風俗街のミス・ウィッチ

サトウ サコ

風俗街のミス・ウィッチ

 妖精王崩御の知らせが世界中に報じられてから、妖精界はふたたび混乱状態に陥った。各地で政治活動が行われ、新たな妖精王選出への動きが盛んになった。不幸中の幸いだったのは、妖精王が設立し管理していた王会議会が主亡き今でも正常に機能していたことだろう。とかく、議会は乱立する王候補者を3人まで絞った。

 ひとり目は前王を輩出した煌エクス・ペル共和国のチャーリ・チャリ―大統領。巨人族初の大統領として世界中から注目される彼は、巨人族ならではの大胆さでさまざまな法律を打ち立て、妖精民の救世主と渾名される。

 ふたり目はサウザン・ペル・カチェリナ同盟王国のカンビナリ・ケイ・ケイ女王。伝統的世襲制大王国第980代目の彼女は、マーメイド最大の特徴である巨大なネットワークを武器に、不可能と言われていた、穴掘り妖精ノッカーたちの完全従属化を成功させた、外交のスペシャリストだ。

 妖精界の国民らは、王会議会が候補者を発表する以前から既に、チャーリとカンビナリの一騎打ちになることを予想していた。だが、そこに、想定外の客人が現れたのだった。

 サトミ・ダヂ──ペル・ギンコ共同国家出身の、ごく平凡な少女が突如、妖精王候補に加えられたのだ。

 ペル・ギンコという単語を聞いた国民たちは最初、反対の声をあげた。共同国家と銘打っているペル・ギンコだが、内実、国家と名乗るための基準を満たせていない小国の集まりでしかなく、治安の安定すらままならなかったからだ。

 そんな国民たちを黙らせたのが、何を隠そう、サトミ・ダヂという少女の名だ。彼女は妖精と人間のハーフとして生まれた、正真正銘の魔法使いだった。人間界が妖精界にまで領土を拡大させている昨今、妖精と人間の架け橋となる存在を、国民たちは欲していたのだ。

 しかし一部妖精たち、特に連合王国の女王及び国民たちは彼女のことを痛烈に批判した。それは彼女の父親が、薬草を練って販売してるだけの、一介の変身妖精に過ぎなかったからだ。

 彼女への攻撃は言葉だけに止まらなかった。ある時は王選挙を辞退しなければ末代まで呪い続けると脅されもした。だが彼女は沈黙を貫き続けた。何故なら彼女は──


 「サトミちゃんに。ドリンク持ってきました」

 京浜東北・根岸線、関内駅を10分も歩けば、快楽と刺激の歓楽街へ出る。

 カビの生えたコンクリート2階にある『エンジェルたいけん♡花園』の門を開いた俺は、仕切り板に顔を隠す老齢の店主にピクニック用のバスケットを見せた。店主はバスケットをじっくり観察すると、引き出しから鍵を取り出した。

「いつもの場所でござんす」

 貰ったのは、客室が並ぶ廊下の最深部、一般的に物置部屋と呼ばれる扉の鍵だ。

 着れなくなったドレスと生ごみとが混ざった45リットルの塔の中心に、ダヂ先輩はいた。

 真っ黒で長い、絡まりまくった髪の毛をガシガシと掻き乱しながら、PCにしがみついている。

「お疲れっす。お父さまからの差し入れ、持って来やした」

 声を掛けて、ダヂ先輩はやっと、俺の存在に気がついたようだ。

「お! 」

 顔をあげないまま挨拶をして、「ささ、そんなとこに突っ立ってないで、中に入りなさい」と片手でスペースをあけた。

「最近どうっすか」

 世間話を展開させながら、ごみ山を抜ける。

「まあまあ、いつも通りさ」

 先輩は答えて、伸びをした。仕事をしてない時の先輩は、若干だが老けて見える。実家の古本屋で店番をやってるだけの俺とひとつしか違わないのに。

「お、さんきゅ」

 しんみりする俺を余所に、先輩はバスケットを漁りはじめる。

「コーヒーにシガーペーパーに火薬液にクコのバター。うん、いい感じ」

 ウキウキと言って、さっそく作業に取り掛かる。クコ・バターを紙で巻き、火薬液につけて乾かす。これをすることで、吸った時に火口がパチパチ瞬くのだそう。「線香煙草」と先輩は言う。

「ヒコも、どう? 」

「や、いいっす」

 差し出されたモノを見て、俺は慌てて首を振る。

 ダヂ家伝統の薬草コーヒー。香りだけならただのコーヒーなのだが、口に入れた瞬間その奇妙さに気がつく。とんでもない苦みが最初にくる。次にどっと辛くなって、かと思えばミントが舌から鼻腔に抜けてゆく。どこからか湧いて出た謎の固形物がじゅわじゅわ喉から胃まで流れてゆき、フィニッシュ。いちど飲んだら忘れられないインパクトだ。もう2度と味わいたくない。

「なあんで、おいしいのに」

 口を尖らせ、先輩はまた、PCに向き直った。俺も画面を覗き見る。

「締め切り近いっすか? 」

「ん」

 化け物コーヒーを飲み込み、先輩は頷く。

 先輩は妖精界の覇権争いを描いた小説を連載している。ファンタジーなのにリアルだと、人気の高い作品だ。

「人々は、魔法をフィクションと思ってる。でもいいじゃない、そっちのが。夢があるじゃない」

 ダヂ先輩は俺にそう言ったことがある。


【完】

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