第6話 生徒会見学
明音さんの言葉が耳に残ったまま、お昼休憩から時間が過ぎた。
各活動の紹介が終わって、最後のプログラムに入ろうとしている。
これまでの活動の紹介は、シンプルなものもあれば、凝った催しもあって盛り上がった。
隣にいる最上くんも、体験入部をとても楽しみにしている。本当に制覇するつもりなのだろうか。
「最後に、代表挨拶をお願いします」
「出てきた」
司会が進行させると、最上くんの視線の先で、二人の生徒が登場する。
美男美女だ。
「部活会会長、
「生徒会会長、
皆の視線が熱く集まっていた。
千羽先輩が爽やかな笑顔で話を始める。
「今日の活動紹介は、新二年生が中心になって考えて、こうしてお披露目になりました。新入生の皆が楽しそうに聞いてくれて、代表の一人として、とても嬉しいです。部活動については、今日の放課後から体験入部ができるから、気軽に参加してみてください。わからないことがあったら、先輩たちにどんどん聞いてね」
とても清涼な雰囲気の人だ。だんだんとドキドキしてきた。
ふと隣を見てみると、小さな最上くんが映る。
輝いた目で先輩を見る最上くんは、まるでヒーローショーを楽しむ少年のようだ。
「それじゃ、最後の挨拶をお願いします、山田会長」
千羽先輩からバトンを受けて、山田先輩が前へ出る。
とてもカッコいい人だと思った。
「改めまして、生徒会会長の山田美星です。無事に活動紹介が終わってほっとしています。説明があったように、本校の生徒は部活動、もしくは委員会活動に参加する必要があります。部活動の体験入部と同じく、委員会活動についても、本日の放課後から見学が予定されているので、是非参加してみてください」
凛々しく、研ぎ澄まされた雰囲気が意識を彼女へ傾かせる
「最後に、皆の学校生活が良いものになるよう、しっかりと何がしたいのか考えて決めてくれたらと思います。私たちも先輩としてサポートするので、いつでも頼ってください」
最後に、綺麗な笑顔で締めくくる。
「会長方、ありがとうございました――」
司会の声も聞こえず、俺は席へ戻る二人を目で追っていた。
あの人たちのようになれたら楽しいだろうと、強く思っていた。
思い出す。明音さんの言葉が俺の中で繰り返される。
『生徒会に、入りませんか?』
「山宮、どうした?」
いつのまにか終わっていたみたいだ。
放課後を目前にして、皆浮足立っている。
「カッコいいなって思って」
「はは、わかる」
見てみよう。
俺は、明音さんの誘いに付き合うことにした。
――――――――。
――――。
――。
「秀さん」
明音さんが駆け寄ってくる。
「お待たせしました。行きましょう」
これから、明音さんの紹介で生徒会の見学に行く。
二人並んで歩き出した。
「見学に来ていただけて良かったです」
「興味が出たので」
「会長目当てですか?」
「いえ」
あえて視線を合わさずに返す。
「そうですか。会長は綺麗な方なので、人気がありますから」
「カッコよかったですね」
「はい。憧れています」
「憧れ、ですか」
「会長のようになれたら」
間を置いた明音さんを見ると、珍しくいじわるな表情をしていた。
「秀さんにカッコいいと思ってもらえるかもしれません」
「……」
「ふふ、すみません」
動揺を押し殺すことができなかった俺に対して、とても楽しそうに笑う。
「今日は新年度の代表顔合わせが予定されています。準備のお手伝いをお願いするので、少しでも生徒会活動の雰囲気を知っていただければと思います」
「わかりました」
絶対に邪魔にはならないようにする。そのうえで、しっかりと見て、考える。
俺が何をしたいのか。憧れがどこにあるのか。
「ここです」
朝に明音さんと別れた場所を過ぎた先で、一緒に進んでいくとたどり着いた。
生徒会室。
緊張から心を守ろうとしているのに、明音さんが躊躇いなく扉を開けてしまう。
「ただいま参りました」
広々とした部屋の奥に、扉と向かい合って、一つの大きな机があった。その席に一人、女子生徒が座っている。
卓上名札に役職と名前が書かれていた。
生徒会会長、山田美星。
目が合った瞬間に、ずっと重たい緊張感に包まれる。
「見学させていただきます、山宮秀です。今日はよろしくお願いいたします」
席を立って近づくのを見て、慌てて挨拶をした。
