キャビネット6 「マッチ売りの少女と流星の魔女と風の妖精」

 キャビネット6 「マッチ売りの少女と流星の魔女と風の妖精」


 聖夜を過ぎた大晦日の夜、寒空の下に、マッチ売りの少女がいた。


 マッチ売りの少女は一日中頑張ったが、年の瀬の忙しさからか、誰も見向きもせず、マッチ箱は一個も売れなかった。


 お腹も空いたが、マッチが売れなければ、家には帰れない。


 このまま家に帰れば、父親に拳を振るわれるし、ぼろ家に帰った所で寒い事に変わりはなく、食べ物もない。


 ——この世界のどこかに行けば、私が楽しく過ごせる、明るく暖かい場所があるのかな?


 マッチをつければ、少しぐらい、暖まる事ができるかも知れない。


 マッチ売りの少女は路地裏の片隅に座り込み、マッチを一本取り出して火をつけた。


 ただマッチに火をつけただけなのに、まるでだるまストーブの前にいるようだった。


 いや——マッチ売りの少女は、本当にだるまストーブの前にいた。


 もっと暖まろうとして手を伸ばしたその時、マッチの火が消えてしまい、だるまストーブも消えた。


 マッチ売りの少女は、もう一本、マッチに火をつけた。


 今度は雪のように白いテーブルクロスの上に、銀に輝く食器に盛り付けられた御馳走が並んでいるのが見えた。


 マッチ売りの少女が手を伸ばそうとした瞬間、マッチの火が消えてしまい、御馳走は目の前から消えた。


 マッチ売りの少女は、もう一本、マッチに火をつけた。


 今度は、大きなクリスマス・ツリーが見えた。


 マッチ売りの少女は見事なクリスマス・ツリーに目を奪われたが、マッチの火が消えてしまい、また何もかも消えた。


 その時、夜空に、一筋の光がすっと煌めいた。


 ——流星、だ。


『ほら、見てごらん! 流れ星だよ! 誰かが死ぬ時、流れ星が落ちるんだよ』


 マッチ売りの少女の祖母は昔から不思議な力を持ち、色んな事を知っていて、流れ星を見る度、そう教えてくれたのだった。


 ——私の事を可愛がってくれた、おばあちゃん……魔女だった、おばあちゃん。


 マッチ売りの少女は昔を懐かしみ、祖母に会いたいと思って、マッチの火をつけた。


 ちょうど指先ぐらい、小さな炎が揺らめく向こうに、昔、マッチ売りの少女を可愛がってくれた時、そのままの祖母が姿を現した。


 ……おお、可哀想に! 私の可愛い孫や! さぞや嫌な思いをしたんだろう? 今も寒くて堪らないんだろう? お前を苦しめた父親や街の連中に復讐してやろう!


 祖母は、突然、物騒な事を言い始めた。


 マッチ売りの少女が、突然の事に呆気に取られている間に、マッチの火が消えてしまい、祖母の姿はかき消えた。


 慌てて、またマッチに火をつける。


 ……よしよし、それでいい。私の話をよくお聞き。


 再び、揺らめく向こうで、祖母は満足げに言った。


 ……お前が持っているマッチ、全部に火をつけるんだよ。そうすればこの街は、マッチの炎によって地獄絵図に変わる。さあ、準備はいいかい。ほら、今だよ!


 マッチ売りの少女は、恐怖のせいか、寒さのせいか、震える手で、全てのマッチに火をつけた。


 その途端、マッチの火は激しく燃え上がり、地獄の炎のように噴き上がる。


 ——私にはこの街を火の海にするなんて事できない。


 マッチ売りの少女は、赤々と燃え立つ炎のおかげで、震えが止まっている事に気づいた。


 マッチ売りの少女の目には、激しく燃え上がる炎は、本当に明るく暖かな場所のように映り、希望の灯火にすがるように、紅蓮の炎をぎゅっと抱きしめた。


 マッチ売りの少女の身体は、全て灰となり、木枯らしに消えた。


 ……莫迦だねえ! 本当に可哀想な子だよ。


 祖母は孫娘の事を憐れみ、夜の闇に消えた。


 それから、マッチ売りの少女は、どうなったのか。


 マッチ売りの少女は風の妖精となって、世界中、明るく暖かな場所を探して、ずっと飛び回っている。


 魔女さえ知らない場所で、きっと楽しく過ごしている。


 大晦日の夜、空に流れた星だけが、少女の行く末を知っている。

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