第4話 一方その頃
スラム街にある一際大きな一軒家。そこに一人の男がいた。
彼は、このスラム街の顔役をしている男だ。
数年前にとある事件から、彼の前の顔役は捕まり、別組織にいた彼が顔役になることでまとまった。
以前は、多数の組織がスラム街で毎日のように争いをしていたが、彼が顔役になって以来、組織は1つに統合され今では争いはほとんどなくなっている。
とはいえ、スラム街であることは代わりはなく、外からやって来る無法者の相手などをして彼は忙しい毎日を送っていた。
そんな彼が一日の仕事を終えて、休もうとしていたその時、来客を知らせるベルが鳴った。
「誰だ!こんな時間に!」
せっかくいい気分で仕事を終えようとしていたのに、邪魔されてイラッとしながら彼は玄関に向かって怒鳴る。
空気の読めない部下が訪ねてきた、そう思っていたのに。
やってきたのは全然違う人物だった。
「やぁ、久しぶりだね」
笑顔を見せて部屋に入ってきたのはとても顔の良い男だった。
「……ドルン王子!?」
やってきたのはこの国の第一王子ドルンだ。当然彼が知らないはずがない。
それどころか、彼にとってドルン王子は頭の上がらない人物だった。
しかし、彼は顔役、低い姿勢を見せるわけにはいかない。
「何しに来た」
顔をしかめて睨む。彼の部下だったら一瞬で逃げ出すほどの迫力だ。
「いやぁ、ちょっと助けが欲しくてね」
しかし、王子は笑みを崩さない。
「……助け?」
ドルン王子がこんなふうに自分を訪ねてくることは初めてではない。
その度に難題を振られている彼は嫌な予感しかしていない。
「今度はいったい何をする気だ」
恐る恐る尋ねると王子は先程の柔らかい笑みを少しくずして、にやりとした。
「ちょっと国から出ようと思ってね」
……
「はぁ!?」
夜中に彼の叫び声が響き渡った。
王子からの説明は単純だった。
「するってぇと何だ?お前は、隣国から来た婚約者と駆け落ちするってことか?」
「うん。そういうこと」
単純だった。だが、頭に全く入ってこない。
「……いったい何をするつもりだ」
今までの王子がやってきたことを考えれば、とてもそれだけじゃないだろうと彼は考えた。
振り回された自分が言うのだ、とてもただ逃げるだけとは考えづらい。
そもそも、自分がこの地位についたのだって、王子の策略のせいだ。
「いやぁ、今のところは単に逃げるだけかなぁ」
しかし、王子は話すつもりがないようだ。
こうなったら決して口を割らないのはわかっていた。
「はぁ……わかった。で、俺に何をしろって?」
ため息をついて王子を促す。
助けを求められた以上、断るつもりは始めからなかった。彼はそれだけ王子には世話になっている。
半ば無理やりつかされた顔役ではあるが、王子に従うだけでスラムの治安はかなり安定した。
スラム出身である彼にとっては今の状況は夢のようなのだ。
王子にはとても感謝をしていた。もちろん本人に言うつもりはないが。
「そうだなぁ、まず始めに、いつもの隠れ家にその娘がいるからそれとなく見張りを置いておいてほしいかな」
まず出てくる要求がそれなのか、と彼は思った。
どんだけその女が大事なのか。
「ひとまず、明日の朝に出ていくからそれ用に馬車もよろしく、前に預けておいたやつがあるでしょ?」
「あれ乗り心地よかったから気に入ってたんだが、しょうがない」
お気に入りの馬車だったが、確かに預けると言われていた。返せと言われれば返すしかない。
「そうだなぁ、今のところそのくらいかな」
王子は顎に手を当てて考える。
「あ、忘れてた、最後にこれお願い」
王子は懐からなにやら取り出して、彼の前に差し出す。
「手紙か?」
差し出したのは2通の手紙だ。
「そう、両方とも城に放り込んでおいて」
「放り込むだけでいいんだな?」
「うん。王家に伝わる紋様入れておいたから見る人が見ればわかるはずだから」
手紙の裏を見れば、きちんとドルン王子の名前が入っている。
確かにいなくなった王子の名前が入っているならば雑には扱われないだろう。
「わかった、明日お前たちが出ていった後にでも放り込んでおく」
「おっ、気がきくね。よろしく」
そんなところかな、と王子が言う。
そのまま、彼の横をすり抜けて奥に向かっていく。
「あ、今度こそ最後に、今日の寝るとこ借りるよ。鍵は勝手に取るから」
王子は机にある鍵を手にしてそのまま扉の奥へ消えていった。
「……勝手なやつだ」
彼はため息をついて悪態をつく。
ひとまず、王子に言われたことはやらなければならない。
「誰か!」
部下を呼び出して、女の警備と馬車の用意を命じる。
その部下が出ていった後、彼はつぶやく。
「あの腹黒王子が女を連れて逃げるなんてな、妙なことになったもんだ」
建物の奥の来稟室。とても上等とは言えないベッドの上に王子は一人寝転んだ。
「ふぅ……」
息を吐きながら目をつぶる。
そして、目を開けて天井に向かって手を伸ばす。
「やっとここまで来た。もう少しだ」
そうつぶやいた彼の瞳には決意が宿っていた。
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