『ヴンダー・カンマー・エクソティカ』
ワカレノハジメ
キャビネット1 「美し姫と怪獣」
キャビネット1 「美し姫と怪獣」
フランス、ジェヴォーダン地方には、暗くて寂しい森が広がり、森の奥には、狼とよく似た、一匹の怪獣が住んでいる。
ジェヴォーダンの怪獣は、いつも一人ぼっち、暗くて寂しい森には、誰も来ない。
ある日、深い森の中を散歩をしていると、木々の向こうに、羊の群れの番をしている、一人の少女を見かけた。
ジェヴォーダンの怪獣は、初めて人間の少女を見て、〝白く輝く美し姫〟だと思った。
それから、ジェヴォーダンの怪獣は、暗くて寂しい森から出ていき、お嫁さんを探す事にした。
一人目は、いつか見た、羊の番をした少女。
だが、ジェヴォーダンの怪獣が手を伸ばすと、少女の着ていた服は破れ、彼女は悲鳴を上げて、逃げ出した。
二人目は、ヴィヴァレー地方に住む少女。
彼女は行方不明となった翌日、まるで食い殺されたように五体バラバラにされ、無惨な姿で発見された。
ジェヴォーダンの怪獣はいつも一人ぼっちで、他人との関わり方を知らなかった。
三人、四人、ジェヴォーダンの怪獣の犠牲者は、増えていくばかりだった。
一年が経ち、フランス国王の命を受け、マスケット銃で武装した竜騎兵が派遣されてきた。
が、ジェヴォーダンの怪獣は森の中で息を潜め、彼らの目から逃れた。
次にやって来たのは、大勢の猟師と勢子だった。
ジェヴォーダンの怪獣は、竜騎兵とは違って狩りに手慣れた猟師と勢子に追い立てられ、森の斜面に追い込まれた。
そこで待ち構えていた一人の猟師によって、体を撃ち抜かれた。
さしものジェヴォーダンの怪獣もただでは済まなかった、聖母マリアが刻まれた銀貨を溶かして製造された弾丸である。
ジェヴォーダンの怪獣は森の奥深くに隠れ、傷が癒えるまで休む事にした。
——また、一人ぼっちだ。
ジェヴォーダンの怪獣は、まるで夜の底を思わせる静かな森の中、他にやる事もないので、草むらでできた寝床から空を仰いだ。
遠い夜空の先には、満月が輝いていた。
——〝白く輝く美し姫〟、だ。
ジェヴォーダンの怪獣は、夜空に浮かぶ満月を見て、一目惚れをした。
——でも、俺には翼もないし、羽もないから、会いに行けない。
しばらく空を見上げて考えた。
——ここにお月様を呼ぶには、どうすればいい?
ここには何もないけれど、夜空には、満天の星。
空に輝く星々みたいに綺麗なものを、たくさん集めてみよう。
お月様にも綺麗なものがたくさん見えれば、ここに来てくれるかも。
ジェヴォーダンの怪獣は傷が癒えると、森の奥深くで、せっせと花の種を植え、毎日、水やりをした。
そして、ジェヴォーダンの怪獣の他には誰も知らない、秘密の花園ができた。
色とりどりの草花に囲まれながら、一晩中、満月を見上げた。
だが、〝白く輝く美し姫〟は、夜空でずっと過ごしている。
ここには何もないけれど、夜空には雲が流れ風が吹く。
そうだ、流れる雲や風のように美しい歌を、思いつくままに歌ってみよう。
お月様にも明るく楽しい歌声が届けば、ここに来てくれるかも。
ジェヴォーダンの怪獣は、鳥の囀りや虫の鳴き声を真似して、空に向かって歌った。
だが、〝白く輝く美し姫〟は、今晩も夜空でずっと過ごしている。
ジェヴォーダンの怪獣は目を閉じて、夢を見る事にした。
ジェヴォーダンの怪獣は、夢の中で、〝白く輝く美し姫〟と、いつまでもいつまでも、楽しく過ごした。
その後、満月の夜には、時々、芳しい花の香りに乗って、優しい歌声が聞こえてくるようになった。
けれど、誰も花が咲く場所は知らないし、歌声の主も判らない。
ジェヴォーダン地方の人々は、暗くて寂しい森の奥深くには、きっと〝美し姫〟がいるに違いない、と噂している。
昔、世間を騒がせた、ジェヴォーダンの怪獣の事は、もう誰も覚えていなかった。
——今夜もまた、月が満ちる。
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