帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます

第21話 一対四十

　この国（くに）は数年前（すうねんまえ）まで、王国（おうこく）の統治下（とうちか）で安寧（あんねい）と平和（へいわ）を享受（きょうじゅ）していた。

　帝国（ていこく）軍（ぐん）の侵攻（しんこう）で、それは脆（もろ）くも崩（くず）れ去（さ）った。

　帝国は魔王（まおう）を復活（ふっかつ）させ、魔王配下（はいか）の魔物（まもの）の力を借（か）り、圧倒的（あっとうてき）な強（つよ）さで王国を征服（せいふく）した。国には魔物が溢（あふ）れ、秩序（ちつじょ）は失（うしな）われてしまった。

　魔物が見境（みさかい）なく人間（にんげん）を襲（おそ）い、人間は砦（とりで）みたいな町を造（つく）って身（み）を守る、無法（むほう）の世界（せかい）がここにはある。

　　　◇

「数（かず）に頼（たよ）らねば私（わたし）の前（まえ）にも立（た）てんとは、聞（き）きしに勝（まさ）る腰抜（こしぬ）け揃（ぞろ）いだな。今（いま）の帝国（ていこく）軍（ぐん）は、小心者（しょうしんもの）しか採用（さいよう）しないのか？」

　エレノアが、呆（あき）れた溜（た）め息（いき）をついて、立（た）ちあがった。

　独（ひと）り言（ごと）のようでいて、大衆（たいしゅう）食堂（しょくどう）に踏（ふ）み込（こ）んできた帝国（ていこく）軍人（ぐんじん）たちに、喧嘩（けんか）を売（う）っていた。独り言のようでいて、賑（にぎ）わう店内（てんない）で、騒然（そうぜん）とした中（なか）で、店（みせ）の外（そと）まで聞（き）こえる音量（おんりょう）だった。

　扉（とびら）を乱暴（らんぼう）に蹴（け）り開（あ）けた一人を筆頭（ひっとう）に、店の外の軍人（ぐんじん）たちの顔（かお）も真（ま）っ赤（か）に変（か）わる。十人ほどが、外から店内へと踏（ふ）み込（こ）む。

「馬鹿（ばか）にしおって！　詰（つ）め所（しょ）まで来（き）てもらうぞ、女！　帝国（ていこく）に逆（さか）らった愚行（ぐこう）、存分（ぞんぶん）に後悔（こうかい）させてやろう！」

　一人がエレノアを指（ゆび）さして、怒（いか）り狂（くる）って恫喝（どうかつ）した。プライドばかり高（たか）そうな、頬（ほお）がこけて背（せ）の高い男の軍人（ぐんじん）だった。

　予想（よそう）できる中（なか）では、悪（わる）い方（ほう）の展開（てんかい）だ。

　軍（ぐん）に逆（さか）らった賊（ぞく）を、仲間（なかま）を連（つ）れて粛正（しゅくせい）に来（き）た。みっともない逃（に）げ方（かた）をして、放置（ほうち）すれば悪（わる）い噂（うわさ）が広（ひろ）まって面子（めんつ）が潰（つぶ）れる、とでも考（かんが）えたのだろう。小砦（しょうとりで）の駐留（ちゅうりゅう）軍（ぐん）なら、五十人くらいだろうか。

「アタシも加勢（かせい）するわ、エレノア」

　アタシは、お気楽（きらく）な笑（え）みで立（た）ちあがろうとした。

　五十人くらいなら問題（もんだい）ない。この軍人（ぐんじん）たちを返（かえ）り討（う）ちにしても大砦（おおとりで）からの援軍（えんぐん）はない、と周知（しゅうち）すれば、店（みせ）にいる魔物（まもの）ハンターたちが加勢（かせい）してくれる。皆（みんな）、帝国（ていこく）の横暴（おうぼう）には不満（ふまん）を抱（かか）えているし、いつか痛（いた）い目を見せてやろうと狙（ねら）っているはずである。

「なるほど、この展開（てんかい）まで読（よ）んで、私（わたし）を食事（しょくじ）に誘（さそ）ったのだな？　正義感（せいぎかん）ではなくて、ただのお人好（ひとよ）しだったか」

