第22話 別れる道

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


 エレノアは、食堂しょくどうまえ凸凹でこぼこコンビとわかれて、すぐに人気ひとけのない路地ろじはいった。

 あか短髪たんぱつきあげる。緑色みどりいろのコートのえりただす。凛々りりしい目で、せま路地ろじせまくもぞらを見あげる。

「どうした、リード。なにかあったのか?」

「それはこっちの台詞せりふだぜ、エレノアさん」

 屋根やねの上からエレノアの目のまえへと、青年せいねんがおりたった。着地ちゃくちに、かわのブーツのかかと軽快けいかいった。

帝国ていこくぐんのヤツらがうごいたから尾行びこうしてみたら、こんなとこでなにしてんだよ? 慎重しんちょうに動けってったのは、エレノアさんだろ?」

 茶色ちゃいろかみ気味ぎみの、青年せいねんである。青黒あおぐろ旅服たびふくあかいマントを羽織はおり、こし長剣ちょうけんをさげる。エレノアのれで、をリードという。

「ああ、なるほど、まない。けしからん軍人ぐんじん難癖なんくせをつけられた民間人みんかんじんがいて、見過みすごせなかった。居合いあわせたお人好ひとよしハンターのおかげまるおさまったゆえ、大目おおめてくれ」

 エレノアは、バツがわるそうに、自身じしんあか短髪たんぱつぜた。

「お人好ひとよしハンターねえ。エレノアさんだけだと大乱闘だいらんとうになってただろうし、うんかったな。大砦おおとりでから援軍えんぐんたら、シュッツの野郎やろうさがすどころじゃなくなるぜ」

 リードが、あきれたみでかたすくめた。数年すうねんともらしているので、エレノアの口のわるさはっていた。口車くちぐるまとは無縁むえんの、ぐすぎる心根こころねも知っていた。

 エレノアは、すこかんがえて、リードを見る。

「そうか、ってなかったか。ハーシャは着飾きかざることにしか興味きょうみのない、しょうとしては愚鈍ぐどんな女だ。領内りょうない小砦しょうとりで陥落かんらくしようと、にもめまい」

「え? でも、もののエレノア将軍しょうぐん副官ふくかんだったんだろ?」

 リードはおどろいた。エレノアのうえも、エレノアの昔話むかしばなしいて、ある程度ていどっていた。わかくして将軍しょうぐんとなった天才てんさい軍師ぐんし一騎当千いっきとうせん絶世ぜっせい美女びじょ主人公しゅじんこうの昔話だ。

たいは、皇帝こうてい警護けいご部隊ぶたいだったんだ。将校しょうこうは皇帝の親衛隊しんえいたいで、全員ぜんいんが女だった。親衛隊は、内部的ないぶてきに、はなやかさ担当たんとう貴族きぞく騎士きしと、実務じつむ担当の士族しぞく騎士にかれていた」

 なつかしげにかたるエレノアに、リードはくびかしげる。情報じょうほうおおくて、混乱こんらんする。

はなやかさ担当たんとうって、なんだよ? おえらいさんたちのかんがえることは、庶民しょみんのオレにはからねえぜ」

わたし理解りかいがたいが、貴族きぞくとは体裁ていさいこだわるものらしい。親衛隊しんえいたい汗臭あせくさ士族しぞく騎士きしだけでは、皇帝こうてい陛下へいか品位ひんいきずがつく、などとさえずっていた」

 エレノアは、おも微笑びしょうつづける。

わたしが、しょうとして士族しぞく騎士きしまとめた。ハーシャは、最高位さいこうい貴族きぞく令嬢れいじょうだったから、貴族騎士をまとめる副官ふくかんとなった。私が戦死せんししたあつかいになって、プライドばかりが無駄むだたかいハーシャが、そのまま将軍しょうぐんりあがったのだろう」

「だけどよ、しょうとしてたいまとめる能力のうりょくはないんだろ?」

「そうだ。ハーシャは、ぐんのおかざりでしかない貴族きぞく騎士きしなかで、もっと身分みぶんたかいお飾りだ。軍をまと指揮しきうごかすなんてできない、愚鈍ぐどん司令官しれいかんだ」

