なんでもなくてこの上ない、一期一会

 赤点だったテスト用紙を海へ捨ててやろうとした中学生の“僕”は、それをする直前、釣り師のおっさんに止められる。そこからなんとなく話をする間柄になって、“僕”はおっさんが働いている飲食店が父の勤務先だと知った。それだけのことだったはずなのに、“僕”はその父から唐突に引っ越しすることを告げられて……

 つまらないことをきっかけに中学生と社会人が友情にも届かない交流をして、別れる。それだけのお話なのですが、故にこその叙情が匂い立って、ほろっとしてしまうのですよ

 “僕”にとっておっさんという人は異分子で、非日常の存在です。ある意味、初めて邂逅した「身近じゃない大人」なのですね。だからどう付き合えばいいのかわからないのですが、それでも向き合っていく中、小さいけれども確かな悟りを得る。そして読者はさりげないストーリーの最後に理解するのです。ああ、これは青春の物語なんだって。

 勢いよく突きつけるのでなく、やさしく差し出されるような少年の成長劇です。


(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=高橋 剛)