　エレノアが、爽快（そうかい）と笑（わら）った。口は悪（わる）かった。

「だが、心配（しんぱい）には及（およ）ばん。こんな雑魚（ざこ）ども、私（わたし）一人で問題（もんだい）ない」

　エレノアの左手が、アタシを制止（せいし）する。凛々（りり）しい口元（くちもと）が、余裕（よゆう）とばかりに微笑（びしょう）する。

「なっ、何（なん）だ？！　きっ、貴様（きさま）、抵抗（ていこう）する気（き）か？！」

　男の軍人（ぐんじん）が、さらに恫喝（どうかつ）した。数人（すうにん）が、腰（こし）のロングソードを抜（ぬ）いて、剣先（けんさき）をエレノアに向（む）けた。一触即発（いっしょくそくはつ）の危険（きけん）な状況（じょうきょう）だ。

　対（たい）して、エレノアの微笑（びしょう）は消（き）えない。むしろ楽（たの）しむように、自身（じしん）の腰（こし）の剣（けん）の柄（つか）を握（にぎ）る。

「ばっ、馬鹿（ばか）め！　こっちは四十人いるんだぞ！　四十人相手（あいて）に、貴様（きさま）一人で勝（か）てるとでも思（おも）っているのか？！」

　軍人（ぐんじん）たちに、動揺（どうよう）が見える。しかし、人数（にんずう）差（さ）ゆえの余裕（よゆう）もある。さっきみたいに、脅（おど）して退散（たいさん）させる、とは行（い）きそうにない。

「死（し）にたくなければ、大人（おとな）しく捕（つか）まれ。命（いのち）だけは許（ゆる）してやる。四十人相手（あいて）に斬（き）りあっても、死ぬだけだぞ」

　軍人の一人が、エレノアに剣先（けんさき）を向（む）けたまま、一歩（いっぽ）を近（ちか）づいた。店内（てんない）は、客（きゃく）も店員（てんいん）も、静（しず）まり返（かえ）って事態（じたい）を見守（みまも）っていた。皆（みな）、手出（てだ）しを迷（まよ）っていた。

　そんな緊張（きんちょう）の満（み）ち満ちた空間（くうかん）で、エレノアだけが微笑（びしょう）する。クククッ、と楽（たの）しげに笑（わら）う。

「確（たし）かに、一対四十では勝（か）てる可能性（かのうせい）は低（ひく）い。だが、それは、お前（まえ）たち四十人に、私（わたし）と斬（き）りあって死（し）ぬ覚悟（かくご）があるならば、だ」

　エレノアの右手が、鞘（さや）から剣（けん）を抜（ぬ）く。刀身（とうしん）と鞘が擦（こす）れて、冷（つめ）たく低（ひく）い金属音（きんぞくおん）が鳴（な）る。空気（くうき）を、鼓膜（こまく）を、鈍（にぶ）く重（おも）く震（ふる）わせる。

　背筋（せすじ）に悪寒（おかん）が走（はし）った。全身（ぜんしん）に鳥肌（とりはだ）が立（た）った。音（おと）だけで、心（こころ）が恐怖（きょうふ）に侵（おか）された。

　フェトが、アタシの背中（せなか）に隠（かく）れて、上着（うわぎ）の裾（すそ）を握（にぎ）りしめる。怯（おび）えた小さな手の震（ふる）えが、服（ふく）を通（とお）して伝（つた）わってくる。

　フェトは、帝国（ていこく）軍（ぐん）に恐怖（きょうふ）しているわけではない。勇気（ゆうき）ある女性（じょせい）と褒（ほ）め称（たた）え、直前（ちょくぜん）まで一緒（いっしょ）に食事（しょくじ）を楽（たの）しんでいたエレノアに、恐怖している。

　分（わ）かる。アタシも、エレノアへの恐怖心（きょうふしん）を否定（ひてい）できない。湧（わ）き出（で）た恐怖を、拭（ぬぐ）いきれない。

「あー。そっちかー」

　アタシは思（おも）わず呟（つぶや）いた。

　エレノアは、元（もと）軍人（ぐんじん）の今（いま）は魔物（まもの）ハンター、ではなかった。たぶん、元軍人の、一時的（いちじてき）に魔物ハンターに身（み）をやつした、今も軍人だ。対人（たいじん）経験（けいけん）のある対（たい）魔物型（がた）ではなくて、対魔物経験（けいけん）のある対人（たいじん）超（ちょう）特化型（とっかがた）だ。

