第30話 届かぬ光
ヴァルムフリッシュの掌から黒い塊が発生して、栞目掛けて放たれた。栞はすぐさまシュテルネンリヒト・クラインで狙い撃ったが、光が触れただけで極小に圧縮されて消え失せてしまった。
『うおおおっ!』
リュストゥングが咆哮を上げながら立ち塞がったが、胸にまともにくらってしまった。
「きゃああああっ⁉」
リュストゥングと共に栞が床に伏せた。物凄く重たい物体が頭上から落下したような潰され方だ。驚異的な圧力に呼吸さえもままならない。口内には血の味が広がってきた。
『栞っ!』
シュヴァイツァーが、三影目掛けて突進した。
「貴様はトリュープズィンをも切断するんだったな」
三影は叫ぶと、トリュープズィンを天井に着弾させた。天井に亀裂が走り、砕け散った。まともにくらったら人間ならば圧死するであろう床材と天井材が傾れ落ちてきた。さらに散弾と化した細かい破片がシュヴァイツァーに襲い掛かった。
『うぬっ!』
突っ込んだシュヴァイツァーは、後退せざるを得なかった。シュテルプリヒを風車のように回転させて、襲ってくる破片を弾き返す。続けざまに三影との間を隔てた瓦礫も分断し、再び突進しようと態勢を低くした。
「おとなしく潰れていろっ!」
三影が吠えると、シュヴァイツァーが苦悶で歯を食いしばり片膝をついた。
『おおっ!?』
「すでに落下した天井にも仕込んでおいたのだ。おまえが瓦礫を切断すると予想してな。これで私を攻撃する術はなくなった! 丁寧に始末してくれる。私の勝ちだっ!」
『そうかな?』
三影の勝利宣言に、シュヴァは冷たい一言で応じた。
『私のレクテューレは、相棒がやられるのを黙って見ているほど腑抜けではないぞ』
「むっ!?」
「わああああっ!」
シュヴァが穴を開けた壁から伊与が躍り出た。手にはシュテルプリヒ・クラインを握っており、その鋭い先端は三影の喉笛にまっすぐ向かっていた。
伊与は渾身の力を込めて、シュテルプリヒ・クラインを思い切り突き出した。
「おまえこそが悪魔だっ! くらってくたばれっ!」
『おまえが壁を背にするように誘導したことに気づかなかったようだなっ。やれっ! 伊与っ』
シュテルプリヒ・クラインが三影の喉に突き刺さった。
「うおおおおっ!?」
三影は喉の奥から叫び声を上げた。まるでその声にエネルギーが宿っているかのような、質量を持った雄叫びだ。
手首に重量を感じたと思った瞬間、腕に激痛が走り伊与の体が床に叩きつけられた。
「ぐああっ!?」
シュテルプリヒ・クラインは切っ先が僅かに刺さっただけだった。
バキッと骨が折れる音がした。伊与の腕がねじ曲がり、シュテルプリヒ・クラインの刃は三影の喉から鎖骨辺りを斬り裂いた。
汗と叫びと鮮血が、同時に三影から飛び散った。片膝をついて斬られた箇所に手を当てるが、致命的なダメージにまでは至っていない。思わず安堵のため息が漏れた。
「伊与っ!」
「あ、危なかった。スクラーヴェの能力ではなく、レクテューレによる直接攻撃か。不意打ちなんて、随分せこい手を使ってくれるじゃないか」
「むうう……」
「だが、詰めが甘かったなっ。レクテューレにはスクラーヴェの能力を模した武器が与えられる。だが、それは私とて同様だ。私は私に触れた者を重くすることができる」
三影は与の背中を思い切り踏みつけた。
「ぐええっ!」
凄まじい圧力に蹴りの衝撃が加わって、伊与は口から血を吐き出した。
「やめなさいっ!」
栞はリュストゥングに攻撃させた。
「ヴァルムフリッシュッ!」
三影の呼び掛けに、ヴァルムフリッシュは素早く盾となり、光弾を強引に曲げた。光は鋭いフォークボールのように床に墜落した。
