50.9 Another View ガールズトーク
今回はこれまでと違って3人称視点になります。
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「やっぱり、知永さんと蓉子さんが康太の魔の手から逃げられたのは、マンションの部屋を買うまでだったのかな」
「ちょっ、華鈴! 『康太の魔の手』って、康太は悪者じゃないよ!」
華鈴が唐突に口にした言葉に、すぐに光花がツッコミを遠慮なく入れた。こんな関係が華鈴にとって心地良さを感じさせるものだった。
それは光花も同じ。
二人の手元には、ふんわり分厚いパンケーキが3枚重なって、ホイップクリームとフルーツがふんだんに盛られた皿があって、二人の口は口福感で一杯になっている。加えて、アイスカフェオレのグラスが華鈴に、アイスティーのが光花に、それぞれの手元に置かれていた。
予約がなかなか取れない有名人気パンケーキ専門店で、二人は至福の時間を過ごしていた。
なお、予約が二人分しか取れなかったため、康太はいない。
彼は今頃明日の大学のレポート発表のための準備できりきり舞いになっている。
その康太のことを思い浮かべながら華鈴は言葉を紡ぐ。
「悪者じゃないけど、悪い人ではあるよね。私たちがOKって言っているのに、知永さん達を押し倒さないんだから」
「まあ、どっちつかずで中途半端な知永さんたちの様子を見ていたら、そうだけどさ」
「だから、結局、康太がマンションの部屋を買うまでに自分たちで住む部屋を探すべきだったんだよ。康太の魔の手から逃げるためには」
――「魔の手」にこだわるんだ。
と思いながら、その頃の知永たちの様子を思い出しながら、光花は再び反論する。
「まあ、だけど、それって無理ゲーじゃない?」
「……そうだよねー。知永さんたち幸せそうだったし。家族団らんって、ああいうのを言うのかな。血の繋がった家族じゃないけど」
アイスカフェオレを飲んでいた華鈴がストローから口を離してから言葉を紡ぐ。
「そうだねー。私は家族団らんの記憶が無いからよく分かんないけど、あれをそう言うんじゃないかな」
「家族としたら、康太は何になるかな。お父さん? お兄ちゃん? うーん? ……旦那様?」
最後の言葉のチョイスを考えるのに少し首を傾げて、頬も少し赤く染めていた光花のことを「カワイイな~」と思いながらも、華鈴はそのことは口には出さない。口にしてしまったら、話が進まなくなるから。代わりに、
「うーん? どれにも当てはまりそうで、当てはまりそうにない感じもある。大体、楽しんでいる私たちの中で、康太だけ違ったもんね」
「だよねー。ラッキースケベしないようにピリピリしていたもの」
「別に気にしないのにねー」
「ねー。仕方ないもん。あの部屋で5人で過ごしていたら」
「狭くは無いけど、大人5人では狭いよね。知永さんたちも結局無かったことに驚いていた」
あの頃の康太の様子を思い出して、笑いながら二人は頷き合う。
「だから、動いたのは康太だけ」
「マンションを2部屋買っちゃった」
「それでも、康太沼に落とされただけだよね」
「沼! 康太沼! ……っ!」
その表現は華鈴が口にした「魔の手」を真似しただけだったのだが、意外にも華鈴が笑いのツボにはまってしまった。
周りに迷惑をかけないように声を押さえて笑う華鈴をおかずにしながら、光花はパンケーキを一口口に運ぶ。口の中でふんわりと溶ける食感が癖になる。また一口運ぶ。今度のはメープルシロップが多めにかかっていて、その甘さが口の中に広がる。
そして、華鈴の笑いが収まる頃に食べるのは一休みして、喋るために口を開く。
「沼に落ちただけで、知永さんも蓉子さんも、まだあの頃は康太のこと、特別視していなかったから」
「……まあ、そうだったね」
「でも、結局、私のホテルのように、康太の連続攻撃がハマっていった、と」
「次のハードパンチは」
「「就職先を決めたこと」」
意図せずハモった言葉に、二人そろって笑ってしまう。
「蓉子さんがモデル復帰に足踏みしている間に、さっさとドリームアースへのお膳立てしちゃうもんね」
「マネージャーだった遠田さんの会社が経営難だ、と聞いてから悩んでいたもん。ドリームアースは引退の時にゴタゴタがあったから、あまりいい顔されないとも言っていたし」
「で、知永さんの就職先も用意しちゃう。しかも、蓉子さんのマネージャーという、知永さんにとって一番のポジションだもの」
ただ、その頃の知永の様子を思い出して、二人そろって今度は眉を曇らす。声のトーンも下がる。
「だけど、その直前の知永さんは見ていられなかったよね」
「ねー。誰か一緒にいた時はまだ気を張れていたみたいだけど、一人の時はもうボロボロ」
「涙流していて、ビックリしちゃった。だから、就活のお祈りメールがいつ来てもいいように、私たち出来るだけそばにいるようにしていたもの」
「康太は気が付いていなかったよね」
「うん。気が付いていなかった。だけど、あの時は康太もドリームアースのゴタゴタに首突っ込んでいたから、仕方ないかな」
「うん。仕方ない」
再び二人揃ってクスクス笑ってしまう。今度のは、出来の悪い男の子を見守るような、そんなニュアンスが入っている。
「でも、知永さんに『綺麗です』って言っちゃったのは康太らしくないミスだよね」
「ねー。それまでガチガチにガードを固めていたのに、あそこでポロッと言っちゃった」
「あれで一気に知永さん、意識し始めちゃった」
「康太は全然気づかない。あの頃の知永さんは健気だったよね」
「ねー。『少しでいいから私の方を見て』ってアピールしているの」