　エレノアが剣（けん）を抜（ぬ）いて、帝国（ていこく）軍人（ぐんじん）たちの顔色（かおいろ）が変（か）わった。怒（いか）りにあんなに赤（あか）かったのに、エレノアの迫力（はくりょく）に、すっかり蒼褪（あおざ）めてしまっていた。

　　　◇

　腰抜（こしぬ）けどもの考（かんが）えは予想（よそう）がつく。

　四十人で囲（かこ）めば無抵抗（むていこう）で降伏（こうふく）する、と慢心（まんしん）して疑（うたが）いもしなかったのだろう。

　ところが、単身（たんしん）の敵（てき）が、剣（けん）を抜（ぬ）いた。多勢（たぜい）に臆（おく）することなく、楽（たの）しげな笑（え）みで、命（いのち）のやり取（と）りを申（もう）し入（い）れた。

　斬（き）りあって死（し）ぬ覚悟（かくご）なんて大層（たいそう）なもの、腰抜（こしぬ）けどもにあるわけがない。ビビるし、困惑（こんわく）するし、思考（しこう）停止（ていし）もする。

　とはいえ、帝国（ていこく）軍人（ぐんじん）たちの反応（はんのう）は、腰抜（こしぬ）けではあっても、おかしくはない。この状況（じょうきょう）でおかしいのは、エレノアの方（ほう）だ。

　あんな反応（はんのう）を返（かえ）されたら、アタシでも困惑（こんわく）する。あんな殺気（さっき）で対峙（たいじ）されたら、アタシでもビビる。

　アタシは、ロリ巨乳（きょにゅう）を背中（せなか）に押（お）し当（あ）てられるのってこんな感（かん）じなのか、と思（おも）いながら、小粒（こつぶ）の宝石（ほうせき）が幾（いく）つか入（はい）った革袋（かわぶくろ）を取（と）り出（だ）す。近（ちか）くの軍人（ぐんじん）に、放（ほう）り渡（わた）す。

「うっ、うおっ？」

　軍人が、慌（あわ）てながらも、革袋（かわぶくろ）を受（う）け取（と）った。

「奢（おご）ってあげるからさ、アンタら、遠（とお）めの酒場（さかば）にでも行（い）きなさいよ。こんなとこで怪我（けが）しても、何（なん）の得（とく）もないでしょ？」

「何（なん）だぁ？！　帝国（ていこく）軍（ぐん）を愚弄（ぐろう）するか？！　さては、その無礼（ぶれい）女の仲間（なかま）だな！」

　相手（あいて）が殺気（さっき）の塊（かたまり）のエレノアでなくなったら、態度（たいど）が急変（きゅうへん）した。偉（えら）そうで高圧的（こうあつてき）だ。

「魔物（まもの）ハンターのピンクハリケーンよ。この人は、さっき知（し）り合（あ）って食事（しょくじ）に誘（さそ）っただけだから、仲間（なかま）ではないわね。ご飯（はん）は美味（おい）しく食（た）べたい主義（しゅぎ）なんだけど」

　軍人（ぐんじん）たちが顔（かお）を見あわせる。革袋（かわぶくろ）の中身（なかみ）を確認（かくにん）する。アタシを見て、一人が口を開（ひら）く。

「なんだ、魔物（まもの）ハンターか。レジスタンスでないなら、今回（こんかい）は大目（おおめ）に見てやろう。これに懲（こ）りたら、帝国（ていこく）に逆（さか）らおうなんて二度（にど）と考（かんが）えるなよ」

　高圧的（こうあつてき）な捨（す）て台詞（ぜりふ）だった。小物感（こものかん）丸出（まるだ）しだった。

　黒（くろ）いプレートメイルをガチャガチャと鳴（な）らして、食堂（しょくどう）から出（で）ていく。食堂を囲（かこ）む四十人が、逃（に）げるように立（た）ち去（さ）る。こんなときだけ統率（とうそつ）が取（と）れて、あっと言（い）う間（ま）にいなくなる。

