第7話 誰のもの
「秀」
「はい」
「こっちに来て」
強い目で引き込もうとしている。わかっていても、心は大きく揺れていた。
まるで暴力だ。山田先輩や千羽先輩にも負けない魅力があるのに、その使い方は酷く子供っぽい。
「山宮君は今、生徒会の見学中よ」
「話はする。そのつもりで来たから。でも、まずは返して」
「まるで貴女の物のように言うけれど、山宮君の意思はどうでもいいの?」
「……………………秀」
ねだるように名前を呼ばれて困惑した。
けれど、このままでは平行線を引き続けるだけだろうと思って決める。
「そちらに行きます。けど神宮会長、山田会長としっかりお話していただけないでしょうか」
「そのつもりだよ」
「はい。なので、俺ではなく、山田会長を見てお話していただきたいです」
神宮先輩が初めて俺から視線を外し、山田先輩を見た。
「そうだね、秀が正しい。美星、ごめんね」
「いいのよ」
二人が話す間に早々と神宮先輩の横に座る。
すると、どうしてか頭を撫でられた。
恥ずかしかったけど、他の視線よりも、神宮先輩の表情を確かめてしまう。
とても嬉しそうに微笑んでいて、さっきまでの恐ろしさは見えない。
少しは落ち着いただろうか。
「順を追って話をしましょう」
「どうぞ」
「まず、山宮君は現在、生徒会の見学中よ」
「私はどうしてそうなったのかわからないの。朝、美星に話をしたよね? 遥にも話した」
「そうね。でもあなた、自分のことを山宮君に話していなかったみたいじゃない」
「秀、私言ったよね? お礼をするから覚えておいてって」
あの出来事の終わりに、たしかにそう言っていた。
「はい。言っていました」
「ほら、横取りしたのは生徒会でしょ?」
「山宮君は、その言葉から指導生会に関する意図を感じていたの?」
「いいえ。指導生会についても、神宮会長についても、先ほど山田会長に教えていただいて、初めて知りました」
「そんな……秀……」
俺の手を握った神宮先輩の手は、心細そうで小さかった。
そんな神宮先輩に、山田先輩が畳みかける。
「聖、あなたの主張不足だったということよ」
「……」
とても不満そうな表情で、次の瞬間には爆発してしまうのではないかと不安に駆られる。
「神宮会長――」
だけど、まるで別人のように変わった。
「わかりました。私に非があるのは明らかだから。皆に迷惑もかけてしまって、ごめんなさい」
驚いて、呼びかけた口が塞がらない。
「ありがとう。けれど、貴女の話を知っていたのに、私が彼を受け入れたのも事実。だから、ここから一つ進んで話をしましょう」
「どうぞ」
「まず大前提として、彼が何をするのか決めるのは、彼自身よ」
「……仕方ないね」
「その上で、今日はこのまま生徒会活動の見学をしてもらうわ」
「いいよ」
「これは山宮君にお願いなのだけど」
山田先輩の表情はとても冷静なものだった。
彼女から投げられる言葉からは、わかりやすく意図が伝わる。
合わせてほしいとお願いされて意識はしているが、それを加味しても丁寧な会話だと思う。
「はい」
「明日、指導生会の見学をしてくれないかしら」
ぎゅっと、神宮先輩の手が力んだ。
理路整然とした山田先輩とは対照的に、とても感情的な神宮先輩は、一つ一つを自分の反応で伝えようとしていた。
この人はきっと、人を振り回すために生まれてきたのかもしれない。そう思った時には、声が出ていた。
「わかりました」
俺は、神宮先輩の方に近いかもしれない。
「ありがとう。聖、最後にお願いがあるわ」
「……何?」
神宮先輩の警戒に苦く笑って続ける。
「新入生歓迎会の指導をしてほしいの」
「わかった。いいよ」
「助かるわ」
山田先輩が一つ息を吐く。
それがひとまずの閉幕を意味しているのだと、この場の誰もがわかった。
「秀、振り回してごめんね」
「俺は大丈夫ですよ」
「皆も、騒がせてごめんね」
「そのことについては、皆、もっと自分を持ってほしいわね。聖が動いたから自分も動こうではいけないわ」
各委員会の代表たちから反論が出ることはない。
皆、山田先輩の言葉を受け入れていた。
「結局、予定の時間通りになったわね」
俺に構う神宮先輩を除いて、他の全員が少しの緊張を保ち生徒会会長へ向き直る。
「それじゃあ、始めましょうか」
――――――。
――――。
――。
生徒会の見学を終えて、校門で迎えを待つ。
神宮先輩の騒ぎの後、代表顔合わせは滞りなく終わった。
その後、どうしてか神宮先輩も一緒に、生徒会で新入生歓迎会の準備をして今になる。
明日は、神宮先輩が会長を務める指導生会の見学予定だ。帰り際「明日、放課後迎えに行く」と言われている。
「秀さん」
急いで来たのだろう。忘れ物を取りに戻っていた明音さんが、駆け寄って肩を揺らしていた。
「忘れ物、ありましたか?」
「ありました……三木さんは、まだみたいですね」