 エレノアは断言だんげんした。自身じしん帝国ていこく将軍しょうぐんだったころ記憶きおくと、たゆまぬ情報じょうほう収集しゅうしゅうを、総合そうごうした判断はんだんだ。

「そうか……」

 リードは、かるにぎった右こぶしあごて、かんがえる。考えながら、横目よこめにエレノアを見る。

 エレノアの口のわるさが無意識むいしきなのか意図的いとてきなのか、リードにはいまだにからない。ただ、口が悪いのは間違まちがいない。礼節れいせつあるしゃべかたなのに、ビックリするほど口が悪い。

 おかざりとかさえずるとか、日常にちじょう会話かいわでナチュラルに使つかう人をはじめて見た。口のわるさに、はなし半分はんぶんくらいしかあたまはいらなかった。

「じゃあ、エレノアさん。これからどうする? オレはシュッツをいたいけど、くやしいけど、手掛てがかりがないってみとめざるをない」

「そうだな、捜索そうさくはレジスタンスの諜報員ちょうほういんまかせて、わたしたちはひがし大砦おおとりで調査ちょうさかおうか。いずれはハーシャをち、東の大砦をとすのだ。愚鈍ぐどん領主りょうしゅ相手あいてだろうと、現地げんち調査に時間じかんをかけて、かけすぎるということはあるまい」

 エレノアは、思慮深しりょぶかくも、どこかなつかしげな、どこかたのしげな口調くちょうこたえた。

 リードは、気味ぎみにエレノアを見た。むかし仲間なかまたたかうのに、一切いっさい躊躇ちゅうちょかんじられなかった。

 リードはっていた。かつてリードのいのちすくった、エレノアというもと帝国ていこくぐん将軍しょうぐんは、口がわるく、とてもやさしく、ときにおそろしい女だ。


   ◇


「ユっ、ユウカさんっ! ぜっ、絶対ぜったいにっ、はなさないでっ! くださいましねっ!」

 アタシは、半泣はんなきで必死ひっしにしがみつくフェトをきかかえて、小砦しょうとりでステンイの壁面へきめん階段かいだんをのぼる。壁面から金属きんぞくいたた見た目の階段で、隙間すきまおおい。

 アタシはユウカ。まだ十六さい可憐かれんな少女で、両刃りょうば大斧おおおの白銀はくぎんのハーフプレートメイルを愛用あいようする魔物まものハンターだ。ピンクいろ長髪ちょうはつで、女にしてはたか筋肉質きんにくしつむねがなく、『ピンクハリケーン』の二つ名でばれる。

「はいはい。かってるわよ。大丈夫だいじょうぶだってば」

 自警団じけいだんに、見張みはやぐら利用りよう許可きょかもらった。ここは、西側にしがわの見張りやぐらにのぼる、かべ町側まちがわ設置せっちされた階段かいだんだ。

 かべたかさが、普通ふつう小砦しょうとりで二倍にばいはある。目のくらむ高さである。

 でも、階段かいだんがジグザグに設置せっちされているので、足をすべらせても、すぐ下方かほうべつ足場あしばがある。なわ簡易かんい手すりもある。高くて危険きけんぶん安全あんぜん設計せっけいされている。

 フェトはたかさにおそれをなして、半泣はんなきで、アタシのたいらなむねにしがみつく。アタシは、ロリ巨乳きょにゅう感触かんしょくってこんなかんじなのか、とおもいながら階段かいだんをあがる。

 フェトは、ロリ巨乳きょにゅう魔物まもの研究者けんきゅうしゃである。見た目は女の子で、小柄こがら華奢きゃしゃ普段着ふだんぎの上に白衣はくいて、なが金髪きんぱつ上品じょうひんんで、ほそ銀縁ぎんぶち丸眼鏡まるめがねをかけ、薄化粧うすげしょう小綺麗こぎれいにして、むねが大きい。

