腐女子といえたら

@comekome

第1話 さら編①〜出会い〜



「さら、帰ろう!」


 教室の扉が、勢いよく開く。

 同時に、明るいハスキーボイスが教室中に響き渡った。


「ユカ!早いね」

「迎えにきたよ!帰ろ!」


 ユカは私の姿を見つけるなり、ぶんぶんと手を大きく振って言った。


「ちょ、ちょっと待って。まだうちのクラス,掃除終わってないから」


 私は慌てて掃除道具をロッカーにしまった。ユカは教室の入り口で、早く早く、と足踏みしている。


「終わった?早く帰ろ!」

「わかったってば」


 まるで散歩に行くのを待つ犬のようなその姿に,思わず笑ってしまう。


 ユカがこんなに急ぐのには,理由がある。

 帰り支度を急いで済ませ、「おまたせ」と言ってユカの元に行くと,ユカが嬉しそうにぴょんと飛び跳ねた。

 こんなふうに感情をストレートに態度に出せるのが、ユカのいいところだと思う。


「二人、ほんと仲良いね」


 その声に振り向く。声の主は、クラスメイトのさくらだった。さくらは、このクラスで私がよく一緒にいる友人だ。


「でしょー!?」

 そう言って、ユカが私の肩に手を回し、さくらに向かってピースして見せた。


「はいはい、仲良し仲良し」

 さくらが呆れたように言って、肩をすくめる。


 ユカは裏表のない明るい性格で、誰とでもすぐに打ち解けることができる。さくらとも、私に会いにこのクラスに来るうちに、いつの間にかすっかり仲良くなっていた。


 そういうところを、本当に尊敬している。


 それに、ユカは誰からも好かれる。

クラスのリーダータイプ、という訳ではないけれど、彼女のことを「嫌い」という人を見たことがない。


 ギャルも、ヤンキーも、オタクも、真面目な人も、先生も。

 

 みんな、ユカと話している時は楽しそうなのだ。

ユカは人によって態度を変えたりしないし、嘘をついたりしないから、誰からも好かれるのだろう。


 人見知りが激しくて、なかなか人と距離を縮められない私とは正反対だ。


 そんな私たちが何故こんなにも仲が良いのかというと、共通の好きなものがあるからだ。


「あー、売り切れてないかなぁ、新刊」


 ユカがそわそわと落ち着きのない様子で言う。


「さすがに、発売日当日に売り切れはないんじゃない」

「そうかなぁ」

「でも,楽しみだよね。今回は書き下ろしおまけページもあるみたいだし」

「それ!」


 歩きながら,顔を見合わせて笑いあった。

 今日は,私たちが今ハマっている漫画の発売日なのだ。


 私とユカの共通点は、アニメや漫画が大好きということだ。


 ユカとの出会いは、中学一年生の時。

今は私たちは高校二年生だから、もう五年の付き合いになる。


 私たちが住んでいるところは田舎で、中学校も生徒が少なく、二クラスしかなかった。


 当時の私は、中学校になかなか馴染めずにいた。

小 学校までは男女の分け隔てなく誰とでも仲良くできたのに、中学生になった途端,周りとのギャップに悩むようになった。


 みんな,急に大人になってしまったーーそんな風に感じていた。


 私は子供の頃から漫画やアニメが大好きだったから、いつも友達にその話ばかりしていた。それなのに、小学校高学年にもなると、周りの友達は,オシャレとか恋愛とか、別のことにもっと関心を持つようになっていった。


 中学に入学すると、それはますます顕著になった。

男子は急に悪ぶりだして、女子はおしゃれに精を出すようになった。


 急に変わってしまった友人達に、漫画やアニメの話はしづらくなった。そして、その話題を封じられたら,何の話をすればいいのかわからなくなった。

気付けば,私は周りからすっかり浮いてしまっていた。


 気が合う友達もできず、つまらない日々を送っていた。しかし、転機が訪れた。


 放課後に委員会の集まりがあったある日のこと。

さっさと帰ろうと支度をしていたら,私は突然話しかけられた。


「ねえ、麻生さんのカバンについてるキーホルダー、日曜の朝にやってるアニメのキャラだよね?」


 その声に驚き、私は慌てて顔を上げた。

 目の前には、猫のような切長の目をキラキラと輝かせて,真っ直ぐこちらを見ている女子がいた。

私はびっくりしすぎて、すぐには返事ができなかった。


 彼女は同じ委員会で、隣のクラスの,土田ユカ。

 委員会の集まりの時も,いつも誰かと楽しそうに話している印象の子だ。


 明るくて友達が多くて、みんなの中心にいるような存在だったユカは、私とは違う世界の住人だと思っていた。


 同じ委員会だけど一度も話したことはなかったから,話しかけられて、ものすごくビックリした。

 アニメや漫画が好きそうな雰囲気でもなかったから、おそらくマニアックであろうアニメを知っていることにも驚いた。


「ねえ、そのアニメ,好きなの?」


 内心戸惑っている私などお構いなしに、ユカはさらに話しかけてきた。私は挙動不審になりながらも、「うん」となんとか声を絞り出して言った。


 ユカはそれを聞き、心底嬉しそうな顔で微笑んだ。


「良かったー!私の他にも好きな人いたんだ!みんな子供向けアニメだってバカにするけどさ、話がしっかりしてるし,めっちゃ面白いよね!?」


 そう生き生きと語るユカの姿に,私は呆気に取られて言った。


「土田さん、アニメとか見るの?」 


 ユカは笑顔で答えた。 


「全然見るよ!漫画も超好きだし」


 驚きながらも、私は嬉しくなった。

 でも、人目憚らず堂々と話すユカに対し,私は挙動不審になってうまく話すことができなかった。


 中学に入ってから,いわゆる「オタク」を馬鹿にする人たちもいるのだと知ったから。

 小学生の時は私とも漫画の話をしていた友人が、中学生になった途端、「オタク」と言って笑っているのを見てしまったことがある。


 それ以来、人前で漫画やアニメの話をすることは控えていた。


 けれどユカは、周りの目なんて気にせずにアニメの話を続けた。


「土田さん、……その、恥ずかしくないの?」

「何が?」

「その……アニメの話をすること」

「なんで?」

「なんでって……、その、オタクだと思われちゃうよ」

「思われちゃうってか、オタクだし」


 そうあっけらかんと答えるユカが、輝いて見えた。

 何が恥ずかしいのか全くわからないーー本気でそんな顔をしていた。


 私は久しぶりにアニメの話ができた嬉しさもあったけれど,何よりユカのその人柄に惹かれた。


 その日はそのまま一緒に下校して、好きな漫画やアニメの話で盛り上がった。全然話足りなくて、神社の階段に座り込んで話し続け,気づけば辺りは真っ暗になっていた。


 それ以来、ユカとはお互いのクラスを行き来して漫画を貸し借りしたり、待ち合わせをして帰ったり、休みの日には遊んだりと、一緒に過ごすようになった。

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