすく言えば――

 例えば、酢豚にパイナップルを入れるように。

 例えば、酢の物にみかんを入れるように。

 例えば、マカロニサラダにりんごを入れるように。


 なぜ、世の料理人たちとお母さんは酸味に果物を加えるのだろうか。それぞれを単体で食べた方が美味しいだろう? 

 なぜ、素材のポテンシャルを信じないのだ。世の女性たちだってそうだ。素顔が十分に美しいのに、厚い化粧を上塗りして……まあ、そうでもないか。うん。化粧をした方が素敵な女性もいっぱいいるもんね……。いや、化粧をしていないと……。


 読者諸君――これだけは言っておこう。女性の顔は時に嘘を吐くが、おっぱいだけは嘘を吐かないと。だからこそ、盛りブラやパットを許すことはできない! なぜ、ブラジャーのホックを外した時にガッカリする様なドッキリを仕掛けるんだ!! その場の見栄で、本当に大切な時に人を落胆させる様な罠を仕掛けるというのだ! 


 ただし、豊胸手術は良しとする!! だって、別にガッカリはしないもん!! 大きなおっぱいがそこにある! それだけで幸せです!!


 まあ、話は随分と横に逸れたが、それくらいおじさんと寝起きは相性が悪いという話である。だが、あえて、そう敢えて割愛は、いや、かとぅああああああい! はしない。


 ――キョロキョロ

 よし、今日は白井球審はいないようだ!


 本書では思い切って詳細に描写する。そう、おじさんのモーニングルーティーンを描写する。需要がない事は織り込み済みだ。


 ――スキップ推奨?? なんだそれは?? 見たいものだけ見て、聞きたい事だけを聞いて、信じたい事だけを信じる!! 現代人よ! 君たちの人生はそれでいいのか?


 時に見たくない真実と向かい合い、聞きたくない事実を受け止めて、信じたくない現実を抱え込まないといけない。それが、大人になるということなのだ。

 それができない人間は、スッピンのあの子の素顔をベットの中で見た時に、冷めて萎えてしまうような軟弱な男になるぞ! おっぱいを盛っていたあの子のブラジャーを外した時にガッカリすることになるぞ!!

 どれだけ、化粧で厚く隠されていても、どれだけおっぱいを盛っていても、すべての女を受け止められるような男になろうぞよ!! さあ、日本男児よ! 今こそ男性器を反り上げろ!


 またしても、本題から随分と逸脱したが……


 ゴホン! (わざとらしい咳)

 そして、是非とも読者諸君。俺の汚らしい姿を受け止めてくれたまえ!!

 それでは、下記へどうぞおおおおおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!!!



 ◆◆



 俺の一日は干すことを否定し、拒絶し続けた万年床で目が覚ますところから始まる。随分と前にこの場所に鎮座して、それ以来動いた記憶がない。敷かれっぱなしの布団の下がどうなっているかは、凡その検討は付いているが確認する勇気がない。きっと財宝とカビ、埃がコラボレーションしたエレクトリカルパレードの広がる未開の地であろう。


 さて、最近になって寝起きの枕から父親と同じ匂いがしだしたことに、酷く傷心している俺であるが、この日はいつもよりも、かなり早い時間に起床した。すっかりとニート生活の染みついたためか、寝たい時間に寝て、起きたい時間に起きる生活を心がけていたため、睡眠サイクルはとっくに破綻の一途を辿った。端的に言えば、誰かに起こされる事もなく、また、誰かのために起きる必要もない俺は、随分と前から昼夜が逆転した生活を歩んでいた。


 君たちはそれを羨ましいと言うだろう。だが、それはそれなりに虚しいことだと、こんな生活を送る様になってから、時々しみじみと感じることがある。


 だが、今日は違った。ジョセフ・エグレからの依頼で帝国までの防衛を行う。そのため、久しぶりに自分の意志と反する時間に起床であった。


 起きたらとりあえず、洗顔と歯磨きを行う。これは、前世からそうであった習慣である。ただ一つ、前世とは違う点はこの異世界には上下水道の設備が備わっていない。依然として、インフラや文明レベルは前世と比較して格段に劣っている。


 この街の大半の住民は、飲み水の確保を共同の井戸か川の上流で確保しており、洗濯や入浴行為は川で行っている。街にはいくつか大衆浴場もあり、連日大勢のお客さんで賑わっているとも聞いた事がある。

 だが、俺も含めて一部、ほんの一部の魔法が扱える者は、その様な労働を強いられる事も大衆浴場を利用する必要もない。水は魔法で創り出せばいいのだから。しかも、炎の魔法と組み合わせることで、温度の調節だって可能である。

 転生してすぐにこの魔法を扱える様になった訳ではない。いや、基本的な魔法の一つであった為、習得自体にはそこまでの時間は要さなかった。しかし、飲料としての用途を満たす水が安定して生成することができるようになるには、かなりの時間が

