終章

「とうろうちゃん,ごめんね?」


 情けほどに繋がれた呼吸器と点滴。

 滴る養分はもう,彼女の生命を繋ごうと努力している様子は無かった。

 私は思う。

 どうして甘い蜜をすする悪人が生き延びて,君みたいな私を気にかけてくれる心優しい人が犠牲になるのか,と。

 きっともう彼女に声を発する機能は無い。

 なのに私の為に命を削って謝罪してくれた。

 そんなもの,いらないのに。

 謝るくらいなら,生命を維持し続けてほしいのに。


「わたしたち精神は,替えが効くから……とう,ろうちゃん,も,がっこ,行かない,と……」


 愛。精神。月影。

 一番繁殖機能に特化している,私たちの痣。

 けれど,彼女は1人しかおらず,彼女の代わりはいない。

 私が一番嫌いだと言っていた同情と情けの瞳を向けるのは,彼女の優しさだと私は知っている。

 もうすぐ死ぬ彼女の死を,私が見て悲しまないようにするため。

 最後の最期に嫌われて,その死を悼まれないようにするため。


 精神は,いてもいなくても変わらない。


「…」

「…………あ,めだ,ま,あげ,る」


 それが彼女の最期だった。

 きつく彼女の手を握りしめていた私の腕を解き,みぞれ玉より二回りほど大きな飴玉を握らせて,死んだ。

 彼女の周りには,誰もいない。

 飴玉の秘密を知っているのは,私しかいない。


『おじいちゃんが言ってたの! 死ぬ時にね,物体に心を通わせると,魂だけがその物体に宿って,永遠に生き続けるんだって』


 飴玉が脈打ちをするように,私の脳内に彼女が宿る。


『しかもね,これって精神にしか無いんだよ! いっぱい赤ちゃんが産めるのがほんとの精神の特徴じゃ無いの』


 封をしていた飴玉を,衝動的に破って口内に放り込む。


『でもね,』


 俺を,彼女が支配する。


『それを発見して偉い人に報告したおじいちゃん,死んじゃった……』


 これは,那狼ちゃんとわたしだけの秘密。


『だから,秘密ね。那狼ちゃんが死ぬ時に,大好きな人にだけ教えて。わたしもそうするから』


 那狼ちゃん,すきなひとができたのね。


『これは,けいしょうしていかないといけない秘密だって,おじいちゃん,言ってたから』


 すぐ死にそうだけど,かわいい顔してる。


 那狼ちゃん,すきそうね……。


『本当はね,那狼ちゃん』


 わたし,あなたの事がすきだったのよ。

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嘘つきのあめ。 弥生 あまね @Yayoi_Amane

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