第23話 魔物は人を恐れない

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


 じゅう武装ぶそう馬車ばしゃだん同乗どうじょうし、小砦しょうとりでステンイを出発しゅっぱつした。

 ステンイは、ひがし大砦おおとりでとなりにあり、周囲しゅういには危険きけん魔物まもの出没しゅつぼつする。民間みんかん乗合のりあい馬車ばしゃで東の大砦にちかづける限界げんかい地点ちてんかんがえるとかりやすい。ここから大砦にかう乗合馬車は、凶悪きょうあくな魔物におそわれる可能性かのうせいたかく、まさに命懸いのちがけとなる。

きたに向かいます馬車ばしゃは、ございませんでしたわね」

 馬車にられるフェトが、残念ざんねんそうに口にした。

仕方しかたないわよ。北にかっても、つよ魔物まものおおいし、大砦おおとりでちかづきもはなれもしないし、小砦しょうとりでがあるだけだし、ハイリスクローリターンもいいところだもん」

 アタシたちは、じゅう武装ぶそう馬車ばしゃだんひがしに向かっている。きたいきたでも、命懸いのちがけの西にしでもなく、安全あんぜん東端とうたん国境こっきょうちかくへともどる。

 国境近くの小砦しょうとりでを東から北へと迂回うかいして、北端ほくたんから南下なんか、北の大砦おおとりで可能かのうなところまでちかづく、という経路けいろ予定よていしている。というか、そういう経路でしか乗合のりあい馬車ばしゃがない。

「ふわぁ~」

 あさはや宿屋やどやたから、すこねむい。欠伸あくびる。馬車ばしゃるには、れがあらすぎるし、おしりいたい。

 馬車ばしゃだんは、厳重げんじゅう武装ぶそうの、五台のはこ馬車で編成へんせいされる。くだかれた石畳いしだたみ街道かいどうを、ガタガタとあられながらはしる。

「左から魔物まものるぞ。警戒けいかいしろ」

 同乗どうじょうするわかい男のハンターが、目つきのするどい女エルフにこえをかけた。二人とも、馬車ばしゃだん用心棒ようじんぼうだ。

 奇跡きせきの三エルフ目は、女だった。華奢きゃしゃだし、美女びじょよりは美形びけいだけど、女エルフだった。残念ざんねんだ。

警戒けいかいあたいするほど、つよ魔物まものなのでしょうね?」

 女エルフが、はこ馬車ばしゃほそまどからそとうかがった。気位きぐらいたかそうな、ました口調くちょうだった。

 武器ぶきは、宝飾品ほうしょくひんみたいな小型こがたゆみである。小型でも、見るからに魔力付与エンチャントされている。

襟巻えりまきフロッグですね」

 女エルフが舌打したうちした。

「ザコだわ」

 アタシも落胆らくたんした。凶悪きょうあく魔物まものが見たかった。あわよくばたたかってみたかった。

 襟巻えりまきフロッグとは、かえるを大きくして、首周くびまわりに襟状えりじょうまくやした外見がいけん魔物まものである。人間にんげん子供こどもくらいの大きさで、前脚まえあしをダランとさげ、直立ちょくりつ二足にそくのガニまたでコミカルにはしる。かずある魔物のなかでも、ザコちゅうのザコとしてられる。

 そのザコ中のザコが、五台がつらなるじゅう武装ぶそう馬車ばしゃだんに、甲高かんだかきながらせまる。よろいうま体当たいあたりにもける分際ぶんざいで、果敢かかんいどんでくるつもりらしい。

「グエエェェクオォォォ!」

勿体もったいないもしますが」

 女エルフが、小型こがたゆみつがえる。すわったままとびらけ、矢をはなつ。

「ゲコォッ?!」

 断末魔だんまつま悲鳴ひめいこえた。わかい男のハンターが、いたとびらめた。もう、うまひづめと、馬車ばしゃ車輪しゃりんと、かぜおとしかこえなかった。


   ◇


魔物まものは人をおそれない、ですわね」

 フェトが興味深きょうみぶかげに分析ぶんせきした。

魔物まものはアタシたちをおそ対象たいしょうとしか見てないから、恐怖きょうふ敵意てきい憎悪ぞうおもない、ってやつね」

 アタシは、何気なにげなく相槌あいづちった。

 フェトが、目をまるくしてアタシを見つめる。用心棒ようじんぼう二人も、おどろいた目で見てくる。

「ユウカさんにしては、博識はくしきですのね」

寿命じゅみょうみじか人間にんげんにしては、ものっているようですね」

「見るからに脳筋のうきんなのにな」

だれがトロール女よ。そいつは、親父おやじ何度なんどかされたから。ほっ、めてもなにないんだからねっ」

 アタシはれて、おもわず赤面せきめんした。いつもとはちが方向性ほうこうせいめられて、うれしかった。

魔物まものは、こことはちが世界せかい生命体せいめいたいだとわれていましてよ。べつの世界からましたから、この世界の生命体をりませんの。知りませんから、目のまえにあるものとして無感情むかんじょう無差別むさべつおそう、と仮説かせつてられていますわ」

