キャビネット10 「鬼火」

 キャビネット10 「鬼火ウィル・オー・ウィスプ


 モリフクロウがふらふらと夜空を散歩していた。なんだか酔っ払いのようにふらふら飛んでいるのは、片方の翼が少し欠けているせいだろう。


 そのうち森の木のてっぺんに、何か光っているのを見つけた。


〈鬼火〉、だ。


 ——あんた、〈鬼火〉だろ。こんな所で何をしているんだ?


〈鬼火〉は普通、沼地の近くを漂っている青白い光だ。


 道行く人を沼地に誘い、そのまま沈めて、命を奪う。


「ああ、俺は元は人間、今は〈鬼火〉だよ。間抜けな事に、ある夜、〈鬼火〉に誘われて、沼地にはまり込んで、同じ〈鬼火〉になっちまったんだよ」


 ——〈鬼火〉は、沼地の近くにいるもんじゃないのか?


「そうだよ。この先ずっと、沼地の近くに潜んで、人を殺すしかないのかと思うと、うんざりだよ」


 ——でも、〈鬼火〉になったからには、諦めるしかないよなあ。


「あんた、モリフクロウだよな? モリフクロウなら、つがいはどこにいるんだ?」


 ——昔、うっかり、カラスの縄張りに入って、片方、翼を傷つけられてね。元々、この辺にはフクロウは少ないし、番を見つけようにも、誰にも相手にしてもらえないのさ。


「そいつは悪い事を聞いちまったな」


 ——そんな事ないさ。一人には慣れたし、ゆっくりならふらふら空も飛べるんだから。しかしあんた、これからどうするつもりなんだ?


「……俺は〈鬼火〉に誘われて命を落とした間抜けだが、人殺しに手を染めるほど莫迦じゃない。これから、空に昇るよ」


 ——〈鬼火〉が空に昇ってどうするんだ?


「もちろん、月にはなれないし、道に迷った人を照らす、北極星にもなれやしない。でも、きっと、〈鬼火〉は〈鬼火〉なりに、夜空で輝く事はできる。あんたも色々あって諦めがいいみたいだが、たまには空を見てくれよ。絶対、俺がいるからよ!」


 ——お、おい!


 モリフクロウは慌てて声をかけたが、〈鬼火〉はあっという間に小さくなり、夜空に消えた。


 満月だけが、静かに輝いていた。


 そう、〈鬼火〉は〈鬼火〉、だ。


 絶対に満月になれないし、北極星にもなれないし、星座にもなれないし、ましてや、昼を照らす太陽になどなれる訳がなかった。


 モリフクロウは巣穴に帰ろうと羽ばたいた。


 その途中、沼地の近くを通りかかり、旅人が歩いているのが見えた。


 ふと思う。


 ——あの旅人は〈鬼火〉が空に昇ったおかげで、沼地に誘い込まれる事はなくなったのだ、と。


 あの旅人はきっと、目的地に無事に辿り着く事ができるだろう。


 ——もしかしたら、片方の翼が少し欠けていてふらふら飛ぶ事しかできなくても、行ける所まで行けば、気の合う誰かがいるかも知れない。


 モリフクロウはなんとなく、明日の夜はちょっと遠くに行ってみようと思った。


 巣穴から空を見ると、出かける前よりも星々が輝いているような気がした。


 まるで〈鬼火〉のように青白く輝く星が煌めいていた。

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『ヴンダー・カンマー・エクソティカ』 ワカレノハジメ @R50401

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