第16話 厳しい現実

 このくに数年前すうねんまえまで、王国おうこく統治下とうちか安寧あんねい平和へいわ享受きょうじゅしていた。

 帝国ていこくぐん侵攻しんこうで、それはもろくもくずった。

 帝国は魔王まおう復活ふっかつさせ、魔王配下はいか魔物まものの力をり、圧倒的あっとうてきつよさで王国を征服せいふくした。国には魔物があふれ、秩序ちつじょうしなわれてしまった。

 魔物が見境みさかいなく人間にんげんおそい、人間はとりでみたいな町をつくってを守る、無法むほう世界せかいがここにはある。


   ◇


 やとぬしのフェトの要望ようぼうで、ちょっといい宿屋やどやまる。田舎いなか小砦しょうとりでなので、普通ふつう魔物まものハンターが普段ふだん利用りようする宿屋の五ばいほどの宿泊費しゅくはくひである。

 アタシはボロくてやす宿屋やどやにばかりまるので、基準きじゅんひくいかもれない。でも、ベッドよりも食事しょくじにおかねをかけたいお年頃としごろなのだ。

 アタシはユウカ。まだ十六さい可憐かれんな少女のでありながら、ハンターギルドに所属しょぞくし、魔物まもの討伐とうばつ生業なりわいとする。

 武器ぶきは、両刃りょうば大斧おおおの愛用あいようする。防具ぼうぐは、急所きゅうしょ関節かんせつ金属鎧きんぞくよろいで守る、白銀はくぎんのハーフプレートである。

 女にしてはが高く、女にしては筋肉質きんにくしつで、パワータイプの近接きんせつ戦士せんしである。むねはない。ピンクいろ長髪ちょうはつ大斧おおおのりまわすたたかかたから、『ピンクハリケーン』の二つ名でばれる。

「ユウカさん。一緒いっしょにおフロにはいりますわよ。準備じゅんびをしてくださいませ」

 フェトが、身長しんちょう同程度どうていどの大きなかばんから、着替きがえをした。

 フェトは、ロリ巨乳きょにゅうである。小柄こがら華奢きゃしゃむねの大きい、一見いっけんすると女の子である。普段着ふだんぎの上に研究職けんきゅうしょくっぽい白衣はくいて、なが金髪きんぱつ上品じょうひんんで、ほそ銀縁ぎんぶち丸眼鏡まるめがねをかけ、薄化粧うすげしょう小綺麗こぎれいにした、魔物まもの研究者けんきゅうしゃである。

 アタシは、魔物まもの現地げんち調査ちょうさおこなうフェトの護衛ごえい依頼いらいけた。

「アタシは遠慮えんりょしとくわ。おフロなら昨日きのうはいったし」

 木造もくぞう三階建さんかいだての宿屋やどや三階さんかい部屋へやである。二人部屋べやで、白い寝具しんぐととのった大きなベッドが二台ならぶ。簡易かんいつくえ椅子いすもあって、花瓶かびんはなかざられる。

 はなやかさはなくても、清潔感せいけつかんがある。あらくれものつど施設しせつとはちがうな、と素直すなお感心かんしんする。

「ちょっ?! 毎日まいにちはいってくださいませ! 淑女レディたるもの、いついかなるときでも身綺麗みぎれいにしておくものですわ!」

 フェトが、なぜか動揺どうようした。

「え~? 野宿のじゅくのときとかどうするのよ? 水浴みずあびすらできないときもあるってのに」

 アタシはくびかしげた。

「わたくし、野宿のじゅくなんてできませんことよ! しませんことよ!」

「え~?」

 なぜか必死ひっし抗議こうぎするフェトに、くびかしげてこたえた。必死に抗議こうぎする理由りゆうは、いまいち理解りかいしかねた。

「とにかくっ、一緒いっしょにおフロにはいってくださいませ。護衛ごえいなのですから、入浴にゅうよく同行どうこうしますのも、当然とうぜん義務ぎむですわ」

「……それはたしかに、そうかもれないわね」

 アタシは納得なっとくして、うなずいた。上手うまいこといくるめられたようなもした。


   ◇


 見てはいけないものを見てしまった。

 宿屋やどや廊下ろうかを、フェトのあとについてあるく。そなえつけの白いバスローブにつつむ。おフロあがりの湯気ゆげはだからのぼる。

 十人くらいでもゆったりとはいれる大浴場だいよくじょうだった。ほかにも数人すうにんいた。ちょっといい宿屋やどやだけあって、危害きがいくわえてきそうなあやしいひとはいなかった。