未知みちのものに恐怖きょうふする知能ちのうもなさそうですよね。魔物まものなんて、凶暴きょうぼう肉食にくしょく動物どうぶつみたいなやつらばかりです」

「たった一体のゴブリンが千人の軍勢ぐんぜい正面しょうめんからおそいかかったはなしとか、有名ゆうめいだよな。さけさかな定番ていばんわらばなしだ」

 アタシ以外いがいの三人で、小難こむずかしそうなはなしはじめた。

 もうついていけそうにないので、アタシははこ馬車ばしゃほそまどからそとながめることにした。そらに、あめでもしそうな、灰色はいいろくもめていた。


   ◇


 帝国ていこく東端とうたんちかくの小砦しょうとりで到着とうちゃくした。

 はこ馬車ばしゃからりて、大きくびをする。なかせまかったから、そと解放感かいほうかん心地好ここちよい。

「ユウカさん。一刻いっこくはやく、北西ほくせい小砦しょうとりでけます乗合のりあい馬車ばしゃさがしますわよ。ここでの調査ちょうさは、すでにわっていますから」

 フェトが、足早あしばや馬車ばしゃえき事務所じむしょへとかう。

「はいはい。いそぎすぎるところぶわよ」

 アタシは、小さなフェトの背中せなかって、微笑びしょうする。るロリが、とても微笑ほほえましい。

 最初さいしょは、インテリの護衛ごえいなんていてない、とおもった。一緒いっしょごすうちに、なんのかんのと仲良なかよくなった。かわいいいもうとがいるみたいな気分きぶんだ。

 いや、もちろん、ロング俎板まないたあねとロリ巨乳きょにゅういもうと、のわせは現実げんじつではいやだ。がた屈辱くつじょくだ。でも気分だけであって現実ではないから、いいじゃないか。

「おーい! 凸凹でこぼこコンビのおきゃくさーん!」

 事務所じむしょからてきたわかい男のハンターに、大声おおごえばれた。

だれがロング俎板まないたよ!」

 アタシはおもわずツッコミをれた。

きた大砦おおとりでのなるべくちかくにきたい、ってってたよな? 馬車ばしゃえきのオーナーにいてみたらさ、乗合のりあい馬車じゃなくていいなら、あるって」

 馬車ばしゃ同乗どうじょうしただけなのに、ものすごくさくにはなしかけてくる。ハンター同士どうしだと、よくある。

「そっ、それは、どちらの馬車でしょうかしら?」

 フェトがいついた。

「あっちの、建材けんざい輸送ゆそうする馬車ばしゃだんだよ。ここから北西ほくせいった小砦しょうとりでホトクが、西にしの森の資源化しげんか目指めざして、かべかこ工事こうじをしてるらしい。森の魔物まもの殲滅せんめつのために、ハンターもたくさんいるってよ」

「ありがとうございます!」

きゃくってないそうだから、りたかったら責任者せきにんしゃ直接ちょくせつ交渉こうしょうしてくれ。上手うまれるといいな」

かならってみせましてよ! 情報じょうほう本当ほんとう感謝かんしゃいたしますわ!」

「ありがと!」

 わかい男のハンターに笑顔えがおで手をる。したフェトをう。歩幅ほはばちがうので、簡単かんたんに追いつく。

 ひろ停車場ていしゃばすみに、木材もくざい鉄板てっぱんんだ馬車ばしゃならぶ。資材しざいをロープで固定こていするうでふといマッチョ野郎やろうどもの一人と、フェトが交渉こうしょうはじめる。料金りょうきんおおめにはらうと提案ていあんして、きゃく馬車ばしゃじゃないからと難色なんしょくしめされている。

「この子をせてくれたら、ランクSハンターがオマケでついてくるわよ。アタシはピンクハリケーン、この魔物まもの研究者けんきゅうしゃさんにやとわれて、護衛ごえいをしてるの」

 アタシは右手をした。

 マッチョ野郎やろうが、自身じしんふとおおきな手と、アタシの手を見比みくらべる。女の手にしては太く大きいけれど、マッチョ野郎どもとくらべると小さく華奢きゃしゃである。

「かなりの有名人ゆうめいじんだな。いいだろ、人手ひとでおおくてこま道行みちゆきじゃぇ。現場げんばまで同乗どうじょうしてやってくれ」

「かよわ女子じょしだから、期待きたいえるかはからないけどね。やるからには、マッチョの男どもよりやくってみせるわ」

 笑顔えがおで、力強ちからづよ握手あくしゅわした。なぜか、握力あくりょく勝負しょうぶはじまった。おたが意地いじになって、かおになるほど、にぎる手に全力ぜんりょくめた。

 アタシはけずぎらいってほどじゃないけど、アタシのちだったとおもう。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第23話 魔物まものひとおそれない/END

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