第3話 久々の来客うううううううううううううううううう

 ――気まずい雰囲気が流れる。


 原因は俺だ! 間違いない!! なんて、長井秀和風に言ってもエンタ世代じゃない人には通じないんだろうなーーー。エンタ世代にも通じないかもしれないけど。俺はあのエッジの効いたブラックな漫談が好きだったけど……


 まあ、俺のお笑い観は今はどうでもいいだろう。


 さてさて、この重苦しい雰囲気をどうしたものだろうか。そもそも、久しぶりに会ったと思われる女性に、「先ほどまでオナニーをしていた」なんて打ち明ければリアクションに困り、変な感じになることは……間違いない!!(長井秀和風)


 あえて、そう敢えて、もう一度言わせて頂きました。え? すべってる? 一度目もややウケだったのに、どうしてもう一度言ったのかって? 


 すべっている事実よりも、一度目がややウケだった事実の方が奇特に感じるのだが……。


 ……本当に本題に戻さなくては。


 非が自身にあるのならば、その問題に対する是正には積極的に臨まなくてはいけない。つまりは、今流れている重苦しい気まずい雰囲気は俺が変える必要があるという事だ。


 俺は一度、わざとらしくゴホンと咳ばらいをして場を仕切り直す。


「――ところで、わざわざ俺に会いに来た目的を教えて欲しいのですが?」


「え? あ、そうね、実はあなたを見込んで少し手伝って欲しいことがあるの」


「……手伝って欲しいことですか?」


 ニートで引きこもりの俺を見込んで頼みたい事? なんだろう? なにもできないよ。本当に……悲しい! 自分で言って本当に悲しくなる!! 別に言ってはいないいけど! そう思っただけだけど!


 三十五歳にもなって、なにもできない、なにもスキルがない、なにも経験がない。若い頃にいろいろと経験することが大切であり、多少の失敗をしても将来性を期待されて大目に見てもらえる。


 だが、三十代を過ぎると、将来性なんかよりも、なにができるか、なにをやってきたのかが重要となる。そして、俺みたいになにもできない人間は期待もされない。社会から必要とされない。歳を重ねれば重ねるだけ、その目はより一層と厳しくなる。


 ――胸が! 胸が苦しいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!


 読者諸君、こんな大人になってはいけない。もし、もう既にそんな大人です、という人がいれば、共に頑張ろう! 共に生きて行こう! そうエールを送りたい。いや、エールだけじゃ足りない。共に泥水を啜って惨めで情けない人生を生きて行こうと、強く抱擁をして、互いの肩を涙と鼻水で濡らし、同胞としての熱い握手を交わして、そして、磯丸水産に行こう! 一晩、飲み明かそうではないか! 支払い能力がないことは悪しからず。


「帝国の第三都市までの護衛をお願いしたいの。もちろん、それなりの報酬も出すから」


「どうして、第三都市まで行くだけなのに俺の護衛が必要なんですか?」


 俺が居住している王国は、五つの国に面する内陸国である。その五つの隣接国の一つである帝国は、両国の関係が良好なことも相まって盛んに貿易がなされており、両国間の通行が活発である。そのため、かなり道も整理されていれば、道中には宿場町もなども点在している。特に有名な『ユノナカ宿場町』があることは王国に住んでいれば誰でも知っている。しかも、道中は確かにモンスターの出現する平野と森が存在するがどちらも低レベル且つ出現頻度も少ない。つまり、かなり安全で文化的な往来が可能である。


 ――そう、護衛など必要ないほど。


「今は帝国までの道中にBランクのモンスターの群れが出現するとかで、防衛省からAランク以上の冒険者を同伴しない限りの通行は規制されているの」


 へー、そうなんだ。


 俺は引きこもって社会や外界との接触を絶ってから随分と時間が経っている。つまりは浮世離れした人生を歩んでいるのだ。だから、この手の話題に付いていけない。まあ、興味もないけど……べ、別に強がりじゃなんだからね!!


 さて、彼女の言葉ぶりから察しがつく様に、俺はAランク以上の冒険者だ。十年前に魔王を倒した際に、凱旋してから様々な歓迎と特例の処置を賜った。その中に防衛省からの特例処置で、前代未聞の永久SSS級の冒険者ランクを授与された。彼女が言う、Aランク以上の冒険者を同伴しない限りの通行は規制されていることが真実であれば、俺がいるだけでなにも問題なく帝国まで行けるだろう。


 ――だが、断る。


 有名な名台詞――

 誰もが一度は耳にしたことがあるだろう。そして、言ってみたい台詞ランキングでも上位に位置すること間違いないだろう。だが、特筆すべきはその汎用性だ。断る時にいつでも使える。どこでも使える。誰にでも使える。どんな時にでも使える。だが、あまり乱発しすぎると、こいつそれしか言わないなって嫌われる可能性があるから自重した方がいいだろう――――だが、断る。


 本当に汎用性が高すぎるんだよなーーー。


 さて、今回の依頼を俺が断る理由を問われれば簡単である。王国と帝国の往復なんてそこそこの距離を移動する必要がある! しかも、第三都市は帝国でも東部に位置しており、ここからだと往復で十日くらいの時間が掛かる! めんどくせーーーー!!!! 十日間もただ護衛のために付き添って歩くなんて絶対にしたくない!!


