1.5 ?'s View

 タイムリープした事情の説明回になります。

 前話と異なり、三人称視点で書いています。

 ご注意ください。



 **********



「先輩、いいんですか、あんなのを人間に与えて? 明らかな規則違反ですよ」


 ■■は自分の指導係である■■■■に不安げに問いかけた。


 彼女(?)らは、簡単に言うと、人類の上位存在にあたる。

 そして、さらに上位である◆◆◆造物主によって、数多ある次元と世界線を管理する組織で働くことを義務付けられた存在作業ユニットでもある。


 そんな彼女(?)らが配属されている「人類管理部」で任されていたのは、部署の中では「安定・良好」と判断されている次元世界線。

 ゆえに、何か手を出すことは許されていない。

 許されているのは、ただ観察するだけ。

 「安定・良好」を妨げることは許されない。

 もし、何か問題が起きれば、権限を持つ他の存在ユニットに連絡をすることが求められている。


 なお、「不安定」や「不良」と判断されている次元世界線(例えば、彼女(?)らが任されている世界線とよく似たものの1つに「不安定」と判断されている世界線があり、そこは最近COVID-19と名づけられた感染症によるパンデミックを起こしていた)を任されるのは、介入などの強い権限を持たされている「優秀」な存在ユニットである。

 そうした権限を持っていないのは、彼女(?)らが組織から「不良」と判断されているから。

 「不良」と判断されても、組織に残ることが許されているのは、さらなる「不良」が生まれるのを防ぐため。

 いわゆる「働きアリの論理」である。


 繰り返すが、彼女(?)らに権限は無い。

 「倉野康太」を10年の時を遡らせることも、その魂に彼女(?)らが扱うツールを与えることも、許されていない。


 ゆえに、■■は不安に駆られる。

 己が組織の底辺に位置していることは分かっている。

 これまでも何度もミスを犯していた。時の流れを1分ほど止めてしまったり、12秒ほど遡らせてしまったり、など。

 こうしたミスは、彼女(?)らにとっては些細なミスだ。そうしたミスを犯しながら、幾年を過ごしても、底辺から抜け出すことができない。

 後輩の多くはとうの昔に■■を追い越して、底辺を抜け出していた。


 ――ミスを犯さなければ、こんな底辺でくすぶり続けずに、上に行くことができたはずなのに。


 と考えるのだが、ミスを犯すたびに、教育係である先輩の■■■■には自分のミスを揉み消してもらっていた。

 素直にミスを上に申告していたらまた違ったのだが、一度揉み消してもらうと、


「別にいいじゃん。誰も見てないんだから」


 そんな■■■■からのささやきに抗うことができなかった。


 だが、今回の失敗はこれまでとは比較にならないほど大きな問題だった。なのに、■■■■は、平気な顔で、さらに重い別の規則違反を行った。


「いいの、いいの。バレなきゃいいの」


 といつもと同じように振舞う。


 これまで、■■が犯したミスを報告しなくても、誰にもとがめられなかった。そのことが、■■■■の気を大きくしていた。


「バレなければ問題ない。これまでも問題なかったから、これからも問題ない」


 そう言われれば、■■もそれ以上言うことが出来なかった。


 ――自分もミスを咎められるのは嫌だ。


 それでも、これまで犯してきたことよりもはるかに重い違反は、


 ――もしかして、消去処理されるかも……。

 ――ないよね。

 ――ね!