息を入れて、段々と落ち着いていく。
完全下校時間が近づいて、帰っていく生徒たちを一緒に見ていた。
「会長方はまだ残っているんですか?」
「お二人とも、まだ残っていましたよ。生徒会室に入ったら、神宮会長が先生に怒られていて驚きました」
「……想像できない」
あの神宮先輩が、大人しく説教を受けるのだろうか。
「それにしても、いつ神宮会長と親しくなったんですか?」
「朝、佐伯さんと別れた後に……かつあげにあって」
「かつあげ!?」
「みたいなものです」
尋ねてきた時の厳しい視線が疑問の色に変わっていって、俺も同じ気持ちだと笑う。
「でも、それがあんなことになるなんて思わなかったです」
「無事に終わって良かったですよ。明日の準備も――……進めることができて」
すると、迎えの車が目の前に停まった。
「お待たせしました」
明音さんの付き人である
「ありがとうございます。佐伯さん?」
「お嬢様?」
先を譲ろうと見ても、ただ目が合うだけで反応がなかった。
「……?」
しかし俺や三木さんの案内なしに、ゆっくりと車に乗り込む。
どうしてしまったのか、三木さんと見合うがわからないまま。
「とりあえず、秀様もお乗りください」
促されて俺も乗り込んで、それから時間をかけず、車が穏やかに走り出す。
「秀さん」
少し時間がたっただろうか。
自然に、そうあるべきかのように、そうだったかのように、明音さんの言葉が置かれる。
「秀さんは、神宮会長のものではありませんよね?」
「はい」
だから俺の返事も、自然に、そうあるべきかのように、そうだったかのように口から出た。
「わかりました」
初めて聞いた声が耳を打つ。
「明日はテストもありますし、頑張りましょうね」
けれど、明音さんの静かな空気は、俺の言葉を待っていなかった。
俺にできることは、明音さんの言葉を受け止めることだけ。
それから会話はなく、静かに時間が過ぎる。
帰宅した時には、明音さんの様子も普段のものになっていた。
「秀さん、今日は私が晩ご飯を作ります」
「楽しみです」
気にしすぎだと、そう思うことにした。
――――――――。
――――。
――。
「はい。皆、お疲れ」
先生の言葉とともに、皆の緊張感が一気にほどけていく。
「終わったぁ!」
最上くんも、大きな声に反して脱力しきっていた。
神宮先輩の指導生会を見学する予定になっている水曜日。
今日は一日を通して、高校入学時点の実力確認テストが実施された。
心なしか受験の内容よりも難しいテストを五科目分受け、俺も疲れを感じている。
「お疲れ」
「おう、山宮もお疲れ。どうだった?」
「いい感じだと思う」
入学の経緯から、俺は結果を出さないといけない。理事長である佐伯さんの言葉もある。
努力は怠らない。
昨日も明音さんと一緒に対策をしたし、それ以前に、日々勉強を続けている。
手応えはある。順当に結果が出るはずだ。
「俺も結構できた」
「藤枝さんはどうだった?」
「ばっちり」
俺や最上くんのように疲れた様子は特になく、軽い調子で返事がくる。
「そっか、山宮は知らないよな」
「知らないって?」
「結果が出たらびっくりするぞ」
恐らく、藤枝さんについてなのだろう。驚く程の高得点が待っているのだろうか。
「よし、切り替えて部活だな」
「今日はどこに行くの?」
体験入部全制覇を掲げ、昨日だけで複数の部活に体験入部をしていた最上くん。
だけど、部活会の会長である千羽先輩に、荒らし行為として注意を受けたらしい。
どの部活にも本気で取り組んだとは、本人の言い分だ。
そんな最上くんに対して、注意の他に、千羽先輩はアドバイスも送ったそうで。その言葉を基に考え直したそうだ。
つまりこれからは、「一日一部活」なのだとか。
四月中に所属を決めないといけないから、それでも多くの部活を体験することになる。
「今日はバドミントン」
「ふぇ!?」
横から悲鳴が聞こえた。
「藤枝、一緒に行こうぜ」
「……ぅん」
救援要請の視線を送ってくる藤枝さんに、俺はそっと首を振った。
ごめん、藤枝さん。今日は先約があるから、助けてあげられない。
「山宮は委員会の見学だっけ」
「うん。放課後になったら迎えに来るって言ってたんだけど」
「――山宮君」
ふと、クラスメイトから声をかけられる。
彼女の視線を追いかけると、そこには注目を一身に集める神宮先輩がいた。
「先輩が呼んでる」
目が合うと、表情を明るくする。
「秀、行くよ」
その声は良く通り、俺の元にハッキリと届いた。つい強制力を感じて、慌てて荷物をまとめる。
「二人とも部活頑張って!」
主に藤枝さんへ向けて応援の言葉をかけ、神宮先輩の元に駆け寄った。
満足そうにする神宮先輩を見て、安心する。
「指導生会室に行こうか」
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