キャビネット2 「吸血鬼と番の蝶」

 キャビネット2 「吸血鬼と番の蝶」


 少年は吸血鬼だったが、吸血鬼である事を隠して、人間の少女と結ばれた。


 初めて少女と口付けを交わした時、自分が少女の首筋に、牙を立てようとしている事に気づいた。


 ——この子の血は絶対に吸わない。


 何とか、本能を抑えた。


 ——この子を吸血鬼の奴隷にしてなるものか。


 そして、見た。


 この街の若者達の間で噂される、恋人同士の幸せな未来を司っているという、〝つがいちょう〟を。


 少年は、自分達の未来を信じた。


 自分達の未来を、〝番の蝶〟が祝福してくれているのだと思った。


 けれど、ある日、少女が病に倒れた。


 少年は、寝たきりの少女を看病する為に、病室で日々を過ごした。


 日に日に衰えていく様子を目の当たりにして、ある衝動を感じた。


 ——今すぐ、噛みつきたい。


 例え彼女が吸血鬼の奴隷に変わり果てたとしても、病気から救いたい。


 少年は、そう思った。


 だがしかし、どうしても、できなかった。


 いつか見た〝番の蝶〟をまだ信じていた。


 自分達、二人の未来を信じていた。


 少女は死んだ。


 少年は静かに横たわる少女をじっと見つめ、そっと頬を撫で、首筋に噛みついた。


 最初から、こうしていればよかった。


 だが、一度死んだ少女は、吸血鬼が血を吸っても、甦る事はなかった。


 どうする?


 どうすればいい?


 吸血鬼が血を吸っても生き返らないのなら、逆に吸血鬼の血を分け与えてみよう。


 ——それなら、もしかしたら……。


 少年は自分の体を、何度も何度も傷つけた。

 

 いつしか周囲から、少年は恋人を失った悲しみで、気が狂ったのだ、と噂された。


 いくら吸血鬼とは言え、怪我をすれば治療する必要がある。


 少年の姿はいつも病院にあり、他の患者達は気の毒そうに見ていた。


 少年は周囲の視線を気にする風もなく、病院の中庭で一人っきりでベンチに座り、静かに微笑んでいた。


 ——もう少し! もう少しで、あの子が目覚めるぞ!


 だって、ほら! 今度こそ僕達の未来を、〝番の蝶〟が祝福しに来てくれているんだから!


 少年は、あまりに美しい〝番の蝶〟に見惚れていた。


 けれど、少年は血を流しすぎた為に、視力を失っているはずだった。


 今もどこかで誰にも見えない〝番の蝶〟が、ひらひらと舞っている。

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