第5話 あくまでも設定ということで
まどろみの中、光を感じて目を覚ました。
「……う、ううん。……ここは?」
ここはいったいどこだろう?
「そうか、私、お城から逃げ出そうとして」
すぐに思い出した。自分が暗殺されそうになったこと、そして一緒に逃げようとしてくれている存在のことを。
トントン
ノックの音が聞こえた。続いて、
「ローズ嬢、起きているかな?」
声の主はドルン王子だ。
「は、はい!起きています!」
慌てて返したけど、よく考えたら自分は寝起きだ。
髪だってぐしゃぐしゃでとても男性に見せられるものではない。
しかし、王子は止める間もなく、部屋に入ってきた。
「おはよう、ローズ嬢、お目覚めはどうかな?」
爽やかな笑みに一瞬見とれてしまったけれど、すぐに自分の姿を見て顔が赤くなってしまった。
「あ、あのっ!」
「おっと、申し訳ない。気が利かなかったね。とりあえず、必要そうなものを用意してきたから。置いておくね」
王子はすぐさま、身支度用の品を置いて、「隣の部屋で待ってるから」と部屋から出ていった。
つい、バタンと閉まるドアを眺めてしまう。恥ずかしいところを見られてしまった。いや、すでにもういっぱい見られてしまっているけれど。
塔から落ちたのを助けられたのが始まりの関係で今更かな。
赤くなった頬を撫でながら、王子が置いていってくれた物を手に取る。
本当に一通り揃っていた。身支度用の櫛や簡単な化粧品、それに服まで。
服は今着ているドレスとは違って、一般人が着るようなものだ。私は着たことがない。
「これ、どうやって着るんだろう?」
お城にいた時は侍女が手伝ってくれたりしたけど今は私一人だけだ。
苦労しつつ、ようやく服を着替え終えた。
鏡がないから自分がどういう姿をしているかわからないからちょっと不安だ。
この姿で外に出てしまって大丈夫なんだろうか?王子の前に立って大丈夫だろうか?
でも、ずっと待たせるわけにはいかない。
意を決して部屋から出た。
王子は座ってなにやら箱に何かを詰めているようだった。
ドアの音に反応したのか、王子がこちらを見る。
「うん、そういう服も似合っているね」
顔が赤くなった気がする。
見れば王子の服装も変わっている、昨日のいかにも王子様という感じから、今は一般の商人というような服装だ。
「王子も……似合っています」
綺羅びやかさはないけれど、それでシュッとした感じが王子にとても似合っていた。
「……ありがとう」
少し王子の頬にも朱色がかかった。
「…………」
「…………」
お互い見つめ合ってしまう。でも、悪くない気分だった。
「それで、これからのことを話したいんだけど」
大丈夫かい?と王子が聞いてきたのはしばらく経ってからのことだった。
「ええ、大丈夫です」
私の頬の赤みも大分落ち着いてきた。これからのことは私も気になっていたし、ちゃんと話しておきたい。
「まずだけど、向かう先なんだけど、自由都市方面に行こうかと思っているんだ」
「自由都市……」
聞いたことはあるけれど、行ったことはない。
自由都市は、ここから私の国とは反対側にある都市国家のことだ。ちなみに、私の国とも王子の国とも国交がないので私自身はあまり詳しくない。
「本当はローズ嬢の国に返してあげたかったところなんだけどね」
私の国、今はどうなっているのか。逃げ出してしまった今、帰るわけにはいかない。
「その、自由都市はどんなところなんですか?」
「うーん、一言で言うと、平和なところかな?他種族で成り立っている国家でね、財政も豊かだよ」
「王子は行ったことがあるのですか?」
「うん、ちょっと用があってね」
そうなんだ、王子が行ったことがあるなら少し安心かも。
「わかりました、その自由都市に向かうことにしましょう」
どのみち私には選択肢がない。
「自由都市までは結構な距離があるけど、馬車は入手してきた。途中まではそれで行こう」
「わかりました」
「それで……だね……」
ここまで流暢に話してきた王子が少し言葉を詰まらせた。
「えっと、逃げるに当たって、流石に僕らみたいな男女二人だと色々と怪しまれるところがあって……」
「はい?」
何が言いたいのかよくわからない。
「えっと、あの、できればでいいんだけど、僕らの関係を商人の夫婦ってことでお願いしたいんだ」
「……夫婦!?」
えっ!?夫婦ってあの!結婚した二人が名乗る関係のことでしょう?私たちは一応婚約者同士だけどまだ結婚はしてないはず!
「いやいやいや!設定!あくまでも設定の話しでね!そうした方が怪しまれないと思うんだよ!」
……あ、なるほど、設定ね。
「そういう振りをするってことですか?」
「そう、あ、ローズ嬢が嫌じゃなければだけど」
不安そうにする王子。
「……嫌ではないです」
嫌ではない、ちょっと恥ずかしいだけ。
「あ、ありがとう。それじゃあ、名前で呼び合うようにしたいと思うんだけど」
いいかな?と王子は聞いてくる。
「僕のことはドルンと読んで欲しい」
「ドルン……王子」
「王子はいらないよ。……ローズ」
名前を呼ばれて、トクンと心が跳ねた。
「せめて、ドルン……様で、お願いします」
呼び捨ては恥ずかしい。
「うん、わかったじゃあ、それで。よろしくね、ローズ」
「はい、ドルン様」
お互いに呼びあって、また頬が赤くなってしまった。
なんでドルン様と一緒にいるとこうなるんだろう?こんな気持ち初めてだからよくわからないよ。
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