キャビネット5 「誰もいないお城の魔法の鏡」

 キャビネット5 「誰もいないお城の魔法の鏡」


 昔、女王様もお姫様も住んでいたここは、今はもう誰もいないお城。


 今はもう誰もいないお城の壁には、昔と変わる事なく、〝真実を映す魔法の鏡〟だけが掛かっていた。


 魔法の鏡は、女王様と過ごした日々を思い出していた。


 ——鏡よ、魔法の鏡。この国で、一番美しいのは誰?

 

 魔法の鏡の前に立ち、ある日、女王様が聞いてきた。


 ——女王様、貴方がこの国で一番、美しいお方です。


 魔法の鏡は、真実を答えた。


 ——鏡よ、魔法の鏡。この国で、一番美しいのは誰?


 魔法の鏡の前に、女王様が再び立ったのは、お姫様が七歳になった時だった。


 ——女王様、ここでは、貴方が一番、美しいお方です。けれど、お姫様は、貴方よりも千倍は美しい。


 魔法の鏡の答えを聞いた女王様は腕のいい狩人を呼び、お姫様を殺すように命じた。


 だが、狩人はお姫様を哀れに思い、お姫様のものですと偽り、殺した証拠に猪の肺と肝臓を差し出した。


 ——鏡よ、魔法の鏡。この国で、一番美しいのは誰?


 ——女王様、ここでは、貴方が一番美しいお方です。けれど、山また山のその向こう、七人の小人と一緒にいるお姫様は、貴方よりも千倍は美しい。


 魔法の鏡が答えると、女王様は老婆に化けて、お姫様に腰紐を売りつけ、腰紐をつけてあげるふりをして、そのまま力尽くで締め殺した。


 ——だが、お姫様は、七人の小人に救われた。


 女王様は諦める事なく、毒を仕込んだ櫛を、お姫様の頭に刺した。


 ——この時もお姫様は、小人の助けによって命拾いをした。


 女王様は最後に、毒を仕込んだ林檎をお姫様に食べさせて、お姫様の命を奪う事に、ついに成功した。


 ——鏡よ、魔法の鏡。この国で、一番美しいのは誰?


 ——女王様、貴方がこの国で一番、美しいお方です。


 魔法の鏡は女王様とのやり取りを思い出し、考えていた。


 ——私はあの時、女王様が一番美しいお方だと答えたが、本当にそれは正しかったのか?


 お姫様に嫉妬し、その手を汚すような女性が、美しい?


 ——では、お姫様は?


 お姫様は硝子の棺の中でも変わらぬ姿をしていて、王子様が偶然、彼女の寝姿を見て、一目惚れした。


 お姫様は、喉に詰まっていた毒林檎の欠片が飛び出した事で息を吹き返し、王子様と結婚する事にした。


 女王様は結婚式に招待されたが、新郎新婦であるお姫様達の目の前で真っ赤に焼けた鉄の靴を履かされ、命尽きるまで踊り続ける事になった。


 ——これで女王様はもちろん、お姫様も美しいと言えるのか?


 否。


 ——ああ、人の美しさは見た目ではなく、その胸に抱いた心で決まるのだ。


 魔法の鏡は今になって自分が真実など映していなかった事に気づき、ふいにひび割れ、粉々に砕けた。


 魔法の鏡の砕け散った欠片は、最後に見た真実——人の心の美しさに、宝石のように光り輝いていた。


 そしてある日、お城を訪れた二人の男女が、床に散らばっていた魔法の鏡の欠片を見つけた。


 彼らはどこにでもいるような男女で、地位もお金も持っていなかったが、お城で結婚式を挙げる予定だった。


 魔法の鏡の欠片は、これから、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす事を誓おうとしていた仲睦まじい二人の心を映し、一層、美しく光り輝いた。


 ——二人に拾われた魔法の鏡の欠片は、今は結婚指輪として永遠の輝きを放っている。

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