「そう畏まらないでいいわ。君が山宮君ね……」
目の前にまで来ると、雰囲気による錯覚を知る。背が高い印象だったが、実際は俺よりもやや低い。
それだけ、俺は目の前の人に、何かを期待しているのであろうことに気づいた。
「活動紹介でも名乗ったとは思うけど、改めて、私は生徒会会長の山田美星です。よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「固いわね。代表顔合わせはまだ先だから、しばらくここでお話でもしましょうか」
「すみません、会長。この後は一緒に準備をする予定なので、お話はまたの機会に――」
「そう。それじゃあ、山宮君は私が貰うわ」
「今日は私に付いて、見学していただこうと思っているのですが……」
「私も一年生の時に、当時の会長と話をしたのよ?」
「譲る気はありませんか……」
いつも俺を振り回す側の明音さんが、振り回されていた。
しまいには、折れてしまう。
「わかりました……秀さんをよろしくお願いします」
「ええ、任せてちょうだい」
「秀さん、ごめんなさい。準備で離れますが、すぐに戻るので! ですから……」
目が合ったまま、明音さんの口元が迷っていた。
「……行ってきます」
何か言葉を飲み込んだように見えたけれど、それを聞くには難しい。
「行ってらっしゃい」
せめて見送ってあげると、早歩きであっという間に行ってしまった。
「山宮君、そこに座っていて」
ローテーブルを間にソファが設けられている。
腰掛けて待っていると、お菓子とお茶が用意された。
「すみません、全て準備させてしまって」
「気にしないでいいわ」
どうぞ、と差し出されたカップを手に取って一口味を確かめる。
柔らかく匂いが身体に広がっていった。
「美味しいです」
「良かった。山宮君は、明音に誘われたのよね?」
「そうです」
「委員会活動に興味があるの?」
「はい」
「他に理由があるのね」
鋭く、言葉が胸に届く。対して、その目を見ると、今から話すことを受け入れてくれるのだろうと感じた。
「活動紹介の時に、お二人を見てカッコいいと思ったんです。すみません、特別な理由がなくて」
「何も悪いことなんてないじゃない。私も、生徒会に入ろうと思ったのは先輩を見た時だったわ」
それは、前代の生徒会会長を言っているのだろう。
「とても可愛らしい人で、先輩がいたら、皆が先輩を見るのよ。憧れて、同じものが欲しくなって、だから今、私は会長をしているの」
「俺からしたら、山田会長がそうです」
「そんなに力強く言われると流石に恥ずかしいわ」
「すみません……」
勢いが余ったかもしれない。
恥ずかしそうな様子の山田先輩を見て、俺もまた恥ずかしさを覚える。
「聖が気に入るのもわかるわね」
「聖さん、ですか?」
「指導生会会長の
朝といえば、あの出来事しか思い浮かばない。
まさか、あの生徒が、その神宮聖さんなのだろうか。
「あの子、教えなかったのね……今朝倒れている女子がいて、その子を助けたと思うのだけど、覚えていない?」
まさしく、朝の出来事だった。
「たしかに助けましたけど、どうして」
「その子の名前は神宮聖。私の親友で、今年度の指導生会会長なの」
まさしく、あの生徒が神宮聖さんだった。
怠惰な雰囲気だけを考えれば、その物々しい肩書は不釣り合いのように感じる。だが、たしかに、恐ろしいとさえ感じた力強さを思い出すと、相応の肩書のようにも感じた。
「そう……だから貴方、私のところに来たのね」
呆れた様子で首を振る。
「活動紹介にも来なかったものね。話していないならわかるわけないわ。山宮君は悪くない、うん」
「ちゃんとフォローしておくわ」と謝る山田先輩に戸惑っていると、生徒会室の扉が開く。
明音さんが戻ったのかと見たが、顔を見せたのは異なる生徒だった。
「遅くなりました――あら、知らない方」
高校生になって、ツインテールを初めて目にする。
生徒会のメンバーだろうか。
「生徒会広報の
「見学で来ました、山宮秀です。同じ一年生です。よろしくお願いします」
名乗ると、表情を一段明るくした。
「貴方が山宮さんでしたか。お互い一年生です、仲良くしましょうね」
ふとテーブルの状態に気づき、会長を見て微笑んだ。
とても純粋な笑みには見えない。
