52 エピローグ
『ねえ、私と一緒に死んでくれる?』
虚ろな瞳、ボサボサな髪で船山華鈴が
くたびれたシャツの袖口からはリストカットの
同時にフラッシュバックするように封印していた記憶の存在を思い出してしまう。
前回、目にしてしまった華鈴のアダルト動画。
記憶の奥底に沈めて封印していたヤツが
――見るのがきつい。
必死に記憶を再封印しながらそう思っていると、テレビの画面が暗転して、
ある放送局の深夜帯で4月から始まったドラマ第5話の最後の場面だった。
主演は佐橋由恵。華鈴と光花の先輩で、清家さんが推しているドリームアース所属の若手女優の一人。
どちらかと言うとコミカルな演技に定評がある彼女は、今回のドラマのシリアスサスペンスには「不向き」「荷が重い」などと放送前には評されていた。実際、その前に出演した近い系統の作品では相次いで酷評されていた。
けれど、今回は汚名返上に成功している。シリアスな演技もそうだが、ドラマの重い雰囲気の中、絶妙なタイミングで差し込まれる彼女のコミカルな演技が一服の清涼感になる、と。
そのドラマの中で、華鈴はストーリーのキーパースンとなる役柄を演じている。
最初から抜擢されたわけではない。最初のオファーが来た時は「通行人A」レベルの端役だった。佐橋由恵とのバーターで入れられたものである。
それが、華鈴が演じた役を務めるはずだった人が交通事故に遭って、突然降板。
結果、華鈴の下に回ってきたらしい。
――清家さんが無理やりねじ込んだのか?
それとなく、佐橋由恵の担当マネージャーとして撮影現場に詰めている清家さんに聞いてみたが、
「していませんよ。もちろん、制作側から代役の紹介をお願いされましたから、船山さんのことを紹介しました。ですが、それは、彼女の実力が役に見合う、と私が判断したからです。そして、他の選択肢から彼女を選んだのは
そう言われた。言葉通りに受け止めなければ、「はぐらかされた」とも言う。
華鈴が貰ってきた台本に目を通して、その重たい役柄に、
――演技の勉強を始めてまだ日が浅い華鈴には荷が重いのでは。
と最初は心配になったが、杞憂に終わったようだ。ドラマ放送後、ネット上で評価を探してみても、高評価ばかり。
「本当に想像以上です。あの難しい役をここまでこなせるなんて。現場スタッフの評価もいいですよ」
とは清家さんの評価。
「次の仕事もいくつか来ています。どうやって行くか、ここからは私たちの腕の見せ所です」
とも意気込んでいた。
その当人である華鈴は、と言うと、
「うん? どうかした?」
私が視線を下ろすと、彼女が私の方を見上げるように見つめてきていた。
テレビの前でクッションに座る私に並んで、私の身体に抱き着くように、座っている。
その曇りない輝く瞳は、先程映っていた虚ろな瞳とは真逆。
髪は艶やかで十二分に手入れが行き届いているし、着ている服も先日買ってきたばかりの物。もちろん、その手首にリストカットの痕など無い。
彼女の温かい体温が、寒々となっていた私の心を溶かしていく。
小沼さん……ではなく知永に押し切られてから半年。
結局、彼女と朝帰りしたあと、どうなったかと言うと、
「次は私」
マンションの部屋で待ち構えていた真野さん……ではない、蓉子に連れ出された。そのまま再び朝帰り。
翌日戻ると、今度はエリューシャ。さらに、光花、華鈴と続いた。そして、
「じゃあ、最後に全員でスル?」
悪戯っけたっぷりに言う華鈴に対しては、「勘弁してくれ」と返すしかなかった。ただ、二人きりではない夜はそこそこある。
「操作アプリ」は知永も蓉子も登録した。
そして、他の3人と一緒になって、色々いじっていた。詳しいことは見ていないが、[嫉妬:D][独占欲:D]は付けていた。
盛大な溜息とともに、知永が、
「だいぶ楽になったわ」
と言ったのには、「申し訳ない」と頭を下げるしかなかった。
その彼女は、今、蓉子のマネージャーとして働いている。
(見習)の2文字は取れ、時々忙しさに悲鳴を上げながらも、嬉々として毎日を過ごしている。
蓉子はある雑誌の専属モデルになった。
高校生の時にモデルを務めていた雑誌と同じ出版社が1つ上の世代向けに出している雑誌だ。その編集長が前の雑誌と同じ人らしく、復帰に当たって大々的な特集記事を組んでくれた。間髪入れずに写真集も出して、いずれも売れ行きは好調と聞いている。
エリューシャは、いろいろ検討した結果、日本国内に練習拠点を移し、コーチを橋場さんに依頼した。さらに、清家さんの旦那さんも元フィギュアスケーターだったため、その繋がりで、アメリカ人の振付師に演技の演出を依頼することができた。
今は次シーズンに向けて練習三昧だ。