 と■■を不安に駆らせる。

 不安から目を背けるために、さらに声を上げる。


「というか、先輩。なんであれを持っているんですか? あたしたちの部署には全く縁のない代物ですよ」


「あれね。前彼が持っていたから、手切れ金代わりに貰っておいたの」


「前彼って、開発部にいる■ですか? 二股掛けられていたから、のし付けて別れてやったって言っていた」


 ■■■■から数年間同じことを聞かせられていたから、忘れたくても忘れられなかった。

 のだが、


「くぁwせdrftgyふじこlp!!」


 言葉にならないののしり声が空間に轟く。周りにあった機器が破砕される。


 すぐに、■■は閉鎖モードに移行したのだが、最初にごくわずかに聞いた声によって、少なくないダメージを負ってしまった。

 そんな■■の状態に気にすることなく、■■■■は怒りを発散した後、メンタルを整え、破砕された機器を元に戻す。

 元に戻された機器を確認して、ダメージの回復に専念していた■■も閉鎖モードから通常モードに戻る。


「……。そっ。のし付けたのと一緒にふんだくっておいたの。『俺が開発したんだ』って散々自慢話していたから」


「ふーん。それで、あれを人間に付けて、どうするつもりですか?」


 ■■■■の様子に合わせて、■■は、己の教育係である先輩の話にすかさず合の手を入れる。

 それが■■の処世術。先輩に合わせることが出来なかった同僚たちの骸を乗り越えたことで獲得した。


「どうするもなにも、見て楽しむに決まっているじゃない。人の欲に溺れるか、人の業にもてあそばれるのか、格好の観察対象よ。さあ、どんな悲喜劇が繰り広げられるのか、今から楽しみで仕方ないわ。まずは、早送りで彼の人生録レコードをチェックしてみて、それから、じっくりねっとりと。巻き込まれる人々の阿鼻叫喚あびきょうかんも含めて……」


 ■■■■はルーティンワークしかない「人類管理部」の業務に飽き飽きしていた。それだから、これから始まる娯楽が楽しみで仕方なかったのだが、


「……って、あなた、何しているの? 首を横に振って。……? 後ろ? 後ろを見ろ?」


 ■■のよく分からないジェスチャーに従って、後ろを振り向くと、


「……ゲェ! ■■■! あんた、監察なのに、何でこんなところにいんのよ!」


 いつのまにか背後に現れていた■■■は、■■■■とは同期の間柄。

 だが、底辺でくすぶっている■■■■とは違い、■■■はエリート街道をひた走っていた。

 今は、「人類管理部」よりも遥かに格上の「監察部」に所属して、日夜、組織内の不正を取り締まっている。だからこそ、この場に現れたわけだ。


「もちろん、規則違反が行われたからですわ。そして、処分もね。理由はもちろん分かっていらっしゃいますよね。では、二人とも250年ほど矯正研修に行ってらっしゃいませ。異議は受け付けませんわ。それでは、ごきげんよう」


 言い終わると同時に、■■■■と■■は漆黒の空間に取り込まれ、姿を消した。

 声を上げる暇もなかった。


「……ふー。何で、あんなくだらないことをするのかしら。理解できないですわ」


 同期の関係でも、情けを掛けるつもりは欠片もなかった。

 粛々しゅくしゅくと対処するだけ。


「さて、あとは、あの人間に付けられたシステムを回収……は出来ないですね。どういうことかしら? あら、バグ報告が上がっていますわ」


 「回収できない」というバグ報告は上がっていなかった。

 システムが実装される前段階のテストランで、因果律に関するバグが発覚して、開発が頓挫とんざしていたからだった。そのバグの内容は「使用者がシステムを他者に実行した場合、対象者が時には因果も飛び越えて使用者に接近する」というものだった。


「あら、因果律関係のトラブルは厄介ですわね。ですから、このシステムは完成したのに、本格運用がなされていないのですね」


 因果律に関する問題は、例外なく深刻度が最上位の「クリティカル致命的」と判定され、最優先で解決が図られる。

 だから、気が付いた。


「つまり、私がこの件をまともに報告すると、因果律に関する特大トラブルも一緒に表に出てしまうわけですわね。総合管理本部と開発部の方々から盛大に恨まれますわ。ただでさえ、まもなく退勤時刻を迎えますし、私の残業も確定に……! それは困りますわ!! 今日はこれからデートなのですから!!!」


 ■■■は力強く言い切るが、誰にも聞かれていないから問題ない。

 それから、猛然と、状況の再確認を行う。


「ふむふむ。システムにはちゃんとストッパー機能が備わっていますわね。人間の心理傾向もさほど問題ないですわ。これなら、因果律が大きくかき乱されることもないでしょう。かき乱されたとしても、彼女たちの処分がさらに重くなるだけですし」


 すでに書きあがっていた報告書に修正を施す。今後、何があっても自分に被害が及ばないように。

 そして、送信。


「これで、お終い。何も憂いはありませんわ。……さあ、デート♪ デート♪ 48年と108日ぶりのデート♪」


 タイムカードに退勤時刻を記すと、■■■は鼻歌を楽し気に歌いながら、その空間から去っていった。



 **********



 お読みいただきありがとうございます。

 次話からは、再び主人公視点の一人称に戻ります。

 よろしくお願いします。

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