第24話 壁の足元

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


 荷馬車にばしゃれる。箱馬車はこばしゃではなく揺れる。

 かた木材もくざい仰向あおむけにて、あたまうしろにんだ両手りょうてまくらにして、くもぞらを見あげる。いまにもあめしそうな曇天どんてんに、くろくもめる。陽射ひざしがないせいか、かぜがヒンヤリとつめたい。

 アタシはユウカ。まだ十六さい可憐かれんな少女で、両刃りょうば大斧おおおの白銀はくぎんのハーフプレートメイルを愛用あいようする魔物まものハンターだ。ピンクいろ長髪ちょうはつで、女にしてはたか筋肉質きんにくしつむねがなく、『ピンクハリケーン』の二つ名でばれる。

 大斧おおおの邪魔じゃまなので、荷馬車にばしゃすみいた。周辺しゅうへん小砦しょうとりでから合流ごうりゅうした数十台すうじゅうだい馬車ばしゃつらなる大馬車団だいばしゃだんだし、ここらはザコしかない区域くいきだし、同行どうこうする魔物まものハンターもおおいから、問題もんだいない。いまなら爆睡ばくすいだってゆるされるだろう。

「フェトもかしこまってないで、リラックスしたほうがいいわよ。つかれをめると体調たいちょうくずしちゃうわよ」

 アタシは、となり背筋せすじばしてすわるフェトに、欠伸あくびじりでこえをかけた。

 フェトは、ロリ巨乳きょにゅう魔物まもの研究者けんきゅうしゃである。見た目は女の子で、小柄こがら華奢きゃしゃ普段着ふだんぎの上に白衣はくいて、なが金髪きんぱつ上品じょうひんんで、ほそ銀縁ぎんぶち丸眼鏡まるめがねをかけ、薄化粧うすげしょう小綺麗こぎれいにして、むねが大きい。

 木材もくざい座席ざせきみたいにんで、毛皮けがわ敷物しきものいて、ちょこんとすわっている。ガサツなアタシとちがってそだちがいいから、荷馬車にばしゃたびつらそうに見える。

「だ……大丈夫だいじょうぶ……ですわ……」

 顔色かおいろわるいフェトが、パクパクと口をうごかした。口の動きよりも言葉数ことばかずすくなくて、こっちを見る余裕よゆうもなさそうだった。

 いまは、そっとしておこう。

 疲労ひろう理由りゆうとして、途中とちゅう小砦しょうとりででの一泊いっぱくが、馬車駅ばしゃえき併設へいせつされた安宿やすやどだったのもある。

 スピードをせない荷馬車にばしゃ道行みちゆきは、スケジュールの余裕よゆうすくない。視界しかいわるよる小砦しょうとりでやすんで、あかるいうちに目的地もくてきちかん走破そうはする。いついかなるトラブルがあるかもれないし、はしれる時間じかんわずかでもおお捻出ねんしゅつするため、同行者どうこうしゃ全員ぜんいん行動こうどうにも制限せいげんがかかるのである。

 同行者がそこにまるのはまりごとだから仕方しかたない、とフェトも同意どういした。仕方なくても、不慣ふなれな安宿やすやどでは十分じゅうぶんにはやすめなかったようだ。部屋へやせまかったし、ベッドはかたかった。

 だったらいまねむればいい、ともいかない。

 たくさんの蹄鉄ていてつが、ときにリズミカルに、ときに不協和音ふきょうわおんで、石や土をたたつづける。たくさんの車輪しゃりんがガタガタとり、馬車ばしゃらし続ける。旅慣たびなれたアタシでも、これはねむれない。

「おい! 現場げんばが見えたぞ! 二人とも、りる準備じゅんびをしといてくれ!」

 御者ぎょしゃの男が、さわがしい荷馬車にばしゃけない大声おおごえさけんだ。

「やっといたの? 荷馬車にばしゃたびって、可憐かれん乙女おとめにはこたえるわね」

 アタシはきあがって、かたらしながら、軽口かるくちをたたいた。


   ◇


 たかかべが見える。壁は、レンガやいわ鉄板てっぱん分厚ぶあつ頑丈がんじょうつくられる。まだ建設けんせつちゅうの壁の切れ目は、金属きんぞくはしら無骨ぶこつまれて、壁の骨格こっかくみたいに露出ろしゅつする。

 かべの切れ目には、高く鬱蒼うっそうとした木々がのぞく。そのさきは、ずっとこうまで、深緑しんりょくの森としてびている。おもっていたより、はるかに広大こうだいな森のようである。

「森をかべかこんでる途中とちゅうって、あれよね? 建設けんせつ途中の壁とか、ひさしぶりに見たわ」

 興奮こうふんして、れる荷馬車にばしゃからした。

「わたくしは、はじめて拝見はいけんいたしましたわ! いままで、資料しりょうつづられました言葉ことばでしか、ぞんじあげませんでしたわ!」

 フェトも、小さな手で荷馬車にばしゃふちにぎり、ほそうでで小さな体と大きなむねささえ、フラフラとあぶなっかしくれながら、して歓喜かんきした。あおかったかおあか上気じょうきし、うれしさに興奮こうふんしているようだった。