光花は3月まで放送されていたテレビドラマでバズった。1月に公開された映画でも話題になっていたことも、タイミング良く後押しした。
仕事が立て続けに入って、大忙しになっている。
その中には、動画配信サイトが手掛けるオリジナルドラマの主演の話も来ているらしい。ただ、このドラマは、前回、酷評されていた記憶がある。
――この辺りは、清家さんたちのお手並み拝見だな。
ちなみに、光花の映画を見るために、私は映画館に3回通った。一人で、と光花と一緒に、と、華鈴と二人で。
戸島さんの「愛人」の話は立ち消えになった……と考えている。
あの後、華鈴も含めて3人で何を話したのかは分からないが、たまに私たちの部屋に遊びに来るようにはなった。
彼女主演の映画も順調に進んでいる。
8月に入ると撮影が始まる、とのこと。華鈴も光花も蓉子も、程度の差はあるが、出演する。
脚本も読ませてもらった。完成が待ち遠しい。
私の方はボチボチ。
華鈴と一緒に2年生に進級したが、華鈴以外に恋人がいることが漏れたらしく、キャンパスの中で白い目で見られることがしばしばある。タワマンに住んでいることへの妬みもあるかもしれない。
もっとも、学生の数が多いマンモス大学だから、私のことを知らない学生の方が圧倒的に多い。
それに、前回の自分も、金持ちで恋人がいるリア充な同級生に僻んだことがあるから、気にしない。
映画紹介もボチボチ。
アクセス数が劇的に増えるなんてことは起きておらず、細々とやっている。それでも、固定ファンがついて、そこから全く知らない作品を紹介してもらって、充実している。
反面、増えているのは、お金。
年末に荒れた為替相場では、がっつり稼がせてもらった。
持っている上場株の含み益も多い。今年後半には、会社経営している木場さんの紹介で出資した会社が上場する、と聞いている。
――本当、こんなことになるなんてな。
――もっと普通がいい。
なんてことが時々頭に浮かぶことがある。
同時に、
――普通とはなんだ?
とも思うが。少なくとも確実なのは、
「金持ち? 恋人が5人? 舐めてんのか! コラァ!」
前回の自分が目の前にいたら、そう言って食って掛かられるに違いない。
殴られる可能性もある。
いや、絶対殴る。
前回の今頃なら、必死になってバイトで働いていた。
大学は、講義に出る以外は、友人知人から割の良いバイトがないか情報収集をしていた。
隙間風が吹く古アパートには寝に戻るだけの生活だった。
さらに、この次の年には祖母が死んだ。
それが、今は、隙間風とは無縁なマンションに住んで、バイトに勤しむことなく、テレビドラマを見ている。
祖母のことは、少し心配ではあるが、実家のリフォームも行われたから、恐らくは大丈夫だろう。
加えて、
「なあ、華鈴。今、幸せか?」
――もし、夢だったら、
――こんな甘くて幸せな夢なら、さっさと覚めてほしい。
そう思う。
けれど、私に触れている彼女の肌の柔らかさ、温もり、そして、
「もっちろん!」
その声が夢ではないと教えてくれる。
が、
「ねー、ねー、康太。華鈴ばかり構っていると拗ねちゃうよ」
横から掛けられた言葉に振り向くと、ダイニングテーブルに座ってテレビを見ていた光花が唇を尖らせていた。他にも、甘えるチャンスが来たと笑顔を浮かべているエリューシャ、羨ましそうにこちらを見ている蓉子と、隙を見せたなと言わんばかりにニヤニヤと笑っている知永がいた。
視線を落として、華鈴の顔を見ると、ニコニコ笑っている。
そんな彼女にこちらもニコッと笑いかけると、もう一度ダイニングテーブルの方に向き直って、
「じゃあ、順番にな」
「はい! じゃあ、次、私!」
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最終話までお読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」と感じていただけたなら、これ以上の喜びはありません。
応援していただいた皆様には深く感謝申し上げます。本当にありがとうございます。
もしよろしければ、評価の星を、1つで結構です、押してもらえると本当に励みになりますので、考えていただけると幸いです。
それでは、機会がありましたら、またお会いしましょう。
(2023.12.2追記)
キャラクター紹介の後に、カクヨムコン9に記念参加するにあたって書いた番外編を投稿しました。
サブキャラに焦点を当てたエピソードです。
もしよろしければ、こちらも楽しんでいただけると嬉しいです。
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