 もちろん、美女相手にここまで端的で素っ気なく拒絶することは、良心が痛む。それに、わざわざ訪ねて来て依頼するくらいだ。ワンチャン、いや、ツーチャンスくらいあるんじゃなかろうか?


 たとえば、ここで仲良くなってお茶友だちになって、何度か会った後に「今度はディナーでも」と、お茶友だちから酒を交わす関係へと変貌して、その夜に酔った彼女と……この先にある楽園エデンのために、ワンチャンスを残すために、優しく紳士的に断ろう。


 そう! ここでの拒絶が楽園エデンへの布石となる様に!!!!


「君のような美しい女性を守る事が男としての本望ではあるが、申し訳ありませんがお断りします。」


 どう? 相手を褒めたたえながら、男として冒険者としての自身の威厳を保ちつつ断る! 上手くいったんじゃないか? まさに、計算通りと言っていいだろう。


 だが、一つ慮外なことがあるとすれば、彼女は苦笑を浮かべて白い目で俺を見ている事だ。


「ねえ、エルフって純潔を守る種族ってことで有名でしょ。特に他種族との関係を持つことはご法度とされている。だから、要人や公人、特権階級の者以外は立ち入りが禁止されている遊郭がるのは知っている?」


「え、ええ、噂程度ですが、その様な場所があるらしいですね。それが、どうかされましたか?」


「わたしはエルフの界隈ではかなり顔が立つ。つまり、わたしの権限であなたひとりくらいなら、その遊郭で遊ばせるくらいのことはできるんだけど?」


「ほう? 取引のつもりですか。ただ、純潔を守るエルフがそんなことを言って同種を貶めるようなことをしてもいいのですか? 仮にその提案に承諾して、俺の相手をするエルフは人間種と交わることになるのですが?」


「まあ、そんなところに勤めているのだから、既にそこにいるエルフたちは純潔とは言い難いでしょ。それに、そんな仕来りとかプライドとかよりも、お金の方が、明日食べる食事の方がずっと大事な者が多くいるのよ」


 世知辛い! 純潔をお金に換える。なんて世知辛い世の中なんだ。そして、ひと時の快楽のためにそれを買う男たち……まあ、その世話に俺もなっているし、他人のことをとやかく言えた立場ではないんだけどね! それに、エルフが相手をしてくれる遊郭か……そそられる!! 滅茶苦茶行きたい!! そして、エルフちゃんと一緒に逝きたい!!!!


「是非ともその遊郭を紹介してください!!!!」


 気が付いた時には深く、これ以上ないほど深くこうべを垂らしていた。


 俺は懇願する。またとない貴重な機会! この機を逃すわけにはいかないのだ!!


 ――え? 人としての尊厳はないのか? 男として恥ずかしくないのか? 良心が痛まないのかって?  


 断言しよう!! そんなものはエルフからの誘惑の前ではすべて無力であると。


「そう、じゃあ依頼成立という事で。二日後に出立予定だから用意しておいてね。当日もわたしが部屋まで迎えに伺うから」


「ちなみに、帝国には何しに?」


「うーん、秘密(ハート)」


 可愛らしくウインクをしながらそう答えた。


 さっき射精していなければ、発情したこと間違いなしだ。


 まあ、道中の護衛が依頼内容だし、帝国で何をしようが俺の把握する範疇ではないだろう。そこまでの情報の開示を求めるのは酷というか、冒険者としてのモラルに反する気がする。興味もないし。


「じゃあ、二日後に」


 俺はそう言って扉を閉ざそうとする。だが、閉まる扉を遮るように女性が言った。


「ねえ、あなたずっとわたしに敬語だけど、わたしが誰か気付いていないとかないよね?」


 ギクリッ! と心が飛び跳ねる。そう、この部屋に来た時から今の今まで知人と思われたこの女性のことを思い出せずにいた。


 正直に「分からない」、「誰だっけ?」と訊けば傷つけてしまうだろうか。自分が旧友に街でばったりと会って「久しぶりーーー」って意気揚々と話し掛けたのに対して、相手が「どちら様でしたっけ?」なんて返されたら、想像するだけで胸が痛む。


 別にこの場合、傷つくのは俺じゃないから、知ったこちゃないと言えばそれまでだが、目の前の女性の心情を察すると心苦しい事に間違いはないだろう。


「……ごめん、誰だっけ?」


 俺は正直に打ち明けた。


 だって、知らない知人と十日間も一緒に行動するなんて無理! どっかのタイミングでさり気なく訊こうと思ったけど、本人からそう切り出したのだから、俺が誰か分かっていないと察しているのだろう。


「エグレよ。ジョセフ・エグレ」


 その名前を聞き、俺はもう一度、目の前の女性の顔をまじまじと見る。


 そして、心の奥底から咆哮した!!


「えええええええええええええええええええええええ!!!!!??????」

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