「でも、康太は完全スルー。あれだけ、塩対応されたら普通は心折れるんじゃない?」
華鈴が宙を見て少し考えている間、光花はアイスティーを口に含む。
「うーん。……就活で鍛えられたのか、それとも、あれが知永さんの地なのか」
「潮目が変わったのは、やっぱり、あれ? 康太が知永さんたちの下着姿見ちゃったやつ」
「だねー。あれで一気に康太のスイッチが入った感じ。どのスイッチなのかは分からなかったけど」
「今も分かんない」
「ねー。でも、康太の中で知永さんを受け入れる準備が整い始めたのは確かだよね」
「そうそう。あれ以来知永さんのこと邪険にしなくなったもの」
「ねー。それまでは知永さんがちょっと距離を詰めると、すすッと距離を取っていたのに、距離を取らなくなった」
「知永さんがボディタッチしても受け入れるようになった。抱き着いてもすぐにはがさなくなった」
「『ダメな子』を見ているようなところはあったけどねー」
「その分、蓉子さんは意外だった」
「うーん。私からすると、蓉子さんは想定内と想定外が入り混じっていたかな」
「ほうほう。華鈴のその心は?」
光花が「名探偵の推理を伺いたい」といった様子を見せる。イントネーションの置き方で、自分の言葉にそうしたニュアンスを込めてみせる。それを受けて、華鈴も探偵っぽくちょっと気取った仕草を取り入れてみせる。
演技の勉強をした成果。
「蓉子さんって、一見冷たそうに見えて、かなり情に厚いタイプだものね。だから、康太にあれだけのことをされて、どこまでスルーできるかがポイントだったと思う」
「ほうほう。それで?」
「そして、蓉子さんが成田空港に康太と一緒に向かった時に、康太に『愛人になる』って表明したのは完全に想定外」
「あれって、蓉子さんが仲間外れにされたくなかったからじゃないの?」
「逆に聞くけど、その言葉通りに受け取れる?」
「ゼロかイチかで聞かれたら、0.1か0.2くらい?」
「そう。蓉子さんって、寂しがり屋さんのところはあるけど、我慢できる寂しがり屋さんみたいだから。仲間外れにされたから動く、はあまり考えられない。主な動機を後押しする要素の1つにはなれるかもしれないけど」
「だよね」
「そして、蓉子さんって、恋愛感情が薄いタイプでもあるから、本当に『愛人になる』って表明したのは想定外」
「なら、華鈴が考える一番の要因は?」
「多分、プライド。知永さんと一緒に康太に下着姿を見られてから、康太の知永さんの扱いが変わったのを見て、『なぜ?』って思ったんだと考える」
「以前通りの自分と変わった知永さん。『どこに違いがあるんだ』」
「そう。女のプライドとしてだけでなく、モデル、というよりも仕事人としてのプライドが加わる。蓉子さんって仕事意識が高いでしょ」
「うんうん。あれは見習わなければならない」
「うん。私も見習う。でも、その意識が私たちの方に引っ張った。『私のことも見て』って」
「そっかー。だけど、それだけではないよね。蓉子さんも、知永さんも」
「それは光花ちゃんも分かっているんじゃない?」
華鈴が光花の眼を見て、アイコンタクトだけで「せーの」と掛け声を合わせて、言葉を同時に紡ぐ。
「「エリューシャ」」
ハモり具合の心地良さで二人ともクスクス笑ってしまう。
「エリューシャが現れなければ、もしかすると、蓉子さん、知永さんが離れていった可能性もあったんだよね」
「ねー。あの頃の康太は意固地になっていたし」
「それはそれでよかったんだけど」
「ねー。でも、エリューシャが現れた。エリューシャの存在と行動が蓉子さんと知永さんを康太の方にさらに引き寄せた」
「強いよねー。アメリカから『運命の人』に会うために日本にやってきた」
「いろんなところが強いよねー。まず引きが強い。空港下りたらすぐ康太に会った」
「押しも強いよ。私たちの間であっという間に自分の居場所を作っちゃったもの」
「一番は心が強い。康太の横に隙を見つけたら、サッと入って康太分を補充して、満足したらすぐに離れる。それが出来る強さ」
「私はなかなかできないなー」
「私もー。おまけに、康太に壁を作られても、受け入れてくれるまで『いつまでも待ちます』て感じだもの。あれは凄い」
エリューシャの行動を思い起こしながら1つ1つ頷いていた華鈴と光花。二人の間で再びアイコンタクトが交わされる。
「そんなエリューシャのためにも康太を攻略しなくちゃ」
「ねー」
アイコンタクトだけでなく、しっかりと言葉に出して、きっちりと意思疎通を図る。
そして、二人による悪だくみが始まる。
「どうする?」
「どうしよっか?」
「やっぱり知永さんかな」
「うん。私もそう思う」
「今の康太にとって、知永さんが弱点みたいだし」
「知永さんも背中を押せば最後まで突き進むタイプみたい」
「知永さんを攻略すれば、もう後は玉突きなし崩しでオールコンプリート」
「康太には抵抗できない流れになるよねー」
「そうすると、チャンスは明後日」
明日から光花が出演する舞台が始まる。でも、明日は康太が大学でレポート発表をしなければならないから、彼が光花の舞台を見に来るのは2日目。対して、華鈴と蓉子が見に行けるのは初日。
「うん。明後日かな。私の舞台の2日目に、康太と知永さんを二人きりにできるチャンスがやってくる」
「光花ちゃんにかかっているよ」
「頑張るよ、華鈴」
「楽しくなりそうだねー」
「ねー。これからもっと楽しくなるよ」
「「ふふっ」」
企む二人の笑みが人知れずこぼれていた。
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