必要であった。簡単に言えば、俺が魔法で生成する水はpHが安定しないのだ。飲む目的以外での使用であれば然して問題はないが、硬度の高いアルカリ水を飲めば……一日中、お腹を壊すだろう。


 これは、日本人が旅行でヨーロッパの水道水を飲んでお腹を壊す現象と同じである。俺はヨーロッパに行ったことがない。だから、軟水に慣れ親しんだ俺からすれば水でお腹を壊すなんて想像も付かなかったが、改めてインフラが充実した環境と、安全でおいしい水が蛇口を捻るだけで出てくることに、感謝の念を抱いたことは言うまでもないだろう。


 そして、試行錯誤を重ね、なんやかんやがあり、pHを安定させることに成功して、いつでもどこでも軟水を手に入れる事が可能となった。

 そこまでの血生臭い努力や涙がちょちょぎれる様な経緯はもちろん、過去の話であり本書には必要がないだろう。


 この魔法を習得した時は魔王討伐の最中であり、俺以外に水の生成ができる仲間はいなかったため、飲み水の確保は極めて重要な仕事の一つであった。その手間が大いに省けるようになった。その利便性と今までの苦労を強いる必要がなくなった喜びから、仲間たちの歓喜を輪を作ったほどだ。今にして思っても、それはそれは、魔王討伐の道中で役立った魔法である。

 そして、働いていない今でも依然として一番使用する魔法である。


 右手をかざせば小さな魔法陣が出現して、そこからチョロチョロと水が放出される。瞬く間にコップと桶に魔法で水が張る。


 さあ、歯磨きだ。


 歯ブラシは形自体は前世と変わりがないが、異世界にはプラスチックがないため、鯨楊枝の様な木製のブラシが一般的に使用されている。歯磨剤は街の薬剤師から処方してもらっているが、複数の漢方を原料にしていると説明を受けたこれは、意外にも現世で使用していたようにミントの香りが鼻腔内に広がり、口内でしっかりと泡立った。そして、毎日この歯磨剤を使用しているお陰か、歯のトラブルに見舞われたことは未だにない。


 歯磨きを済ませ何となく鏡を覗き込む。そこにはいつにも増して眠そうで気だるそうな男がいた。――俺だ。

 そんな顔に喝をいれるように、俺は両手で水をすくい、勢いよく顔に掛ける。これを何回か繰り返すだけで幾らか眠気が遠のく。依然として瞼は重たいままだが――


 歯磨きと洗顔を終えれば、次に排泄であるが、母屋とは別に庭先へ独立して存在する。つまりは、一度外へ出る必要があるのだが、現世ではいちいち外に出るなんて面倒くさく感じるだろうが、異世界では庭先に便所があるだけで恵まれた環境だと言える。多くの住人は家に便所はない。共同便所を利用する必要があるのだ。だが、無精者や酔っ払いは雑木林なんかに隠れて排泄している。まあ、この情報は本当に必要のない蛇足であった。


 さて、トイレに入室から排泄までの描写は割愛させて頂きたい。この英断に異議申し立てをする者がいない事を願っている。トイレの中はいつ如何なる状況であっても、プライバシーが保護されるべき場所なのである。因みに、今、君たちが想像しているトイレはこの世界にない。むしろ、異世界での便所はかつて現世で存在していたかわやに近いだろう。


 そこまで済ませれば着替えだ。いつもの愛用しているグレースウェットから、白いワイシャツにグレー色をしたチェスターコート、黒色のスキニーパンツを履けば、現地人に紛れ込める一般的な服装である。

 これらの服は当然ながらこの世界で調達したものだ。この世界は随分と服装の種類というかレパートリーが少ないように感じる。ファッションへの関心は前世から乏しいため、別にそれ自体は然して問題ではないが、男は正装ではスーツ、ラフな日はワイシャツを着用しており、女性はほとんどが臀部が膨らんだバッスル・スタイルのワンピーススカートを着用している。それが、今この国での流行のファッションなのだろうが、一様に同じ服を皆が着ていることがなんだか気味も悪かった。


 着替えが終われば朝食だ。普段、朝食は食さないが、次にいつ食事を取れるかは分からないので、今日は軽めに食べておこう。まず、茶を入れる。俺は毎日愛飲している、この茶葉を緑茶と呼んでいるが、果たして現世で飲んでいた緑茶それと同一のものなのかは不明である。だが、お湯に入れてこせば、透明だったお湯は鮮やかな緑に色を変える。急須は異世界にもあった。違いは銀でできている事だが然して問題ではない。と、茶に興味のない俺は思う。

 それに、買い溜めしていたパンにバターを塗る。今年は小麦粉が不作の年だったようで、街に並ぶパンはどれもライ麦や燕麦が混ぜ込まれたものばかりであった。だが、これも特に不満はない。

 パンを齧り、お茶で流し込む。淡々とそれをこなして食卓からパンは姿を消した。


 ――これで準備は完了だ。


 そんなグッドタイミングで扉をノックする音が室内に響く。


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