　見送（みおく）ったエレノアが、アタシを見おろして驚（おどろ）く。

「君（きみ）は、胸（むね）の平（たい）らな見目（みめ）に反（はん）して凄（すご）いな。賄賂（わいろ）で奴（やつ）らをあしらってしまうとは」

　抜（ぬ）かれた剣（けん）が、鞘（さや）へと戻（もど）った。鯉口（こいくち）に柄（つか）の当（あ）たる、カチンと高（たか）い音（おと）が鳴（な）った。

「誰（だれ）がロング俎板（まないた）よ！　じゃなくて、アタシはほとんど何（なに）もしてないわ。エレノアが怖（こわ）すぎて、アイツら逃（に）げたがってたから、ちょっと背中（せなか）を押（お）しただけよ」

　エレノアが席（せき）に着（つ）く。店内（てんない）に賑（にぎ）やかさが戻（もど）る。固唾（かたず）を呑（の）んだ口で、食事（しょくじ）を再開（さいかい）する。

「そうなのか？　どちらにしろ、どうにも交渉事（こうしょうごと）は苦手（にがて）でな、助（たす）かったよ。酒代（さかだい）は、私（わたし）が弁償（べんしょう）しよう」

「だと思（おも）った。いいのいいの、奢（おご）りだから」

　アタシは、苦笑（にがわら）いしながら答（こた）えた。

「少（すこ）し怖（こわ）かったですけれども、あたなのような強（つよ）い女性（じょせい）は、憧（あこが）れますわ。暴力（ぼうりょく）に屈（くっ）しません気高（けだか）さも、尊敬（そんけい）いたしますわ」

　フェトも、戦々恐々（せんせんきょうきょう）としながらも、気丈（きじょう）に平静（へいせい）を装（よそお）った。席（せき）に戻（もど）って、食事（しょくじ）を再開（さいかい）した。

「エレノア（フェフェフォファ）も食べなさい（ふぁふぇふぁふぁい）よ。美味しい（ふぉいふぃい）ご飯（ふぉふぁん）を残した（のふぉしふぁ）ら、勿体ない（ふぉっふぁいふぁい）わ」

　アタシは、焼（や）き肉（にく）を口いっぱいに頬張（ほおば）る。フェトが、テーブルマナーを指導（しどう）したそうな顔（かお）で、眉（まゆ）を顰（ひそ）める。

「確（たし）かに、そうだな。気（き）を取（と）り直（なお）して、いただくとしよう」

　エレノアが、クスクスと笑（わら）いながら、木のフォークを握（にぎ）った。

　店内（てんない）のもう誰（だれ）も、こっちを見てはいなかった。法（ほう）が効力（こうりょく）を失（うしな）った国（くに）では、この程度（ていど）は日常茶飯事（にちじょうさはんじ）なのだ。

　　　◇

「御馳走（ごちそう）になったな、ありがとう、ユウカ殿（どの）。フェト殿（どの）も、お元気（げんき）で。難（むずか）しいとは思（おも）うが、二人に成長期（せいちょうき）が来（く）るように祈（いの）っておこう」

「エレノアも、捜（さが）し人（びと）が見つかるように、祈ってるわ。またいつか、会（あ）えるといいわね」

「それも、難（むずか）しいだろう。私（わたし）と、君（きみ）たち二人の進（すす）む道（みち）は違（ちが）いすぎる。願（ねが）わくば、君（きみ）たちは、そのままの道を歩（あゆ）みたまえ」

「当然（とうぜん）ですわ。わたくしは、立派（りっぱ）な魔物（まもの）研究者（けんきゅうしゃ）になりますと、心（こころ）に決（き）めていましてよ」

　アタシも、フェトも、エレノアと握手（あくしゅ）を交（か）わす。笑顔（えがお）で手を振（ふ）って、別（わか）れる。

　エレノアは、すぐに道（みち）を曲（ま）がって、路地（ろじ）へと消（き）えてしまった。

　余計（よけい）な詮索（せんさく）は、無粋（ぶすい）な気（き）がした。人には人の事情（じじょう）があると、アタシは何（なに）も言（い）わずに見送（みおく）った。

帝国（ていこく）に征服（せいふく）されて魔物（まもの）が蔓延（はびこ）る国（くに）で女だてらに魔物ハンターやってます

第21話　一（いち）対（たい）四十（よんじゅう）／ＥＮＤ