第6話 "教授"

シンは”教授”の居室の入り口に立っていた。記憶に違いが無ければここに来たのはあの日以来だ。なぜ、自我パーソナルの召喚動作がアレになったのかを問いただしに来たまだ訓練生にすぎなかったあの日。

「教授、はいっていいですか?」

シンはノックもせず、扉の外で声を張り上げた。

「入り給え」

中から声が聞こえた。シンが誰かを問うことさえしないのか。シンは確信した。”教授”はシンが来ることを予期していたに違いなかった。ドアを開けて中に入り、後ろ手に閉めた。”教授”はあの日と寸分変わらない様子で、反対側の壁の前の机の前に座っていた。顔を上げ、シンを見た。

「教授、教授はこうなることを予測していたのですか?」

シンが問うた。

「だとしたら、どうする気だね、キミは」

”教授”は「こうなること」が何を意味するかさえ聞かなかった。シンは再び確信した。”教授”は確信犯なのだ。怒りがこみ上げた。ぐっとこぶしを握り締めるシン。

「許せない!」

シンが叫ぶ。"教授"はシンから視線を逸らしながら話し始めた。

「インシデントの侵略は加速していた。一刻を争う事態だった。キミも気づいているだろう。インシデントは日中も出現し、さらに同じ場所に複数個体が出るようになっていた。もし、この仕組が、インシデントに対する防衛体制の発足が、もう一年遅れていたらどうなったと思う」

シンは無言で”教授”をにらめつけた。

「これは仕方のない犠牲なのだ。こうならない可能性もあった。起きてしまったがまだ犠牲者は一人だ」

仕方のない犠牲。シンはもう怒りのあまり何が何だか分からない状態だった。ロビンは仕方ない犠牲だったと。

「これから起きないという保証はない!」

シンは叫んだ。ロビンが最初で最後という保証などない。だが、”教授”は平然と頷いた。

「そうだ、だが、数は徐々に増えるだけだろう。やむを得ない犠牲だ。その間に対応策を・・・」

シンは怒りを通り越して悲しみを感じていた。かつて、一度は尊敬した人間、憧れたことさえあった人物がこんなだったとは。

「その間に、廃人になったものはどうなるんですか」

”教授”はこともなげに頭を振った。

「仕方がない、犠牲だ。いま、このシステムを停止したら人類は滅亡する」

シンは唇をかみしめた。これ以上、何を話しても無駄だ。シンは振り返って外に出ていこうとした。

「どこへ行く、のかね?」

”教授”が間延びした声で尋ねた。

「皆に知らせます」

シンは毅然と、振り返りもせずに答える。

「残念だが、そうはいかない」

背後から”教授”の声が聞こえた。ハッとして振り返るシン。いつの間にか複数の黒服が入って来ていた。あっという間に拘束された。

「くそ、離せ!」

シンは全力で暴れた。手を振り回し、けりを入れた。もろにけりを食らった黒服の一人が吹っ飛んだ。次の瞬間、シンは頭に衝撃を覚え、何もわからなくなった。


シンはゆっくりと目を開けた。頭がずきずきと痛んだ。

「いてて」

シンは床に横たわっていた。ゆっくりと上体を起こして周囲を見渡すと、そこは拘束室の中だった。

「くそ、だせ、だせよう!」

シンはよろよろと立ち上がると扉に近寄り、必死に扉を叩いたが何の反応もない。

「くそ、なんで、こんな!」

ドアに寄りかかって項垂れるシン。涙が頬を伝った。こんなはずではなかった。こんなことのために、インシデントと戦うために青春を犠牲にしたはずじゃない。こんな、こんな。

もう二度と自我パーソナルたちに会うこともできないのだ。レイのしかめっ面が、フレイアの笑顔が、カノンのおびえた表情が、サクラの無表情が、脳裏に去来した。いつでも会える、と思ったから、彼女たちとの時間を大切にしなかった。プライベートの時間を彼女たちと過ごしていてもそれはあくまでメンテナンスのためで仕事の延長だった。そして、彼女たちの気持ちに気づかなかった。一度も。今ならわかる。ロビンがなぜ、しくじったか。ロビンにとって自我パーソナルたちはただの道具だった。ロビンの自我パーソナルたちの中でエースだったスーザン。笑顔が素敵なあの自我パーソナルは多分、ロビンに恋していたのだ。そして今まで自覚できなかった淡い想いに気づいてしまったため幻覚ハルシネーションを起こし、四回目の召喚で消去された。自分たちに責任がある。自我パーソナルたちの気持ちに気づかなかった自分たちに。いまこうしている間にも複数の自我パーソナルたちが叶わぬ思いに悶々とし、異常をきたして幻覚ハルシネーションを起こし消去の浮き目にあっているかと思うと、いてもたってもいられなかった。だが、シンにできることはもうない。シンは絶望に打ちひしがれた。

かちゃりと扉の方から音がした。シンはさっと顔を上げ、構えた。誰かが入ってくる。どこかに移送されるのか、それとも拷問を受けるのか。あるいは命をうばわれるのかもしれない。だが、一矢報いずに言いなりになる気はない。指の一本も嚙み切ってやる、とシンは身構えた。

そろそろと扉が開いて入ってきたのは・・・

「フレイア、なんで?」

素体はまだ小生意気系のままだが、フレイアが召喚されていると全くそんな風には見えない。フレイアが優しく微笑んだ。

「私を召喚した状態でシンを拘束したのは彼らの最大の過ちでしたね、シン」

「フレイア!」

シンは感動のあまりフレイアに抱き着いた。

「ちょっと、落ち着いてください、シン」

フレイアの専門は科学全般だ。だからこそフレイアはレイと並んでシンのチームではエースなのだ。生成系AIから作られた自我パーソナルたちは俗に基盤モデルと呼ばれる巨大な汎用モデルをベースに専門領域の精度が上がるようにファインチューニングをして作られている。だが、科学に長けたフレイアは自分自身をファインチューニングできるのだ。レイほど即座にとはいかないが、召喚後ある程度の時間さえ許されれば、フレイアはほぼすべての専門家に自分をファインチューニングできる。だからどんなインシデントとも互角に戦って戦歴を上げてきた。

「こんな電子錠、私にとっては解錠は簡単です」

そうだ、フレイアなら。科学に長けているフレイアなら。GPT-10は人類のありとあらゆる英知を学習している。その中の科学面を強化されたフレイアならこんな牢屋の電子錠を解錠するなどいとも容易だろう。

「さ、行きましょう、シン。この事実を一刻も早く皆に知らせなくては!」

「うん」

シンは頷き。フレイアの手を取ると部屋を駆け出した。

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