 いや、そんなことはどうでもいい。それどころではなかった。見てはいけないものを見てしまった。

「あらあら、またおいしましたわね、知的ちてきなおじょうちゃん。お湯加減ゆかげんはいかがでしたかしら?」

 上品じょうひんいの老婆ろうばと、挨拶あいさつわす。ふくとか装飾品そうしょくひんとか、羽振はぶりのいい大商人だいしょうにんといった風貌ふうぼうである。

丁度ちょうどいお湯加減ゆかげんでした。いまならまだいていますわ」

 フェトも上品じょうひんに、会釈えしゃくした。バスローブの上から、巨乳きょにゅうれるのがかった。

 アタシは、おフロで見てしまった。フェトが、はだかでも巨乳きょにゅうだった。ぶくれとか防具ぼうぐ仕込しこんでるなんてことはなくて、見たままの大きさの巨乳だったのだ。

 全身ぜんしん、プニプニしていた。淑女レディたるものかくあるべき、な肢体したいだった。

 くらべてアタシの肉体にくたいは、……いや、やめておこう。アタシの柔軟じゅうなんかつかた筋肉きんにくは、魔物まものハンターとして魔物を退治たいじするためにある。アタシのつよさは、よわい人たちをまもるためにある。

 でも、むねしい。たいらいやだ。半分はんぶんけてもらいたい。

「ユウカさん。部屋へやもどりましたら、着替きがえて食堂しょくどうきますわよ。おちかねの、豪華ごうかなディナーでしてよ」

「うへぇ~、どうせ、お上品じょうひん食事しょくじなんでしょ? アタシは遠慮えんりょしとくわ。テーブルマナーなんてらないし、綺麗きれいふくってないし」

 アタシはにがかおで、フェトの巨乳きょにゅうを見ながらこたえた。

駄々だだねましても、ダメでしてよ。ドレスは、こちらでしていただけますの。それに、護衛ごえいなのですから、食事しょくじ同行どうこうしますのも当然とうぜん義務ぎむですわ」

「うっ……。それは、たしかに、そうかもれないわね」

 アタシは納得なっとくして、うなずいた。上手うまいこといくるめられたようなもした。


   ◇


 ちょっといい宿屋やどやでの一泊いっぱくは、何事なにごともなくわった。さすがは、ちょっといい宿屋だった。

 チェックアウトして、まずは、フェトの要望ようぼうでハンターギルドにかう。ギルド支部しぶくなり、フェトが受付うけつけカウンターにりつく。

北東ほくとうの森の、ギガントスネークのけんはどうなりましたのかしら? 乗合のりあい馬車ばしゃへの警報けいほうと、討伐隊とうばつたい編成へんせいは、実行じっこうしていただけましたのかしら?」

 フェトは小柄こがらりなくて、背伸せのびしてカウンターに両腕りょううででしがみつく。邪魔じゃまそうな巨乳きょにゅう圧迫あっぱくされる。

 アタシはつかれたかお欠伸あくびする。

 ちょっといい宿屋やどやはアタシにはわなかった。散々さんざんだった。つかれた。

 やっぱり、ここがく。ハンターギルドの、大きいけれどあちこちボロボロの建物たてものと、あらくれものどものたむろする騒々そうぞうしさが、こころわたる。安心あんしんする。

 おもわず深呼吸しんこきゅうする。ハンター野郎やろうどもの汗臭あせくさささえも心地好ここちよい。

うえ報告ほうこくしました。自警団じけいだん警戒けいかい依頼いらいしました。目撃もくげき情報じょうほうればうごきますから、それでいいでしょう?」

 受付うけつけの男が、朝一番あさいちばんからしつこいきゃくこまがおこたえた。

 昨日きのうおなじ、三十さいくらいの、ふとめの、身綺麗みぎれいな男だ。アタシのこのみではない。

「ですから、わたくしが魔力付与エンチャントされました双眼鏡そうがんきょう確認かくにんしたと、もうしあげましたでしょう? 乗合のりあい馬車ばしゃおそわれてしまいますまえに、うごいてくださいませ」

「そうおっしゃいましても、おじょうさん。曖昧あいまい目撃もくげき情報じょうほう一つだけで、本当ほんとうにいるかどうかもからない、ギガントスネークほどのつよ魔物まもの討伐とうばつできるだけの戦力せんりょくを、うごかせるわけがないでしょう? 魔物ハンターたちの報酬ほうしゅうだけで、いくらかかるとおもってるんですか?」