「会長、二人きりでお茶会ですか?」
「そうよ。明音たちは準備をしているから、貴女も手伝ってあげなさい」
「先輩方が早めに来ていたのなら、今から行っても無駄足になりそうですね」
「そうかもしれないわね」
すると、一条さんが隣に座る。
「ご一緒してもいいでしょうか?」
「叶、どうして私に聞かないの?」
「山宮さん、どうでしょう」
「……俺は構いませんけど」
「ふふ、会長」
諦めて、山田先輩が一条さんの分のお菓子とお茶を用意する。
「ありがとうございます」
きっと、彼女が楽をするために利用されたのだろう。
随分と強かな子らしい。
「まったく、わがままなんだから」
「少しわがままなくらいが好まれると思いますよ。ね、山宮さん」
「どうでしょう」
「そうですね……では、秀さんとお呼びしてもいいでしょうか? 私のことは叶と呼んでください」
「えっと……」
話の流れがわからないまま、勢いに押し通されていく。
「はい、あーんしてください」
「……ん」
どうしてか口までお菓子を運ばれて、美味しくいただいていた。
俺は、どうしてここに来たのだったか。
「美味しいですか?」
「美味しいですか、ではありませんよね。何をしているのでしょうか、一条さん?」
「あら、早いお戻りですね」
声がするまで気づかず、驚きのあまり声も出ない。
いつのまにか、明音さんが引きつった笑顔で近くにいた。
俺と一条さんの間に割り込んで座り、俺のことを睨む。
「秀さん。私は女子と親しくさせるために誘ったわけではありませんよ」
「……はい」
「秀さんが怖がっているじゃないですか。場所を変わってくださいますか? 佐伯さん」
「貴女はいつも――」
そこで、一つ手を叩く音が響いた。
山田先輩の制止だ。
「二人の仲がいいのは良くわかりました。それで明音、何かあって戻ったのでしょう?」
「……はい。会議室にて、神宮会長がお待ちしています」
その名前に身体が反応する。
明音さんの表情からも緊張が感じられた。明音さんだけではない。一条さんも、山田先輩も同様だ。
「聖が? 今日は来ないと聞いていたのだけど」
「加えて、神宮会長が席に着いているからでしょうか、代表の皆様も揃っていて……幸い準備は終えているので、予定を早めたく」
「そうでしょうね。わかったわ、皆で行きましょう」
神宮聖という生徒を中心に、皆が動いている。
どうしてか、そのことが少し怖かった。
「行きましょう、秀さん」
「一条さん、離れてください」
四人、生徒会室を空けて会議室へ向かう。
「明音、聖は何か言っていた?」
「それが、その……」
明音さんの迷う視線は、どうしてか俺の方に向いていた。
もちろん、心当たりはない。
「『秀を返して』と」
「はぁ……まったく、あの子は」
気づく。どうして怖いと感じているのか。
「山宮君、私に合わせてくれるわね?」
「はい」
きっと、あの目に見られていることを、わかっているからだ。
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」
「お願い、聖の前で謝ったりしたらだめよ。そもそも、山宮君に非はないの。全部あの子が悪い」
早歩きで着いた会議室のドアには静けさだけがあった。この中に何人もいるとは思えない。
けれど、山田先輩がドアを開け、集まった視線が存在を証明した。
「皆、お待たせ」
ホワイトボードを背に配置された席に、明音さんたちが着席する。どうやら生徒会用の席であるそこを中心として、コの字型で各委員会の席があった。
そして、生徒会席と対するように、一つ広々とスペースを取る席がある。
「山宮君は、一度私の傍に控えていて」
皆が席に着くのを確かめると、最後に山田先輩が席に着く。
「早い時間になったけれど、皆揃っていることだし、始めてしまいましょうか」
ずっと目が合っていた。
朝に出会った時とは、まるで雰囲気が異なる。だけど見ると、たしかに別人ではない。
「美星」
指導生会会長、神宮聖。
怠惰な雰囲気はかき消えて、特等席にただ一人、低い声で生徒会会長の名前を呼ぶ。
「秀を返して」
彼女が見つめる先にいる俺へと視線が集まるのは、正しい流れだった。
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