「ほら、見張みはやぐらいたわよ。ここならゆかかべ屋根やねもあるから、平気へいきでしょ?」

 半泣はんなきのフェトをゆかにおろした。

 木のいたんだ大きな籠型かごがたやぐらである。四隅よすみはしらがあって、かごからいた位置いち三角さんかく屋根やねる。

「あ、ありがとうございます」

 フェトが半泣はんなきであたまをさげた。そのまま、半泣きのふるえるちいさな手で、フラフラと覚束おぼつかない足取あしどりで、見張みはりの自警団員じけいだんいん挨拶あいさつった。

本当ほんと研究けんきゅう熱心ねっしんね。感服かんぷくするわ」

 アタシはゆかすわって、かべもたれる。どうせ、フェトの周辺しゅうへん調査ちょうさわるまで、やることがない。見張みはりが神経質しんけいしつそうなせたオバさんで、熱心ねっしんに見張りをしているようで、いよいよやることがない。


 どのくらいの時間じかん経過けいかしただろうか。

 フェトが、かご三角さんかく屋根やねあいだ空間くうかんから、双眼鏡そうがんきょうのぞく。しばらく右へ左へと双眼鏡をり、満足まんぞくするとおろす。このあたりの地図ちずひろげて、なにやらむ。

 ずっと、そのかえしである。地図ちず魔物まもの位置いち情報じょうほうとかをいているのはかる。

 アタシはやとわれの護衛ごえいなので、わるのをつしかない。

「アタシ、今日きょうなにもしてないわ」

 おもわず言葉ことばた。

「そんなことは、ございませんわ。本日ほんじつは、色々いろいろなことがございましたもの」

 フェトが、不思議ふしぎそうな表情ひょうじょうこたえた。

「そうじゃなくて、たたかってないのよ。魔物まものハンターは魔物と戦ってこそ、とおもわない?」

 フェトが、やっぱり不思議ふしぎそうにアタシを見る。地図ちずを、アタシのまえひろげる。

「そのようなことより、これをごらんになって、どのようにおかんがえになりますかしら?」

 このあたりの地図ちずだ。ちいさな文字もじでビッシリと、なにんであるようだ。

「この辺りの地図ね。文字が小さくて、になれないわ。むずかしいを読むのは、あんまりきじゃないし」

 アタシは率直そっちょく意見いけんべた。

 フェトが、これよがしにあたまかかえる。これ見よがしになおし、くび左右さゆうって、真顔まがおでアタシを見つめる。

「ここまでの調査ちょうさ結論けつろんといたしまして、魔物まもの活動域かつどういきが、帝国ていこく中央ちゅうおう迂回うかいしますかたちで、南下なんかしていると推測すいそくできますの。まだ仮説かせつ段階だんかいですけれども、北部ほくぶつよい魔物の勢力せいりょく拡大かくだいともないまして、ほかの魔物がみなみへとされている可能性かのうせい濃厚のうこうですわ」

 上品じょうひんロリ巨乳きょにゅうのフェトにしては、情熱的じょうねつてきで力のはいった弁舌べんぜつだった。

「ふぅん」

 アタシは、けた相槌あいづちかえした。なんとなくむずかしいはなしだ、とはかった。むずかしいのは苦手にがてだ。

「ですから、明日あすからは、きたかいますわよ。北の小砦しょうとりでわたりながら、北の大砦おおとりで目指めざしまして、魔物まもの調査ちょうさをいたしますの」

「ああ、うん。そういうかりやすい説明せつめいたすかるわ。あとで、北に向かう乗合のりあい馬車ばしゃさがしておくわね」

 アタシはちあがって、おもいっきり背伸せのびした。ずっとすわりっぱなしで、おしりいたい。

「そういうことですから、よろしくおねがいいたしますわね」

 フェトが、アタシのまえに立って、両腕りょううでひろげた。

「ん? どしたの?」

 アタシは、子供こどもけの笑顔えがおで、くびかしげた。

階段かいだんをおりないといけませんの。またっこしてくださいませ」

 フェトのかおは、ずかしさにあかかった。

 こんなにむねが大きいのに子供こどもみたいなところもあってカワイイなあ、とアタシは微笑ほほえましくかんじていた。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第22話 わかれるみち/END

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