 数十台すうじゅうだい荷馬車にばしゃつらなり、かべの切れ目の足元あしもとかう。ほか方向ほうこうからもべつ馬車団ばしゃだんつどう。かなりのかず資材しざいと人があつまっている。

規模きぼが大きいのね」

 かべがどんどんちかづく。近づくほどに壁が視界しかいたかくなる。足元に辿たどころには、見あげる高さにそびつ。

資材しざいろすぞ! ちょっと退いててくれ!」

 御者ぎょしゃ恰幅かっぷくのいい男が、ふとまるっこいうで手綱たづないた。荷馬車にばしゃ徐々じょじょ減速げんそくして、まれた資材の山の近くに停車ていしゃした。

「このあたりにろせばいいの? 手伝てつだうわ」

 アタシは、両手りょうてでフェトの両脇りょうわきかかえあげて、地面じめんへとろす。

「そうだ! たすかる! 適当てきとうでいいぞ!」

 フェトのつぎは、資材しざい固定こていするロープをほどく。御者ぎょしゃの男を手伝てつだって、資材を荷馬車にばしゃから降ろす。腕力わんりょくではけない。

「助かった! 滞在たいざい希望者きぼうしゃは、あっちで記帳きちょうするまりだ!」

 御者ぎょしゃの男が、かべ沿いにある木造もくぞう小屋こやゆびさす。急造きゅうぞう小屋ごやである。

「こっちこそ、せてくれて、ありがと。またね」

「ありがとうございました」

 アタシもフェトも、御者ぎょしゃの男に感謝かんしゃして、小屋こやへとかった。


   ◇


 いままさに建設けんせつちゅうの、かべはし横目よこめとおりすぎる。

滑車かっしゃうまで、おも資材しざいちあげますのね。資料しりょうにもありました工法こうほうの一つでしてよ」

 フェトが興奮こうふんして、そびかべを見あげる。

 上を見ながらあるくのは、ころびそうであぶなっかしい。先手せんてって、手をつなぐ。

「カッシャって、あれ? 木材もくざいんだヤツ? なわつないで、うまかせてる、あれよね?」

 アタシは、よくからないままゆびさしていた。むずかしいのは苦手にがてだ。

「あとで説明せつめいしてさしあげましてよ」

 フェトが、たのしげに、かべを見あげたままこたえた。

 かべと森のあいだの、土のみちとおる。切りかぶられたあなが、あちこちにある。すぐに、小屋ごやく。

 木のいたざつつくられたとびらは、いている。コンコン、とかるくノックして、はいる。

「こんちはー。滞在たいざいするなら手続てつづきがいる、っていたんだけど」

 ボロいつくえ椅子いすがあるだけの、殺風景さっぷうけい部屋へやである。ボロい椅子の一つに、せた男がすわっている。三十さい前後ぜんごで、よわそうで、かげうす印象いんしょうける。

「ああ、はい。こちらに記帳きちょうをおねがいします。都度つど無事ぶじ確認かくにん使つかいますので、この建設けんせつ現場げんばから離脱りだつするときも、ご報告ほうこくください」

 おだやかで紳士的しんしてき口調くちょうだ。現場げんばあらくれかんとは真逆まぎゃくの人だ。

数日すうじつではありますけれど、お世話せわになりますわ」

 さきにフェトが記帳きちょうする。

「まずは、宿泊しゅくはく施設しせつにご案内あんないします。簡易的かんいてきかべかこまれておりますので、比較的ひかくてき安全あんぜん宿泊しゅくはくできます」

「宿泊って、いくら?」

 つづいて、アタシが記帳きちょうする。

「この森では、定期的ていきてき魔物まもの討伐とうばつおこなわれております。魔物ハンターのかたが討伐に参加さんかしていただけるのでしたら、おれのかたともに宿泊無料むりょうです。報酬ほうしゅうもお支払しはらいいたします」

「オッケー。せっかくだから、ちょっとくらいは手伝てつだっていきたいもんね」

 アタシは気軽きがる承知しょうちした。どうせ、ザコい魔物まものしかない区域くいきだ。人助ひとだすけとおもって一暴ひとあばれするのもわるくない。

「わたくし、魔物まもの研究者けんきゅうしゃのフェトシャールともうします。所属しょぞくします研究所けんきゅうじょ職務しょくむで、魔物の現地げんち調査ちょうさをしておりますの。そのために、見張みはやぐら利用りようする許可きょかをいただけませんでしょうか?」

「ええ、ええ、もちろん、かまいませんとも。宿泊しゅくはく施設しせつから、だれかに案内あんないさせましょう。そうしましょう」

 せた男が、おだやかに微笑ほほえんだ。よわそうなこしひくさだった。

 一般人いっぱんじんには危険きけんな、こんな場所ばしょにいるにしては、いかにもデスクワーク専門せんもん管理職かんりしょくだった。ガサツなあらくれものどもにかこまれて大変たいへんだろうなあ、とアタシは同情どうじょうした。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第24話 かべ足元あしもと/END

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