 おかねはなしたところで、フェトがだまる。

 状況的じょうきょうてきに、討伐とうばつ費用ひようすのは、この町、小砦しょうとりでワーツだ。こんな田舎いなかの町が、大砦おおとりで周辺しゅうへんクラスの魔物まもの討伐とうばつするためにこうランクハンター複数人ふくすうにんやとうのは、経済的けいざいてきむずかしい。

 かといって、個人こじん半端はんぱ組織そしきせる金額きんがくでもない。おかねはなしになったら、お手あげなのだ。どうしようもないのだ。

 魔物まもの存在そんざい確定かくていすれば、周辺しゅうへん小砦しょうとりで同士どうし費用ひようう、みたいな手段しゅだんもある。つよい魔物がちかくにいてこまるのは、どこもおなじだからである。でもまあ、存在が確定しないうちは、これもむずかしい。

「おじょうさんに建設的けんせつてきなご意見いけんがなければ、このおはなしわりです。ではつぎかたー」

 厄介やっかいばらいされた。フェトが渋々しぶしぶと、カウンターからねるようにはなれた。

 フェトのくやしそうなかおを、アタシはジッと見おろす。わりでカウンターまえに立とうとするむさくるしいマッチョを、片手かたて制止せいしする。

「ねぇ、受付うけつけのおじさん。一つ、提案ていあんがあるんだけど」

 アタシは笑顔えがおで、こえをかけた。


   ◇


 小砦しょうとりでワーツの大門だいもんが、地鳴じなりみたいにおも地面じめんを引きってひらく。開いた大門から、武装ぶそうした馬車ばしゃ出発しゅっぱつする。

 鉄板てっぱん武装ぶそうした馬車ばしゃを、よろい着込きこんだうまが引く。かた蹄鉄ていてつ軽快けいかいに石をたたく。

 北東ほくとう小砦しょうとりでかう、乗合のりあい馬車ばしゃである。大きなはこ馬車を、四頭よんとううまく。

 小石こいしはじき、砂煙すなけむりをあげ、森に沿って馬車がはしる。そらあおあかるく、連日れんじつ晴天せいてんに土のみちかわいてかたい。

 森の木々きぎが、ガサガサとれる。かぜはほとんどない。森の木々の、なぜか極一部ごくいちぶだけが、ガサガサと揺れる。

 のせいか、れが、森沿もりぞいをはしる馬車にちかづいてくる。なぜか、徐々じょじょに、確実かくじつに、近づいてくる。

 ……いや、ちがう。

 れが、馬車をってくるのだ。いや、それもちがう。なにかが森の中を、木々を揺らして、馬車を追ってくるのだ。

 バサバサァッ!と大きく枝葉えだはさぶって、木々のあいだから大きな、草色くさいろのヘビがあらわれた。ギガントスネークとばれる、大砦おおとりで周辺しゅうへんつよ魔物まものだ。

 見た目は大きなヘビである。あたまどうふとながく、うまくらいなら丸呑まるのみにできる。悪食あくじきで、馬車ばしゃごと丸呑みにするようなヤツまでいる。

『ヒヒィィィィィンッ!』

 うまたちがおびえていなないた。

 ギガントスネークが馬車ばしゃびかかった。

 馬車の屋根やねに、ピンクいろながかみの、一人の少女が立っていた。

 少女は大斧おおおの両手りょうてにぎっていた。すでに大斧を、右肩みぎかた後方こうほうへとりかぶっていた。

 ギガントスネークが大きく口をひらく。毒液どくえきしたたきばす。

 少女ははこ馬車ばしゃ屋根やねみしめ、大斧おおおのきあげる。少女の鉄板てっぱんが、きしみ、ゆがみ、へこみ、ぷたつにがる。

「チェイアァァァーーーーー!!!!!」

 少女は雄叫おたけびをあげ、大斧おおおの全力ぜんりょくりおろした。

 大斧が、ギガントスネークを両断りょうだんした。

 両断されたギガントスネークは、えた。宝石ほうせきになって、地面じめんちた。

 勝利しょうり確認かくにんして大斧おおおのをおろした少女は、げたドヤがおで、しばらくのあいだ、ワーツの方向ほうこうにVサインをかかげていた。



帝国ていこく征服せいふくされて魔物まもの蔓延はびこくにで女だてらに魔物ハンターやってます

第16話 きびしい現実げんじつ/END

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る