「だめ……。攻撃が届かない」
「不意打ちが私への対策とは、所詮子供の発想だったな。だが、ヴァルムフリッシュではなく私に直接仕掛けた着眼点は褒めてやる。私が発生させる重力は、人を押さえつける程度だからな。今時のすべてにおいて傍観者であろうとするひ弱な少年と思っていたが、なかなか根性を見せたじゃないか」
「ずいぶんと……、お喋りじゃないか」
「君に敬意を表しているのだよ。ほんのちょっぴりだけどね」
「あんたが俺に抱くのは敬意じゃない。畏怖だ」
「なんだと?」
「栞っ。撃てっ」
「無駄よ。光弾はすべて曲げられてしまう。奴には届かない」
「その通りだ。人の話が理解できないのか? 絶望のあまり話が頭に入っていかなかったかっ!?」
「撃つんだ。この重さがいいんだ。光さえも曲げてしまう、この重さが」
「なにを言っているっ? イカれたのかっ?」
「撃てっ! 栞っ!」
伊与の気迫の叫びに、栞は体がブルッと大きく震えた。伊与の目は死んでいなかった。勝利を確信した者だけが放つ強い輝きでギラついていた。
「リュストゥングッ! 潰えるまでぶっ放しなさいっ!」
『グオオオオオッ!』
シュテルネンリヒトの切っ先から、栞の激情が乗り移った一際眩しい光の槍が次々と放たれた。
「無駄だと言っているだろうっ! 全弾叩き落としてくれるっ!」
ヴァルムフリッシュが両足を踏ん張り、能力を解き放った。
「うああああっ!」
床に伏せられている伊与に、重量が加わった。巨大な手で押し付けられているようで、肋骨が砕けそうだ。
あまりの強さに、ヴァルムフリッシュ自身の足場まで床にめり込んで抜ける寸前だ。
リュストゥングのシュテルネンリヒトは一発も届かず、床に無数の穴を空けただけだ。落ちることを計算に入れて角度を変えて放っても、三影の手前で急激に落ちてしまう。何発も打ち続けたので、室内はまばゆい光に満たされた。
「どうしても届かないっ! もう魔力が……」
「最初から無駄だと言っただろう。大人の言うことは素直に聞くものだ」
栞は歯軋りして伊与を見た。そして、彼の眼光が鋭さを増していることに気づいた。
まだ勝負を捨てていない? それどころか、あれは獲物を狩る獣の目だ。
「よくやってくれた。これでこいつを倒せる」
伊与の謎めいた言葉に、三影は嫌な予感が走り胸に不快な刺激を感じた。
「シュヴァ。もう一振りできるか?」
その一言で、伊与の考えがシュヴァイツァーに明確に伝わった。彼女にも不敵な笑みが宿る。
『おまえの精神力次第だ』
「なら、問題ないっ!」
伊与は、ありったけの気合いをシュヴァイツァーに向けた。エンジンを点火したようなエネルギーがシュヴァイツァーに注入され、シュテルプリヒが高々と振りかざされた。
「無意味なことをっ! 悪あがきもここまでくると見苦しいぞっ! 絶望の中で死ねっ!!」
三影の悪態など無視して、伊与は思い切り叫んだ。
「ぶった斬れっ! シュヴァイツァーッ!」
『うおおおおっ!』
空気さえも切断されたと見えるほどの一振りを放った。振子のように綺麗な弧を描き、その刃は穴だらけになった床を分断した。
「なにぃっ!?」
シュヴァイツァーが断裁したのは、リュストゥングによっていくつもの穴が開けられた床の支点だった。支えがなくなり、重量に耐えられなくなった床は、メキメキと音を立てて崩れ始めた。
「落ちるっ!?」
三影は必死に掴まるものを探したが、そんなものはどこにもなかった。伸ばした手は虚しく空を切るだけだ。
三影の脳裏に、初めて恐怖が過ぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます